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第137話:仲間は死なせない!

 カッ!!


 直後。


 深海が、太陽のごとき閃光に塗りつぶされた。


 ズガァァァァァァァァン!!


 施設の「完全自爆」による衝撃波が、海水ごと『わだつみ号』を背後から殴りつけたのだ。


 分厚い装甲が悲鳴を上げ、船体が木の葉のように揺さぶられる。


「警告。衝撃波到達。メインバラスト、損傷。姿勢制御不能」


 ルナのアラートが艦内に響き渡る。


 操縦席にしがみついていたボルスが絶叫した。


「おいルナ! 舵が効かねぇぞ! どうなってやがる!」


「爆発のエネルギーにより、船体が急激に押し上げられています。浮上速度、規定値を突破。……危険域に入りました」


 ルナの無機質な声が、最悪のシナリオを告げる。


「警告。急激な水圧変化を検知。艦内の加圧システムが追いつきません。このままでは搭乗員が『急性減圧症』になります」


 その言葉の意味を理解するよりも早く、異変は起きた。


「ぐ、がぁ……ッ!?」


 ボルスが突然、喉をかきむしって倒れ込んだ。


 全身の血管が内側から膨れ上がり、皮膚が赤黒く変色していく。


 ゴボッ、と口から赤い泡が溢れ出した。


「ボ、ボルスさん! ……あ、が……ッ!」


 駆け寄ろうとしたテオもまた、膝から崩れ落ちて激しく咳き込む。


 ポチに至っては、スキュラ戦での消耗も重なり、白目を剥いてピクリとも動かない。


「ふぎゃ……目が回るのじゃ……」


 タマだけは、竜の頑強な肉体のおかげか、あるいは単純に構造が違うのか。目を回しているだけで命に別状はなさそうだが……。


(くそっ……! 減圧症ベンズか……!)


 晶自身も、全身の関節をハンマーで砕かれるような激痛に襲われていた。


 血液中に溶け込んでいた窒素が、急激な減圧によって気泡化し、血管を塞いでいるのだ。


 しかし、この狭い空間に再圧チャンバーなどあるはずもない。


 セシリアの回復魔法を込めた「回復の秘薬」も、あのクジラ(チビ助)に使っているため既にない。


 このままでは、脳や心臓の血管が詰まり、全員死ぬ。


「……こんなところで……全滅してたまるか……!」


 晶は脂汗を垂れ流しながら、ツールバッグを引き寄せた。


 震える手で携帯用分析機を取り出し、自身の膝の上に広げる。艦の激しい揺れと飛びそうな意識で、何度も落としそうになるのを必死で押さえつけた。


 先ほどスキュラから奪い返した、残りわずかなナノマシンのアンプルをセットする。


「ハァ、ハァ……! このナノマシンを……『酸素運搬・血管修復型』に書き換えれば、助かる……」


 キーを叩き、精製プログラムを走らせる。


 モニターに精製可能な薬の数が表示された。


 晶の手が止まった。


「……4、か」


 タマはめまいがする程度で致命的なダメージになっていないので使わなくても良い。


 タロウも水圧変化による肉体の影響は無いはずなので問題なし。


 ルナもアンドロイドのため、減圧症の影響はほぼない。


 残りの原液をすべて使い切れば、ギリギリ4人分……ボルス、テオ、ポチ、晶を完治させる薬が作れる。


 だが、それをやってしまえば、アンプルは空になる。


 晶の悲願である「Fカップへの夢」は、ここで完全に断たれることになる。


「……」


 晶はモニターの向こう、狭い艦内で苦しむ部下たちを見た。


 自分の命令で盾となり、干からびたボルスの左腕。


 自分のために魔力を使い果たし、泥のように倒れているテオ。


 自分を守ろうとして、ボロボロになったポチ。


 腕を伸ばせば届く距離で、仲間たちが死にかけている。


(……こいつらは、私の夢のために身体を張ってくれた。ならば、こいつらを助けるのが筋というものだ)


 晶は苦痛の中で、自嘲気味な苦笑いを浮かべた。


(それに……もしFカップになっても、こいつらが死んでしまったら、夢見が悪くなるしな)


