第149話:等活地獄の暴走
針の山の「健康ランド」を後にしたルナたち一行は、等活地獄に向けて進んでいた。
だが、進むにつれて、周囲の空気は重く、鉄錆と血の匂いが混じり合った濃密なものへと変わっていった。
風に乗って聞こえてくるのは、もはや悲鳴ではない。
終わりのない怒号と、金属が激しくぶつかり合う殺伐とした轟音だ。
「……エリア境界を突破。これより『等活地獄』へ突入します」
ルナがタロウ号の速度を落とす。
目の前に広がっていたのは、この世の終わりのような光景だった。
見渡す限りの荒野を、数千、数万の亡者たちが埋め尽くしている。
彼らはそれぞれが鋭利な鉄の爪や刀を持ち、互いに憎しみ合い、殺し合っていた。
腕が飛び、首が飛び、血しぶきが舞う。
だが、凄惨なのはここからだ。
涼しい風がヒョオォォ……と吹くと、死んだはずの亡者の傷が瞬時に癒え、何事もなかったかのように生き返るのだ。
そしてまた、「殺す!」「死ね!」と叫びながら殺し合いを再開する。
死んでも死にきれない。殺しても終わらない。
無限のループが生み出す、狂気と憎悪のバトルロイヤル会場である。
「……邪魔ですね」
ルナが冷徹に言い放った。
目的地である閻魔庁へと続く一本道は、乱闘を繰り広げる亡者たちによって完全に塞がれていた。
彼らは周囲など見ていない。ただ目の前の敵を殺すことだけに没頭している。これでは進みようがない。
「迂回ルートを検索……ありません。両サイドは断崖絶壁。この乱闘の中を突っ切る以外に、先へ進む道はありません」
「ほほう! ならばカチコミじゃな!」
タマが身を乗り出し、嬉しそうに拳を鳴らす。
「血が騒ぐのう! わらわのブレスで一掃してやろうか? それとも爪でミンチにするか?」
「おもしろそうなのだ!ボクも遊びたいのだ!」
ポチも息を荒くして飛び込む態勢になるが、ルナが首を横に振った。
「却下します。あなたたちが暴れれば、収拾がつかなくなり、かえって時間がかかります。……ここは『物理演算』で解決しましょう」
ルナはタロウのコンソールを操作し、新たなコマンドを入力した。
「タロウ、モード・チェンジ。……『世紀末モード』起動」
『ヒャッハー!!』
タロウが野太くシュールな咆哮を上げ、再び変形を開始した。
ガション、ガション……!
流線型の優雅なホバークラフトの外装がパージされ、内側から刺々しいパーツが出現する。
船首部分には、鋭利なミスリル合金製のスパイク・バンパーが展開。
側面からは火を噴くマフラーが突き出し、装甲の至る所に「ドクロのエンブレム」や「トゲトゲの肩パッド」のような装飾が追加されていく。
変形前がホバークラフトであるなどと言われても、誰も信用しないだろう。
そこにあるのは、荒廃した未来世界で、水を求めて暴れ回る略奪者たちが乗っていそうな、凶悪な改造装甲車そのものだった。
「な、なんか悪そうな見た目になったのだ! かっこいいのだー!」
「うむ、機能美じゃな。強そうじゃ」
「轢きますよ。しっかり掴まっていてください」
ルナが無表情でスロットルを全開にした。
バリバリバリバリッ!!
暴走族も裸足で逃げ出すような、下品かつ暴力的な排気音が地獄に響き渡る。
「全速前進ッ!!」
ズババババババッ!!
タロウ号が急発進した。
殺し合いの渦中へと、最高速度で突っ込んでいく。
「どけーッ! 轢かれたくなかったら道を開けるのだー!」
バンパーの先端に陣取ったポチが、拡声器代わりの遠吠えで警告する。
「そこをどくのだー! タロウ・インパクトなのだー!」
乱闘に夢中になっていた亡者たちが、地面を震わせる轟音に気づいて振り返る。
「あ? なんだありゃ……?」
「でっけぇ犬……!?」
彼らが状況を理解するよりも早く、銀色の質量弾が衝突した。
ドゴォォォォォンッ!!
「ぐえぇぇぇっ!?」
「あべしっ!?」
凄まじい衝撃音が響き、亡者たちがボーリングのピンのように次々と弾き飛ばされた。
宙を舞う罪人たち。
回転しながら飛んでいく彼らの視界に映るのは、無表情でハンドルを握る秘書と、ゲラゲラ笑う少女と、腕組みをして高笑いする幼女の姿。
「な、なんだあの乗り物は!?」
「剣も魔法も効かねぇ!」
「なのに当たったら即死とか、ただの理不尽だ!」
(※既に死んでます)
亡者たちが武器を構えるが、タロウの表面を覆う『対物理衝撃フィールド』と、物理的なスパイクバンパーの前では無意味だった。
触れたそばから吹き飛ばされ、星になっていく。
「地獄の暴走車だ! 逃げろぉぉ!」
(※ここは地獄です)
「轢き殺されるぞぉぉ!」
(※既に死んでいます)
永遠の殺し合いをしていた亡者たちが、共通の敵を前にパニックに陥った。
痛みには慣れているはずの彼らだが、訳のわからない巨大質量に轢かれる恐怖は別格らしい。
蜘蛛の子を散らすように逃げ惑い、左右へと道を開ける。
ザァァァァッ……!
まるで海を割ったかのように、混沌とした戦場に一本の「道」が切り開かれた。
「うふふっ。信号機のない道路は快適ですね」
ルナは涼しい顔でハンドルを切り、亡者たちが作った花道を爆走していく。
「おぉ、飛ぶ飛ぶ! 人間花火じゃ!」
「次は右なのだ! あそこに突っ込むのだー!」
『ワン!(了解!)』
タマとポチがキャッキャと騒ぎ、タロウがそれに応えてドリフトしながら亡者の群れをなぎ倒していく。
地獄の修羅場が、彼女たちにとってはただのアトラクションと化していた。
「さあ、このままの勢いで『焦熱地獄』までノンストップで行きますよ」
ルナがアクセルをさらに踏み込む。
タロウ号は砂塵と悲鳴を巻き上げながら、地獄の地平線の彼方へと走り去っていった。
後に残されたのは、タイヤ痕と、盛大に撥ね飛ばされた亡者たちの山だけであった。




