第148話:健康ランド「針の山」
三途の川という第一関門を、まさかの「水陸両用ホバークラフト」による強行突破で攻略したルナたち。
一行は、冥界の荒野をさらに奥へと進んでいた。
だが、その行く手に、物理的な「死」を具現化したような銀色の障壁が立ちはだかった。
「……警告。前方に障害物多数。エリア・コード『針の山』です」
ルナがタロウ号を急停止させる。
彼女の視覚センサーが捉えたのは、文字通りの剣呑な光景だった。
見渡す限りの大地が、鋭利な刃物のような金属の棘で埋め尽くされているのだ。
棘の長さは数十センチから数メートル。その一本一本が、名工の打った槍の穂先のように鋭く研ぎ澄まされ、殺意に満ちた輝きを放っている。
まるで『ここで確実に息の根を止めてやる』と言わんばかりに。
「ここが『針の山』……。生前、生き物を虐待した罪人が落とされる場所ですね」
ルナがデータベースを参照する。
本来であれば、亡者たちはこの山を裸足で登らされ、足の裏を貫かれ、転べば全身が穴だらけになるという、無限の苦痛を味わう場所だ。
実際、遠くの方からは「痛いぃぃ!」「刺さるぅぅ!」という亡者たちの悲鳴が風に乗って聞こえてくる。
「地形データ解析……。針の密度、1平方メートルあたり500本。硬度計測不能。この針は、対象の『魂』を直接傷つける概念武装の一種と推測されます」
ルナが冷徹に分析結果を告げた。
「これではタロウのホバー走行は不可能です。接地した瞬間、スカート部分がズタズタに引き裂かれ、航行不能に陥ります」
「なんと。では降りて歩くしかないのか?」
「ええ。ですが、この針の上を歩くなど、通常であれば自殺行為ですが……」
ルナが言いかけた時だった。
絶望的な難所を前に、二匹のケモノたちは、恐怖するどころか目をキラキラと輝かせていた。
「わーい! 剣がいっぱいなのだ! 武器取り放題なのだー!」
ポチがタロウの背中から勢いよく飛び降りた。
着地点は、鋭利な針が密集する地面だ。
「ポチさん、待っ……!」
ルナの制止も間に合わず、ポチの小さな足が針の山へと着地する。
グシャッ――という肉が裂ける音は、しなかった。
ポヨヨォン……。
間の抜けた音が響き、あろうことか、鋭利なはずの針が、ゴムのようにぐにゃりと曲がったのだ。
「……は?」
「あれ?」
ポチが不思議そうに足踏みをする。
針はポチの重みを支えているが、皮膚を貫く気配は全くない。まるで、先端の丸い健康サンダルの上を歩いているようだ。
「……なるほど。そういうことですか」
ルナが瞬時に仮説を立て、納得したように頷いた。
「この針は『罪人への罰』を与えるための装置。つまり、対象の犯した『罪』に反応して鋭さを増す仕組みなのです」
「罪?」
「ええ。ポチさんやタマさんの魂は動物由来です。本能のままに生きており、そこに『悪意』や『罪悪感』はありません。……つまり、この地獄のシステムにとって、あなた方は『裁く対象外』。ただの毛玉とトカゲと認識され、針が殺傷能力を失っているのです」
なんというセキュリティホール。
地獄の責め苦は、あくまで「心にやましいことがある者」にしか効かない仕様だったのだ。
「ふふん! よくわからないけど、ボクは良い子だから刺さらないのだ!」
ポチが得意げに胸を張り、あろうことか地面から太い針を一本、両手で掴んだ。
「ふんぬっ……! 抜けるのだー!」
スポンッ!
本来なら抜けないはずの地獄の針が、大根のように簡単に抜けた。
「えいっ! 『ポチ・ソード』なのだ! タロウ、勝負なのだ!」
ポチが針を剣のように構えてポーズをとる。
それを見たタロウも、ポチの遊び心に反応した。
『ワン!(受けて立つ!)』
ガション!
