表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

138/145

第138話:晶、死す。

 悲痛な絶叫は青空に吸い込まれ――そして、突如として黒い影に遮断された。


「……あ?」


 涙で滲んだテオの視界に、水しぶきを上げて疾走してくる漆黒の船が映り込む。


 全長12メートル。軍用車両を思わせる無骨な装甲と、居住性を両立させた水陸両用の万能艇。


 移動要塞『黒き箱舟ブラック・アーク』――晶たちが乗ってきた母船。


 ルナが遠隔操作で浮上予測地点へと先回りさせていた、無人の救命綱である。


「……船、だ」


 ボルスが呆然と呟く。


 だが、その瞳に宿っていた絶望の色は、瞬時に消え失せた。


 あの中には最低限のベッドと、アステルへ帰るためのエンジンがある。


 ――まだ、間に合うかもしれない。


「ッ……泣いてる場合じゃねぇぞ!!」


 ボルスが自らを鼓舞するように吠えた。


 彼は溢れ出る涙を乱暴に拭うと、血まみれの晶を抱きかかえ、揺れる足場で踏ん張る。


「乗り移るんだ! 早くしろテオ! まだ終わってねぇ!」


「は、はいっ!」


「……死なせてたまるかよ。あんたが命がけで俺たちを生かしたんだ、今度は俺たちが返す番だろ!」


 ボルスは晶を胸に抱き、荒波のうねりで船体同士が接触する一瞬の隙を突いて跳躍した。


「うおぉぉぉッ!」


 ドスンッ、と箱舟の後部デッキに着地する。


 続いてテオが、泣きじゃくるポチを抱えて転がり込んできた。


 主を失った『わだつみ号』は、そのまま波にさらわれていく。


「はぁ、はぁ……!」


 ボルスは荒い息を吐きながら、誰もいないデッキを見回した。


 医師もいない。医療設備もない。


 あるのは、自動操縦で波を切るエンジンの振動だけだ。


「船内に入れるぞ! ソファでもなんでもいい、社長を横にならせる場所を確保しろ!」


「は、はいっ!」


 ボルスは晶を抱え、ハッチをくぐってキャビンへと駆け込んだ。


 ◇


 そこは、晶が快適な旅をするために設計された、機能的だが手狭な居住スペースだった。


 ボルスはキッチン脇のソファベッドに、晶を慎重に横たえる。


 だが、ここにあるのは生活用品ばかり。


 命を繋ぎ止めるための医療機器は、何一つない。


「クソッ……! 何もねぇのかよ!」


 狭い船内で、ボルスが焦りと共に拳を握りしめた、その時だ。


「どいてください」


 冷徹な声が響く。


 いつの間にか現れたルナが、ベッドサイドに立っている。


 彼女の指先がカシャッと展開し、そこから数本の細いケーブルが蛇のように伸びた。


「ル、ルナさん!?」


 驚くテオを無視し、ルナは躊躇なくその端子を晶の首筋や胸部に突き刺した。


 ブスリ、という生々しい音が静かなキャビンに響く。


「生体リンク、直結。……私のバッテリーを心臓ペースメーカーとして代用します」


 至近距離で、ルナの瞳が激しい明滅を始めた。


 自らの動力源である魔力バッテリーを、直接晶の心臓へと流し込み、無理やり鼓動を打たせているのだ。


「総員、衝撃に備えてください。これより最大戦速でアステルへ帰還します」


「最大戦速って……これ以上出したら船が壊れるんじゃ!?」


「……構いません」


 ルナは無表情で告げた。


「安全リミッター、全解除。……目的地はアステル郊外、石鹸工場地下『第零格納庫』です」


 ズズズズズ……ッ!


