表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

151/153

第151話:地獄のSDGs

 閻魔庁、執務室。


 かつては天井まで届くほど積まれていた未決案件の巻物は、AIによる自動判決システムの導入により、綺麗さっぱり消滅していた。


 机の上は片付き、本来なら閻魔大王は優雅に茶を啜っているはずの時間だ。


 だが、この部屋の空気は、以前よりもピリピリと張り詰めていた。


「……暗い。暗すぎる」


 執務机の隣で、晶が不機嫌そうに天井を見上げていた。


 この部屋の光源は、壁に掛けられた数本の蝋燭と、怪しげに燃える鬼火だけだ。


 ゆらゆらと揺れる頼りない光は、雰囲気だけは抜群だが、事務作業には不向き極まりない。


「照度不足だ。手元の明るさが50ルクスもない。これでは書類を読むだけで眼精疲労が蓄積し、作業効率が40%は低下する。……それに、なんだこの湿気と熱気は」


 晶は白衣の襟をパタパタと仰いだ。


 地獄は基本的に暑い。地下深くにあるため通気性が悪く、さらにあちこちで釜茹での刑が行われているため、湿度がサウナのように高いのだ。


「閻魔。地獄の照明設備と空調設備はどうなっている? これでは鬼たちの労働環境が最悪だ。ブラック企業からの脱却を目指すなら、まずはオフィス環境の整備からだ」


「むぅ……。そうは言うがの、晶殿」


 閻魔大王が、申し訳無さそうに巨体を縮こまらせた。


「地獄は常に『燃料不足』なんじゃ。釜茹での刑に使う薪や、針の山の手入れに使う油……。これらを確保するだけで予算はカツカツで、照明や空調に回すエネルギーなど残っておらん。……最近は現世の燃料高騰の煽りも受けておってな」


「なるほど。エネルギー危機か」


 晶は呆れたようにため息をついた。


 亡者が増え続ける一方で、インフラ投資が追いついていない。典型的な「傾きかけた組織」の図式だ。


「金がないなら知恵を使え。……目の前に、無限のエネルギー源があるじゃないか」


 晶はスタスタと窓辺に歩み寄り、分厚い鉄格子の隙間から外を指差した。


 眼下に広がっているのは、ドロドロと赤黒い液体が煮えたぎる巨大な湖――『血の池地獄』だ。


 表面温度は数百度。マグマのように沸騰し、そこから立ち上る蒸気が、閻魔庁の窓ガラスを曇らせている。


「血の池か? あそこは亡者を茹でて、皮を溶かす刑場だが……」


「なにを言ってる? あれは巨大な『ボイラー』だ」


 晶は断言し、懐からPDAを取り出すと、即座に画面上に設計図を描き始めた。


「血の池の熱エネルギーは凄まじい。だが、お前たちはそれを『ただ亡者を苦しめるためだけ』に使っている。……あまりにも勿体ない。熱力学への冒涜だ」


 晶が描いた図面を、空中にホログラムとして投影する。


 それは、血の池地獄の上に巨大なパイプと施設を建設する、壮大なプラントの設計図だった。


「基本構造は地上の『地熱発電』と同じだ。血の池から発生する高温の蒸気を利用し、タービンを回して電力を生み出す」


「たーびん? はつでんき……?」


 閻魔大王が目を白黒させている。


 晶はニヤリと笑った。


「燃料費はタダだ。熱源となるのは、亡者たちの尽きることのない『怨念』と『業火』だからな。……亡者が悲鳴を上げ、苦しめば苦しむほど、発電効率が上昇する。排熱は庁舎の暖房や給湯に利用し、冷却された血は再び池に戻す。完全な循環型社会の完成だ」


「おぉ……! なんだか凄そうじゃ!」


「これを私は、『地獄公認・血の池地熱発電プロジェクト』と名付ける。スローガンは『SDGs』だ」


「えすでぃー……じーず?」


 閻魔が聞き慣れない横文字に首を傾げる。


「持続可能な……あ、いや、Shisha(ししゃ)Denki(でんき)Gangan(ガンガン)seisei(生成)。ここではこう解釈しろ」


「死者で電気をガンガン生成……! まさに永久機関! 素晴らしい!」


 閻魔大王が膝を打った。


 意味はよく分かっていないが、「なんか最先端でカッコいい」ということだけは理解したらしい。


「しかし晶殿。理論は分かったが、そんな精密な機械、地獄の資材だけで作れるのか? 鉄や岩ならあるが、部品などは……?」


「問題ない。『取り寄せ』済みだ」


 晶は平然と言い放ち、部屋の隅を指差した。


 そこには、地獄には似つかわしくない「新品の部品」や「電子パーツ」が山積みになっていた。


「なっ、いつの間に!? これはいったい……?」


「簡単な理屈だ。……お前たちを拝むため、現世の人間が供物を燃やすだろう? あれを利用した」


 晶が説明する。


 現世で燃やされた供物や、川に流された灯籠などは、霊的なエネルギーとなって冥界に届く。


 晶は、その「霊的配送システム」の周波数を解析し、ハッキングしていたのだ。


「現世から冥界へ。重力と同じで、物質や情報は『落ちてくる』のは容易い。私はアステルにある私の工場(魔王城)から、必要なパーツを『お焚き上げ』という形で転送させている」


