第139話:ルナの怒り、第零格納庫の誓い
ピーーーーー…………
無機質な電子音が、広い第零格納庫に木霊していた。
再生ポッドのモニターには、残酷な事実を告げる文字が浮かび上がっている。
『バイタル反応、消失。心肺停止を確認』
それは大賢者の、あまりにあっけない最期だった。
「……嘘だろ」
ボルスが膝から崩れ落ちた。
震える手で地面を殴りつける。一度、二度、三度。拳から血が滲んでも、痛みなど感じなかった。
「畜生……! 畜生ぉぉッ!! なんでだよ! 俺らなんかのために……なんであんたが死ななきゃなんねぇんだよ!」
大の男の慟哭が響く。
テオもまた、ポッドのガラスに縋り付き、涙を流していた。
「嫌です……起きてください社長……! まだ、教えてもらいたい魔法がたくさんあるんです……! 置いていかないでくださいよぉ……!」
「あきらぁぁぁ! 起きるのだぁぁぁ!」
ポチが遠吠えのように泣き叫ぶ。
「師匠……。嘘だと言ってください……。あんたがいなきゃ、誰がこの世界の技術を進めるんですか……!」
ガンドがスパナを握りしめたまま、男泣きに暮れる。
「アネキ……。あたいが……あたいがもっと強ければ……!」
リナは、唇から血が出るほど噛み締め、己の無力さに震えていた。
フローラはその場に崩れ落ち、祈ることさえ忘れ、ただ呆然と虚空を見つめている。
「クゥ〜ン……」
スライムモードから戻ったタロウは力なく鳴き、タマは腕を組んだまま、静かに目を閉じて天を仰いだ。
目尻に涙を滲ませて……。
だが。
その絶望的な空気の中で、ただ一人だけ、違う反応を見せる者がいた。
「……マスター。」
オーバーヒートで黒焦げになり、片腕を失ったアンドロイド。
ルナだ。
彼女は機能停止寸前の状態で、ふらりと立ち上がった。
「おい、ルナ! 動くんじゃねぇ! お前の電子頭脳も焼き切れちまうぞ!」
ガンドが慌てて制止しようとするが、ルナはそれを無視し、足を引きずりながらポッドへと歩み寄る。
その瞳は、不安定に赤く明滅していた。
「……マスター」
ルナがポッドの縁に手をかける。
その声は震えていた。
回路の不具合か、それとも――感情の爆発か。
ルナの電子頭脳の奥底で、ロックされていた「最重要ログ」が、意思とは無関係に再生される。
『検索:最重要プロテクト・データ』
『再生開始――ファイル名:第123項【海の家の約束】』
――ザザァ……。
脳裏に、あの日の潮騒が蘇る。
鼻をくすぐるソースの香ばしい匂い。
西日に照らされた、キラキラと輝く海。
『ほら、さぁ食え、ルナ。うまいぞ!』
記憶の中のマスターは、今のように青白く冷たい顔ではなく、優しく笑っていた。
口いっぱいに広がる、熱々の粒あんと、冷たいホイップのハーモニー。
思考回路がショートするほどの幸福感。
そして、何よりも甘美だった、あの言葉。
『ルナ、今回のミッションが成功したら、このたい焼きを1日中食べ放題にしてやる』
『だから、絶対成功させるぞ!』
『はい、マスター!』
――プツン。
再生が終了し、無慈悲な静寂が戻ってくる。
目の前にあるのは、温かい笑顔でも、美味しい湯気でもない。
ただ、冷たいガラスと、物言わぬ亡骸だけ。
「約束したじゃないですか。ミッションが成功したら、『ホイップたい焼き食べ放題』にするって。1日中、好きなだけ食べていいって言ったじゃないですか!」
返事はない。
冷たくなった晶は、安らかな顔で眠っている。
「なのに……死んでチャラにするつもりですか? え、なんですか?食え食え詐欺ですか? 私はまだ3個しか食べてないんですよ!? 3個で食べ放題って言うんですかっ!?」
ルナは、晶の肩を掴んで激しく揺り動かす。
ガシャン、ガシャン、と乱暴な音が響く。
「認めません……。死亡による契約不履行なんて、神が認めても、この私が認めませんっ!!」
「ル、ルナ、おまえ何を言ってるんだ……?」
ボルスが顔を上げる。
ルナの瞳から、冷却液がボロボロと溢れ出し、頬を伝って落ちていた。
彼女は、涙で濡れた顔を上げ、呆気にとられるボルスたちを睨みつけた。
その瞳には、強靭な意志が籠っていた。
マスターを失った悲しみ。
ホイップたい焼き食べ放題という「大切な約束」を反故にされた、底知れぬ無念。
そして何より――。
そんなささやかな願いすら許さない、理不尽な運命に対する、烈火のごとき「怒り」。
「……ボルスさん、テオさん。泣いてる暇はありませんよ」
「え?」
「マスターの肉体は、工場にあるナノマシンをフル稼働させて修復・維持します。ですが、離れてしまった『魂』だけは、科学ではどうにもなりません」
ルナは、晶の入ったポッドを指差した。
「ですから、迎えに行きます」
「む、迎えにって……どこへだよ?」
「決まっているでしょう」
ルナは言い放った。
常識も、生死の境も、神の理さえもねじ伏せるように。
「冥界です」
「「はぁぁ!?」」
「たい焼きの約束を果たすまで、地獄の底だろうと追いかけて、叩き起こしてやります……!!」
ルナの背後から、目に見えるほどの魔力が噴き上がる。
それは、神話の時代より恐れられた『冥界』への宣戦布告だった。
「これより、『冥界殴り込み作戦、ヘル・レイド』を開始します。……総員、戦闘準備!」
涙目のAIによる、史上類を見ない救出劇が幕を開けた。