タロウが四肢を展開し、ホバー形態から少年モードへと変形する。
タロウもまた犬、しかも機械。罪などあろうはずもない。
『ワオンッ!』
タロウが針の山を駆け回る。ゴムのように弾力を持った針の上を、トランポリンのように跳ね回る。
ポチが「ポチ・ソード」を振り回し、タロウとチャンバラごっこを始めてしまった。
亡者たちが泣き叫ぶ地獄の真ん中で、楽しげな笑い声が響き渡る。
「……まったく、無垢というのは最強じゃな」
タマは呆れつつも大きく伸びをした。
彼女はかつて暴虐の限りを尽くした火炎竜だが、それもまた「竜としての本能」で動いた結果であり、人間が犯す『罪』の概念とは無縁だ。
そもそもこの四人、人間形態をとっていても、本質は動物と機械である。
罪「人」になりようがない。
「うぅ〜ん……。狭い座席で縮こまっておったから、肩が凝ってしもうたわ。……ちょうどいい」
タマは、あろうことか一番鋭利な針が密集している場所を選び、そこへゴロンと仰向けに寝転がった。
「よいしょっと……」
本来なら串刺しになるところだが、針はタマの重みを受けて適度にたわみ、しかし完全には曲がらず、絶妙な反発力で背中を押し返した。
「おぉ……。おぉぉ……」
タマが恍惚の表情を浮かべた。
「ふぅ……。ここじゃ。ここが凝っておったのじゃ……。罪なき者への反発力が、ツボをピンポイントで突いてくる……。うむ、絶妙じゃ」
タマは背中をグリグリと針に押し付け、自分の体重を使ってマッサージを始めた。
「あひぃ〜〜、いいのじゃ〜〜。極楽じゃ〜〜」
口から漏れるのは、可憐な少女の姿からは想像もつかない、完全にオッサンくさい声だ。
地獄の責め苦が、彼女にとってはただの「青空健康ランド」と化していた。
「タマちゃん、気持ちよさそうなのだ! ボクもやるのだ!」
「うむ、お主もやってみよ。腰のあたりが効くぞ」
「わーい! ゴロゴロするのだー!」
ポチも剣を捨てて寝転がり、キャッキャと笑いながら針の上を転がり回る。
タロウも真似をして、背中を針に擦り付けて身をよじっている。
遠くで見ていた地獄の獄卒たちが、彼女らを見て戸惑っていた。
「な、なんだあいつらは……? 針の山でくつろいでやがる……」
「あいつら……さては『解脱』してやがるのか!?」
鬼たちは勘違いしていた。解脱した高僧などではない。ただの野生児たちだ。
「……あなた達には神経がないのですか? いえ、デリカシーがないのですね」
唯一の常識人枠であるルナは、深いため息をついた。
このままでは、ここで温泉気分で一泊しかねない勢いだ。
「遊びは終わりです。マスターが待っていますよ」
ルナはスタスタと針の上を歩き出した。
彼女もまた、罪を持たぬ機械知性。針は彼女の足元で大人しく道を譲る。
「むぅ、もう行くのか? まだほぐし終わっておらんのに」
「チェッ、なのだ。もっと遊びたかったのだ」
タマとポチが不満そうに起き上がる。
その体には、傷ひとつついていない。むしろ血行が良くなって肌艶が増しているようにさえ見える。
「急ぎます。……この先には、さらに厄介なエリアが待っていますから」
ルナが指差した先。
針の山を越えた向こう側から、凄まじい怒号と、金属がぶつかり合う音が響いてきていた。
そこは、物理的な痛みではなく、終わりのない闘争を強いる場所。
亡者たちが永遠に殺し合いを続ける修羅の世界――『等活地獄』。
「おや、喧嘩の匂いがするのう」
「おもしろそうな予感がするのだ!」




