第142話:喪服姿のハイエナたち
ドォォォォォンッ!!
不意に、重厚な鉄扉が爆音と共に揺れた。
魔法による強行突破だ。
蝶番が悲鳴を上げ、赤熱した扉が内側へと倒れ込む。
舞い上がる土煙の向こうから、黒い影の集団が雪崩れ込んできた。
「……ここか! ここに聖女が隠されているのか!」
先頭に立っていたのは、豪奢な法衣を喪服で隠した小太りの男、教会枢機卿ベルナンドだ。
彼の背後には、同じく喪服を纏い、しかしその下には抜き身の剣を隠し持った私兵団が続いている。
その数、800。
「見つけたぞ! 神に選ばれし賢者の遺体! これさえあれば……!」
ベルナンドが、氷漬けにされた晶のポッドを見て、卑しい笑みを浮かべる。
その目は、死者を悼むものではない。
晶の持つ技術、名声、そして蘇りの秘密――それら全てを「値踏み」する目だ。
彼はボルスたちの存在に気づくと、尊大な態度で鼻を鳴らした。
「そこを退け、下郎ども。我々は教会からの正式な使者だ。聖女アキラの遺体を『保護』しに来た」
「保護だと?」
ボルスが一歩、前に出た。
その巨体が放つ威圧感に、先頭の兵士たちがたじろぐ。
「笑わせるな。ハイエナのクセに!」
ボルスの脳裏にあのシーンがよぎった。
◇
「……ボルスさん。テオさん」
あの時、ルナは無機質な手をボルスの肩に置き、真剣な赤い瞳で告げた。
「あなたたちには、最も重要な任務があります。……マスターの『肉体』の防衛です」
「魂を連れ戻しても、帰るべき器が腐っていては蘇生できません。……私が戻るまで、このポッドを絶対零度で維持し、何があっても守り抜いてください」
「たとえ国葬が終わって埋葬されそうになっても、敵が攻めてきても、絶対に渡さないでください。……それができるのは、あなたたちだけです」
◇
「お前たちが社長を奪いに来ることは、とっくに予想済みなんだよ!」
「なっ……無礼な! 表では国葬が行われているのだぞ! 貴様らのような薄汚い作業員が、聖女の尊き亡骸を拝むなど、僭越にもほどがあるわ!!」
ベルナンドが唾を飛ばして叫ぶ。
表の国葬を隠れ蓑にし、警備が手薄になった隙を突いて強奪に来たのだ。そのやり口の汚さが、ボルスたちの怒りに油を注ぐ。
「聖女? 違うな」
ボルスは戦斧を床に叩きつけ、轟音を響かせた。
「俺たちが守ってるのは『聖女』なんかじゃねぇ。……給料を払ってくれて、美味い飯を食わせ、俺たちのようなはぐれ者に『生きる場所』をくれた『社長』だ」
ボルスの脳裏に、晶との思い出が蘇る。
ただの力自慢だった自分に、「運搬」という役割を与えてくれたあの日。
初めての給料日。1万G相当の最高級石鹸を渡され、「田舎の母ちゃんに送ってやるんだ」と泣いたあの日。
そして、仕事の後に飲んだキンキンに冷えたビールと、極上の燻製の味。
あの温かい場所を。自分たちを「必要だ」と言ってくれた人を。
こんな薄汚い連中に、指一本触れさせるわけにはいかないのだ。
「ボルスさんの言う通りです。……ここは私たちの居場所です」
ボルスの横で、テオが静かに杖を構えた。
元王立魔導院の落ちこぼれ。攻撃魔法が使えず、追放された自分。
そんな自分を、晶は笑わなかった。
『採用! 君こそエースだ!』
『一定の風量と湿度を保ち続ける君の魔法制御力は、最新鋭のドライヤーに匹敵する』
石鹸工場の乾燥工程責任者として、自分の地味な魔法を「才能」だと認めてくれた。
生活魔法しか使えない自分に、胸を張れる仕事を与えてくれたのだ。
あの日、晶に貰った「石鹸」の香りと感謝を、テオは片時も忘れたことはない。
「僕の魔法は、もはや、ただの生活魔法じゃない。……社長を守るための『戦う』魔法です!」
「ええ。わたくしも……アキラ様には借りがありますから」
後方で、薬剤散布用の噴霧器を背負ったセシリアが、決意を込めてバルブを握りしめた。
かつて、「インチキ賢者」と罵って工場に乗り込み、あまつさえボヤ騒ぎを起こした自分。
そんな自分に対し、晶は損害賠償として「身体」を要求した――といっても、トイレ掃除だが。
『嫌なら牢屋に行くか?』
『やります! やらせてください!』
プライドばかり高かった自分に「働くこと」の意味を教え、居場所を与えてくれた。
もしあそこで放り出されていたら、自分はただの犯罪者になっていただろう。
「私の消毒液は、ただバイ菌を退治するためだけにあるのではありません。……恩義を踏みにじる害虫を、駆除するためにもあるのですわ!」
「へっ、あたいも混ぜなよ。Aランクのあたいが何とかしてやるさ!」
リナも双剣を抜き、低い姿勢で殺気を研ぎ澄ます。
それぞれの想いを胸に、テオ、セシリア、リナ、そして後ろに控える工場作業員たちも一斉に武器を構える。
「社長の眠りを妨げる奴は、王だろうが教皇だろうが――」
ボルスが、腹の底から吼えた。
「ぶっとばす!!」
宣戦布告。
ベルナンドの顔が真っ赤に染まる。
「お、おのれ……! たかが労働者風情が、教会の決定に逆らうか! いいだろう、ならば力ずくで排除してやる!」
ベルナンドが剣を振り下ろす。
「やれッ! 一人残らず始末しろ! 聖女の遺体を奪い取るのだ!」
「「「ウオオオオオオオッ!!」」」
800人の私兵団が、殺意の雄叫びを上げて殺到した。
狭い格納庫内を埋め尽くす、剣と槍の波。
対する防衛側は、わずか数十名。
だが、ボルスは不敵に笑った。
「テオ! 準備はいいな?」
「いつでもどうぞ! 社長が残した『掃除道具』の威力、たっぷりと見せてやりましょう!」
テオが眼鏡の位置を直し、背後の壁に設置された巨大なバルブに手をかけた。
ここは彼らの庭であり聖地。
侵略されるわけにはいかないのだ。




