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第141話:特攻と防衛とコンサルと

 ヒュゴオオオオオオッ!!


 次元の裂け目を抜けた先に広がっていたのは、終わりのない荒野だった。


 空はドス黒い紫色に染まり、地面は赤錆のような砂で覆われている。


 そして何より、大気そのものが猛毒だった。


「警告。大気中の魔素、致死レベル。瘴気が充満しています」


 冥界の荒野に降り立ったルナは、視界に表示される無数の警告ウィンドウを冷静に払い退けた。


 彼女のボディ表面では、瘴気が触れるたびにジュッ、ジュッと小さな音を立てているが、対腐食コーティングされた装甲はビクともしない。


「ガガッ! ガガガッ!」


「問題ないようですね」


 隣では、液体金属スライムをまとった少年モードのタロウが、元気に走り回っている。機械種である彼らに、生物に対する毒は無意味だ。


「ふぁぁ……。少し空気が淀んでおるが、暖かくて良い場所なのじゃ」


 タマが、あくびをしながら伸びをする。


 火炎竜であり、マグマの中でも活動できる彼女にとって、この程度の環境は「少し蒸し暑い」程度らしい。


「ふんふん……! あきらの匂いがするのだ!」


 そしてポチに至っては、瘴気を胸いっぱいに吸い込みながら、鼻をひくつかせている。


 吸い込んだ端から肺が腐るはずだが、神獣フェンリルの超再生能力が瞬時に修復しているため問題はない。


「……やはり、このメンバーで正解でしたね」


 ルナは頷いた。


 ここにボルスやテオがいれば、今頃は地面に転がる肉塊になっていただろう。


 この過酷な死の世界を歩けるのは、人外のスペックを持つ彼らだけだ。


「ポチ。マスターの座標はわかりますか?」


「あっちなのだ! インクとコーヒーと、あと『たくらんでる時の悪い顔』の匂いがするのだ!」


「……最後のは匂いではありませんが、信じましょう」


 ルナは、ポチが示した方角――荒野の遥か彼方にそびえる、巨大な黒い宮殿を見据えた。


「行きましょう。……待っていてください、マスター。今すぐ叩き起こしてあげますから」


 最強の救助隊、チーム人外が、地獄の荒野を疾走し始めた。


 ◇


 一方、地上。アステルの第零格納庫。


 カキィィィィィン……!


 静まり返った格納庫に、氷の張る音が響く。


 テオと緊急招集をかけて呼んだセシリアのふたりで共に氷結魔法を展開させた結果、晶が眠る再生ポッドは分厚い氷塊に覆われ、絶対零度のひつぎと化していた。


「……寒くねぇか、テオ」


「寒いですね。……でも、社長の孤独感や不安を思えばマシですよ」


 ボルスとテオとセシリアは、分厚い毛布をかぶり、震えながらもポッドの前に立ち続けていた。


 その手には武器が握られている。


「国葬が終われば、いずれ『遺体を引き渡せ』って連中が出てくるだろうな」


「ええ。各国の王族、あるいは教会……。賢者の遺体なんて、最高の聖遺物アーティファクトですから」


 テオが杖を構え直す。その瞳に迷いはない。


「でも、渡しませんよ。指一本触れさせません」


「おうよ。ルナたちが戻るまで、ここが最前線だ」


「そうですね、アキラ様が復活するまで、ここを守り切りましょう!」


 ボルスは巨大な戦斧を床に突き立て、セシリアも新調した大杖を振り回した。


 ……扉の向こうからは、国葬を終えた参列者たちのざわめきが聞こえてくる。


 だが、彼らは動かない。


 ただひたすらに、主人の帰還を信じて待ち続ける。


 それが、残された自分たちにできる、唯一にして最大の戦いだと知っているからだ。



 そして――冥界の最深部。


 亡者たちを裁く『閻魔宮えんまきゅう』。


「……なるほど。地熱発電と、針の山の運動エネルギー変換か」


 閻魔大王は、晶が提出した『地獄改革案』の書類(手帳の切れ端)を食い入るように見つめていた。


 赤ら顔の巨漢が、ゴクリと唾を飲み込む。


「貴様の言う通り、今の地獄は赤字続きだ。鬼の人件費も馬鹿にならん。……この改革を行えば、本当に収支は黒字になるのだな?」


「保証する。科学と効率化は嘘をつかない」


 証言台に立つ、白衣の女――結城晶は、不敵な笑みを浮かべて断言した。


 その態度は、ここが地獄の中心であることを微塵も感じさせない。


「よかろう。……貴様の提案、受け入れよう」


 閻魔が重々しく頷いた。


「貴様を地獄の『特別技術顧問』に任命する。……ただし」


「ん?」


「報酬の『蘇生』は、成果払いだ。地獄のエネルギー効率が改善され、赤字が解消されるまで、現世への帰還は許可しない」


 それは、実質的な無期懲役に近い労働契約だった。


 普通の亡者なら絶望して泣き崩れるところだ。


 だが、このマッドサイエンティストは違った。


「……ほう? 成果を見せろと?」


 晶の瞳が、怪しく輝いた。


 それは、難解な数式や、手つかずの荒野を前にした時の――研究者の目だ。


「面白い。上等だ、閻魔。私の計算が正しいことを、この地獄全土を使って証明してやる」


「う、うむ……」


 ガシッ! と晶と閻魔が握手を交わす。


(なんか目が怖いなコイツ……)


 閻魔は晶を見下ろしながら、言いようのない恐怖を感じていた。


 ここに、地獄史上最悪の『業務改革』が決定した。


 ◇


 一方、冥界の入り口――『賽の河原』。


「……マスターの座標、特定完了」


 荒野に立つルナは、視界に表示されたマップを見て、わずかに眉をひそめた。


「現在地より、北へ3000キロ。……遠いですね」


「何ヶ月かかるんでしょう?」


「わかりません。ですが、行きますよ。マスターが余計なトラブルを起こす前に、回収しなければなりません」


 ルナは、遥か彼方に霞む閻魔宮を見据え、一歩を踏み出した。


「邪魔する敵はすべて排除します。……神だろうと、悪魔だろうと」


 ◇


 そして、地上――『第零格納庫』。


「……来たぞ」


 ボルスが短く呟いた。


 分厚い氷に閉ざされたポッドの前。


 扉の向こうから、複数の足音と、金属鎧の擦れる音が近づいてくる。


 国葬を終え、英雄の遺体を『聖遺物』として管理しようとする、教会騎士団か、あるいは王国の兵士か。


「ここから先は、一歩も通さねぇ」


 ボルスは戦斧を構え、テオとセシリアは魔力を練り上げる。


 ――地獄でインフラ改革を始めた晶。


 ――広大な冥界を征くルナたち。


 ――遺体を守り抜くボルスたち。


 それぞれの「負けられない」戦いが……いま、始まろうとしていた。


(第5章へつづく)


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