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第147話:地獄のDX

 そしてさらに、冷徹なダメ出しの声が響く。


「……遅い。非効率だ。いつまで筆と紙で仕事をしているんだ」


 閻魔大王が鎮座ちんざする巨大な執務机の隣。


 急遽用意された事務デスクで、晶が、あからさまに不機嫌な顔で腕を組んでいた。


 彼女の現在の肩書きは、亡者ではない。地獄公認の『特別技術顧問』である。


「むぅ……。そうは言うがの、晶殿。これこそが地獄開闢じごくかいびゃく以来の伝統ある『閻魔帳』じゃ。罪人の生前の行いを記した絶対の記録……」


 閻魔大王が、困り顔で手元の巻物を指差す。


 そこには、罪人の悪事がびっしりと墨で書かれている。だが、その巻物は机の上に山脈のように積み上げられ、さらに部屋の隅には天井に届くほどの「未処理案件」がタワーを作っていた。


「これを一人の人間……いや、一柱の王が全て目視で確認し、筆で判決を書く? 狂気の沙汰だな」


 晶は閻魔帳の一冊を手に取り、パラパラとめくると、鼻で笑って放り投げた。


「検索機能もない、ソートもできない、バックアップもない。ただの紙束だ。こんなアナログなシステムでは、処理が追いつくはずがないだろう」


「うぐっ……! それは……」


 閻魔が言葉に詰まる。


 事実、地獄の裁判は慢性的な遅延を抱えていた。


 現世の人口増加に伴い、死者の数も激増。さらに犯罪の多様化により、判決にかかる時間は伸びる一方だ。


 現在、判決待ちの亡者が三途の川まで長蛇の列を作っており、彼らを収容する待機所の維持費が、地獄の財政を圧迫する最大の要因となっていた。


 まさに、地獄は「倒産寸前の超ブラック企業」状態だったのだ。


「見せてやろう。……これが『文明の裁き』だ」


 晶は懐から、愛用の携帯端末を取り出した。


 そして、積み上げられた閻魔帳の山にカメラレンズを向ける。


「スキャン開始。……文字認識、データベース化、メタデータ付与」


 シュバババババッ!


 晶が独自に開発したドローン型スキャナーが飛び立ち、閻魔帳のページを猛烈な速度でめくりながら撮影していく。


 膨大な手書き文字が、瞬時にデジタルデータへと変換され、晶が即席で構築した魔導演算機へと吸い込まれていく。


「な、なんじゃ!? わしの閻魔帳が吸い取られていく!?」


「安心しろ、原本は残る。……さて、ここからが本番だ」


 晶はキーボードを叩き、プログラムを実行した。


「過去数千年分の判例データを教師データとして学習させる。……通常なら地球のスパコンでも数日はかかる処理だが」


 晶が視線を向けた先には、怪しく光る魔石を動力源としたサーバーが唸りを上げていた。


 冷却ファンが全開で回り、排熱ダクトからは陽炎が立ち上っている。


『Learning... 10%... 50%... 99%... Complete.』


 わずか10分足らず。


 画面に「学習完了」の文字が表示された。


「……魔導サーバーの処理速度はチートだな」


 晶は小さく笑った。


 魔力を演算リソースに変換する異世界の物理法則は、ムーアの法則すら過去のものにする。


「AIによる『自動判決プログラム』、起動」


 晶がエンターキーをッターン! と叩いた瞬間。


 空中に巨大なホログラムウィンドウが展開された。


『亡者番号4890:虚偽申告罪(嘘つき) → 判定:黒 → 舌抜き地獄(執行猶予なし)』


『亡者番号4891:無銭飲食罪(食い逃げ) → 判定:黒 → 餓鬼道(懲役300年)』


『亡者番号4892:転売目的購入罪(限定品買い占め) → 判定:漆黒 → 無限行列地獄(懲役1000年)』


 ピロン、ピロン、ピロン♪


 軽快な電子音と共に、1秒間に数百人のペースで判決が確定し、自動的に執行部署へとデータが送信されていく。


「な、なんじゃこりゃあぁぁッ!?」


 閻魔大王が目玉を飛び出させた。


 彼が老眼鏡をかけ、巻物を広げ、うーんと悩みながら数日かけていた作業が、文字通り「あっという間に」終わってしまったのだ。


「処理速度、およそ15万倍だ」


 晶は冷めたコーヒーを啜りながら、淡々と計算結果を告げた。


「お前が1人の罪状を読み、悩み、筆を動かすのに平均300秒。対して、このAIの推論処理は0.002秒だ。……単純計算で15万倍。画面表示をオフにすれば、さらに一桁上がるぞ?」


「じゅ、15万倍……!? わしが15万年かかる仕事を、1年で……いや、わしが1日かかる仕事を、0.5秒で……!?」


 あまりの桁の違いに、閻魔大王は計算すら追いつかず、パクパクと口を開閉させている。


 晶は画面の端を指差した。そこには『要審議』とタグ付けされた、全体のわずか0.1%の案件だけが表示されていた。


「単純な罪状はAIが即決した。お前は、この残り数件の『判断が難しい案件』に目を通してハンコを押すだけでいい」


「ば、馬鹿な……。あの山のような未決案件が……たったこれだけに……?」


 閻魔の手が震える。


 今まで、寝る間も惜しんで働き、それでも終わらず、数百年もの間、休暇など取ったことがなかった。


 「地獄の王だから仕方ない」と諦めていた。


 それが、科学の力で一瞬にして片付いてしまったのだ。


「どうだ閻魔。……これなら、今日の夕方には帰れるぞ?」


 晶が閻魔の耳元で悪魔のように囁いた。


「定時退社だ」


「て、ていじ……?」


 その甘美な響きに、強面の大王の目から大粒の涙が溢れ出した。


「おぉぉ……! 残業がない……! わしが……わしが明るいうちに家に帰れる日が来ようとは……!!」


「ついでに有給休暇の管理システムも入れておいた。明日から週休二日制だ」


「晶殿ぉぉぉぉッ!!」


 地獄の王が、感動で泣き崩れながら晶の手を両手で握りしめた。


 その握力は、感謝と崇拝に満ちていた。


「あなたは神か! いや、仏か!」


「私はただの理系作家だし、ここは地獄だろうが……」


 晶は涼しい顔で答えたが、その口元には計算高い笑みが浮かんでいた。


 これで閻魔大王という最強のコネクションを手に入れた。


 地獄のシステムを握れば、こちらのものだ。資源も、労働力(オニたち)も、意のままに動かせる。


(フフッ……。地上に戻るまでの暇つぶしにしては、悪くない成果だ)


 晶は携帯端末(PDA)の画面をタップし、次なる改革案――『血の池地獄・地熱発電プロジェクト』のファイルを開いた。


 ここに、地獄のIT革命(DX)が幕を開けた。


 アナログと根性論で回っていた暗黒の職場は、一人の理系作家の手によって、超効率的なホワイト企業へと生まれ変わろうとしていたのである。


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