 船底から、怪物の咆哮のような重低音が響き渡る。


 次の瞬間、黒き箱舟は海面を爆発させるような勢いで急加速した。


 ◇


 船体が分解しそうなほどの振動が続く。


 ルナは彫像のように動かず、晶の手を握り続けていた。


 だが、その体には異変が生じていた。


 プシュッ……シューーー……。


 ルナの首筋や関節の隙間から、白い蒸気が漏れ出している。


 高負荷によるオーバーヒートだ。


 人工皮膚の一部が熱で溶け出し、内部の金属骨格が剥き出しになり始めている。


「ルナさん、煙が……! あなたまで壊れてしまいます!」


 テオが悲鳴を上げるが、ルナは視線すら動かさない。


「問題ありません。マスターの心拍維持に必要な電圧を供給し続けるだけです」


「でも、その体じゃ……!」


「……私のボディパーツなら、『第零格納庫』に予備があります。ガンドさんに直してもらえば問題ありません」


 ルナの視覚センサーには激しいノイズが走っていたが、その瞳は決して晶から逸らされなかった。


 ただ、ひたすらに電気信号を送り続ける。


 死神の手から、主人の魂を引き剥がすように。


 その横で、ボルスは震える手で晶の腕をさすっていた。


 注射の痕がない腕を。


 その意味をすでに理解している彼は、悔しげに顔を歪める。


「……社長の馬鹿野郎。俺たちの分を作るために、自分の命を削りやがって」


 ボルスが絞り出すような声で言った。


 自分の不甲斐なさと、主人のあまりに不器用な献身への怒りが入り混じっている。


「注射一本だぞ……たった一本、自分に打てば助かったのによ……! なんで俺らなんかのために損な計算しやがるんだ……!」


「ボルスさん……」


 テオもまた、唇を噛み締めてうつむく。


「あきら……起きるのだ……」


 ポチがベッドに前足をかけ、晶の顔をぺろぺろと舐める。


「ボクのハンバーグあげるから……おやつのプリンもあげるから……」


 ポチの大きな瞳から、ボロボロと涙がこぼれ落ち、晶の頬を濡らす。


「死んじゃイヤなのだ……置いていっちゃイヤなのだ……」


「こんなところで死ぬなど、主らしくないのじゃ……」


 タマも悲痛な表情で晶を見つめる。


 しかし、晶はピクリとも動かない。


 ただ、ルナから送られる強制的な電気信号によって、心臓が痙攣しているだけだ。


「警告。エンジン隔壁、溶解開始。爆発まであと60秒」


 艦内アラートが鳴り響く。


 窓の外には、アステルの港が迫っていた。


「止まる必要はありません。港に乗り上げなさい!」


 ルナの命令と共に、黒き箱舟は減速することなく突っ込んだ。


 ズガァァァァァァンッ!!


 轟音と共に岸壁が砕け散り、巨大な船体がアステルの港に座礁して停止した。


 ◇


「急げぇぇぇッ!!」


 停止した船から飛び出し、ボルスが晶を抱えて走る。


 目指すは、郊外にある石鹸工場――通称『魔王城』の敷地最奥部。


 従業員ですら立ち入りを禁じられた、重厚な鉄扉の前だ。


「認証、結城晶。……緊急解除!」


 ルナが遠隔操作でロックを外す。


 プシューッという音と共に、分厚い扉が左右に開いた。


 そこは『第零格納庫』。


 かつて晶が発掘し、秘密裏に修理していた古代文明の遺産が眠る場所。


 広大なドックの中央に、青白い光を放つカプセル――『再生ポッド』が鎮座していた。


「リナ! フローラ! 準備しろ!」


「は、はいっ!」


 騒ぎを聞きつけて駆けつけた従業員たちが、慌ててポッドのカバーを開ける。


 ボルスが晶の体を、冷却液で満たされたポッドの中へと横たえた。


「よし、間に合っ――」


 ボルスが安堵の息を吐きかけた、その時だった。


 ピーーーーー…………


 ルナの体内から、無機質な電子音が鳴り響いた。


 握っていた晶の手から、力が完全に抜ける。


「……あ?」


 ボルスが硬直する。


 ルナは、溶けかけた顔でモニターを見つめていた。


「……電気信号、消失」


 その声には、一切の感情が含まれていなかった。


「心肺停止を確認しました」


 バチバチ、とルナの体から火花が散る。


 限界を迎えたアンドロイドの体は、糸が切れたようにその場に崩れ落ちた。


 光の消えた瞳は、ポッドの中で動かなくなった晶を、ただじっと見つめ続けている。


 広い格納庫に、ルナの体内から発せられる無機質な電子音だけが、いつまでも響き渡っていた。


 ……晶は、死んだ。


……はい。晶、死んでしまいました。


「嘘でしょ!?」「この先の展開、どうするの?」と気になって夜も眠れないアナタ!


ぜひブックマークや評価(☆☆☆☆☆)で、作者に続きを書くパワーを分けてください!


頂いた星の数だけ、執筆速度が上がります……!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