「社員の不始末をカバーするのも社長の仕事だ。……だが、私の夢も譲らん」


 晶は、アンプルの中に残っていた「Fカップ培養用の最小単位」をスポイトで慎重に吸い出し、小さな試験管へと隔離した。


 そして、残った原液をすべて投入し、精製ボタンを押す。


「……両方守るのが、私の流儀だ!」


 完成したのは、注射器3本分の特効薬。


 自分の分はない。


 それは「自分が助からないかもしれない」というリスクを承知の上での、あまりに強欲で、あまりに不合理な選択だった。


 ◇


 晶は3本の注射器を握りしめ、這いずりながら操縦席へと戻った。


 激痛で意識が飛びそうだ。耳鳴りが止まらない。


「お、い……生きてるか……」


「しゃ、ちょ……」


 ボルスが薄く目を開ける。その顔色は土気色で、死相が漂っている。


「自分は、いい……。先に……あんたが……」


「黙れ」


 晶は激痛をこらえ、顔を引きつらせながらも、努めて冷静な声を作った。


「……私はさっき自分に打った。じきに回復するだろう」


 それは、晶がついた精一杯の優しい嘘だった。


「お前らが死んだら、誰が私の荷物を持つんだ? さっさと治せ」


 晶は有無を言わさず、ボルス、テオ、ポチの腕に次々と注射を打った。


 プシュッ、という音と共に、ナノマシンが彼らの体内へと流れ込む。


 数秒もしないうちに、彼らの苦悶の表情が和らぎ、呼吸が安定していく。


(よし……これで、いい……)


 晶は安堵と共に、壁にもたれかかった。


 ザパァァァンッ!!


 水しぶきを上げ、ワダツミ号が海面へと躍り出た。


 ハッチが自動で開放され、薄暗い艦内に眩しい太陽の光が差し込んでくる。


「はぁ、はぁ……! く、空気が美味い……!」


 テオが起き上がり、大きく深呼吸をする。


「助かった……! ありがとうございます、社長! さすがです!」


「へへっ、やっぱ社長はすげぇや! あんな死にそうな状態から、一瞬で助けてくれるなんてよぉ!」


 ボルスが復活した腕を回しながら、満面の笑みで振り返る。


 逆光の中、晶はニヤリと笑って見せた。


「勘違いするな。……お前らは私の……大事な……だからな……」


 言い終わるよりも早く。


 カラン、と乾いた音が響いた。


 晶の手から滑り落ちた小さな試験管が、床を転がっていく。


「……社長?」


 糸が切れた操り人形のように、晶の体が崩れ落ちる。


「おい、社長!? しっかりしろ!!」


 慌てたボルスが、晶を抱き起こす。


 だが、その体は高熱を発し、小刻みに震えていた。


 治療したはずなのに、口元からは赤い泡が止めどなく溢れ出し、白衣を鮮血で染めていく。


「あ、が……」


 晶の瞳孔は開きかけ、呼吸は浅く、速い。


 明らかに『治って』などいなかった。減圧症の症状は、進行こそすれ、治まってなどいない。


「な、なんでだ……? あんた、さっき打ったって……」


 混乱するボルスの視界に、先ほど晶が投げ捨てた空の注射器が映り込む。


 ――三本しかない。


 (俺と、テオと、ポチに打った三本しかない)


 そして、床に落ちた試験管。


 そこには、使われることのなかったナノマシンの原液が、宝石のように封入され、大切に残されている。


 ボルスの中で、残酷な計算式が組み上がった。


 もし四人全員分を作ったのなら、原液がこんなに残るはずがない。


 逆に言えば、これを残すためには――一人分、誰かが犠牲になる必要がある。


「まさか……あんた……」


 ボルスは血の気が引くのを感じながら、震える手で晶の腕を掴み、袖をまくり上げた。


 ……ない。


 俺たちの腕にはある、注射の痕が、どこにもない。


「嘘だろ……自分の分を作らなかったのか……?」


 ボルスは床の試験管と、腕の中で死にかけている晶を交互に見た。


「これを残すために……自分の命を削ったのかよ!?」


 テオも事態を察したのか、顔色がみるみるうちに青白くなっていく。


「「……社長ォォォォォッ!!」」


 悲痛な叫びが、青い空に吸い込まれていく。


 晶の意識は、彼らの声を聞きながら、深い闇の底へと沈んでいった。


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