「なんと! 供養をそんな風に使うとは……!」


「ただし、逆は無理だ。冥界から現世へ物を送るには、莫大なエネルギーが必要になる。……今のところ、ダウンロード回線は爆速だが、アップロード回線は切断されている状態だな」


 だからこそ、晶自身もまだ帰れていないわけだが。


「まあいい。受信できるだけで十分だ。……おい、そこの赤鬼と青鬼。お前たちを現場監督に任命する」


 晶の号令で、地獄の鬼たちが動き出した。


 金棒をレンチに持ち替え、現世から「ダウンリンク」された最新鋭のパーツと、地獄の無骨な資材を組み合わせていく。


 人間なら数年はかかる大工事だ。だが――


「うおぉぉッ! 残業代が出るぞぉぉ!」


「溶接完了! 次、持ってこい!」


 鬼たちのスペックは異常だった。


 素手で鉄骨を曲げる怪力に、24時間働き続けてもへばらない無限のスタミナ。


 晶の的確な指示と、ホワイトな待遇(残業代支給)によってモチベーションが爆上がりした鬼たちは、重機以上のパワーと分身が10体は見える位の作業スピードを叩き出した。


 ゴゴゴゴゴゴゴ……!


 瞬きする間――というのは大袈裟だが、カップ麺が出来上がる程度の時間で、血の池地獄の(ほとり)に巨大な鋼鉄の要塞『地獄第一発電所』が(そび)え立った。


「全システム、オールグリーン。……スイッチ・オンだ」


 ポチッ。


 閻魔がボタンを押した瞬間。


 キュイイイイイイーン!!


 高周波の音と共に、巨大タービンが唸りを上げ、発電機が回転する。


 カッ!!


 閻魔庁の天井。新たに取り付けられた無数のLED照明に、一斉に電流が流れた。


 薄暗かった執務室が、昼間の屋外のような、圧倒的な白色光に満たされる。


「ま、眩しいッ!? ……おぉ、文字がはっきりと見えるぞ!?」


「涼しい……! そして明るい! なんという快適さじゃ……!」


 老眼に悩まされていた閻魔が大喜びで書類を眺め、空調の涼風に吹かれている。


 地獄の業火が、文明の光へと変換された瞬間だった。


「す、すごい……! 晶殿、あなたは天才か!」


「ただの理系作家だ。……さて」


 晶は明るくなった部屋を見渡し、満足げに頷いた。


 電力の確保は完了した。空調も効き、照明も完璧だ。


 だが、その快適な環境の中で、晶はある「異変」に気づいた。


「……おい。あいつらはどうした?」


 晶が窓の外を指差す。


 発電所の建設を終えた赤鬼と青鬼たちが、地面にへたり込み、ピクリとも動かなくなっていたのだ。


 空調の排気口から出る涼しい風を浴びて、恍惚の表情を浮かべているが、その顔色は土気色(元から赤や青だが、明らかに艶がない)で、目の下には深いクマが刻まれている。


「あぁ、彼らか。久々の涼風に当たって腰が抜けたのじゃろう。……ほれ、休憩は終わりじゃ! 次は『釜茹で』じゃぞ!」


 閻魔が無慈悲に声をかけると、鬼たちは「ヒィィ……」と悲鳴を上げ、フラフラと立ち上がった。


 その動きは緩慢で、まるで油切れのロボットのようだ。


「……閻魔。彼らの勤務体系はどうなっている?」


「ん? 勤務体系? 死ぬまで(※ここは冥界です)労働、24時間365日、無休じゃが?」


 閻魔大王がきょとんとして答える。


 その言葉を聞いた瞬間、晶の目が冷たく光った。


「……なるほど。電力(インフラ)が整っても、人員オペレーターがポンコツでは意味がないな」


 晶は白衣のポケットを探り、地上から持参していた「あるもの」の残数を確認した。


 電力の次は、組織の土台である「人材」のメンテナンスが必要だ。


「予定変更だ。現世への通信手段を考えていたが……まずはこいつらの『働き方』を徹底的に改善するぞ」


 ブラック企業顔負けの地獄の労働環境に、晶のメスが入ろうとしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