第135話:スキュラ・クイーンの猛攻
「ギシャアアアアアアアアアッ!!」
スキュラ・クイーンの絶叫が、再びドーム内の空気を引き裂いた。
それは単なる威嚇ではない。高周波の振動を含んだ衝撃波だ。
ドーム内に残っていたガラス製の実験器具が次々と破裂し、天井の照明が火花を散らして明滅する。
「ぐぅっ……! 鼓膜が破れそうだぜ!」
ボルスが大剣を構え直し、脂汗を流しながら叫ぶ。
対峙する怪物は、人間の少女の上半身に、巨大なタコの触手を下半身として持つ異形の女王。その白い肌は病的なまでに青白く、虚ろな瞳は殺意だけで濁っている。
「来るぞ! 散開しろ!」
晶の指示と同時に、スキュラの下半身から無数の触手が放たれた。
ドゴォォォン!!
ヒュンという風切り音などない。それは質量を持った暴力の嵐だった。
丸太ほどもある太い触手が、鋼鉄製の床をまるで豆腐のように粉砕し、深さ数十センチのクレーターを穿つ。かすっただけでも人体など挽き肉に変わる威力だ。
「オラァァァッ!!」
ボルスが雄叫びを上げて飛び込み、迫り来る触手の一本を根元から斬り払った。
ドサッ、と肉塊が床に落ち、どす黒い体液がぶちまけられる。
「へっ、見たか! デカいだけで図体は鈍いじゃねぇか!」
ボルスが得意げに笑った、その直後だ。
切断されたスキュラの傷口から、ブクブクと白い泡のようなものが溢れ出した。
「なっ!?」
泡は瞬く間に肉の形を成し、血管を繋ぎ、皮膚を形成していく。
ジュワジュワという不気味な音と共に――わずか数秒で、元の触手が完全に再生した。傷跡ひとつ残っていない。
「嘘だろ!? トカゲの尻尾だって、もっと時間かかるぞ!」
「物理でダメなら、魔法です! 『氷結』!」
テオが杖を突き出し、絶対零度の冷気を浴びせる。
スキュラの半身がカチコチに凍りつき、氷像のように動きを止めた。
「やりました!」
「馬鹿、気を抜くな!」
晶の怒声が飛ぶ。
パキ、パキキッ……ドガァァン!!
凍りついたスキュラの体表に亀裂が入ったかと思うと、内側から溢れ出る肉の圧力によって氷が爆散した。
彼女の細胞代謝は、凍結の速度を遥かに上回っていた。
「ば、馬鹿な……。魔法も効かないなんて!」
「チッ、やはりか……!」
晶は瓦礫を避けながら舌打ちをした。
「あれは回復魔法じゃない! 体内の『プリズム・セル』が、傷ついた組織を瞬時に『再構成』しているんだ! 言わば、全身の細胞が無限増殖している状態だぞ!」
「じゃあどうすりゃいいんだよ! 不死身かこいつは!」
ボルスが叫ぶ間にも、触手の猛攻は激しさを増していく。
その時、勇敢にもポチがスキュラの死角から飛びかかった。
「あきらをいじめるな!」
ポチの牙が、スキュラの柔らかな脇腹に食い込む。
だが、スキュラは痛みを感じた様子もなく、無造作に触手でポチを払い退けた。
「キャッ!」
ポチが壁に叩きつけられる。
すぐに起き上がろうとするが、ガクンと膝が折れ、その場にへたり込んでしまった。
「ポチ!?」
テオが駆け寄る。
外傷はない。だが、ポチの全身からは、先ほどまでの漲るような覇気が完全に消え失せ、ハァハァと荒い息をついている。
「はぁ、はぁ……力が、抜けるのだ……。急にお腹、減ったのだ……」
まるで、フルマラソンを全力疾走した直後のように、体力が根こそぎ奪われているようだ。
「警告」
ルナの無機質な声が響く。
「対象の体表に『生体エネルギー吸収フィールド』が展開されています。接触した対象から生命力(HP)を強制ドレインし、自己修復のエネルギーに変換しているようです」
「なんだと……!?」
晶が顔をしかめる。
攻撃を当てれば再生され、触れられれば命を吸われる。
つまり、こちらが抗えば抗うほど、スキュラに餌を与えて回復させるという、最悪の循環だ。
「なんて燃費のいい怪物だ! こちらの命をガソリンにして走る永久機関か!」
スキュラはポチから吸い取ったエネルギーで更に活性化したのか、その体躯を一回り大きく膨張させた。
そして、その虚ろな瞳が、逃げ回る晶の白衣の懐――そこに隠された虹色のアンプルを捉えた。
「……か……え……せ……」
怨嗟の声と共に、全ての触手が晶一人に狙いを定める。
「わ……た……しの……」
「嫌だね! お断りだ!」
晶はアンプルを胸に抱きかかえ、瓦礫の山を飛び越えて逃走する。
「これは私の未来だ! 私の夢だ! お前みたいな化け物に、私の『Fカップ』を渡してたまるか!」
晶は必死に走るが、所詮は貧弱な一般人の足だ。
背後から迫る無数の触手が、晶の逃げ道を塞ぐように殺到する。
「社長! 危ないッ!」
ドガッ!!
晶の背中に迫った触手の一撃を、横から飛び込んだボルスが大剣の腹で受け止めた。
だが、その衝撃は凄まじく、ボルスの巨体がボールのように弾き飛ばされる。
「ぐっ……おぉぉッ!」
「ボルス!」
「へへっ、気にしないでくだせぇ! 給料分はキッチリ働かせてもらいます!」
ボルスは口端から血を流しながらも、ニヤリと笑ってすぐに立ち上がる。
今度は反対側から、鋭利な槍のように変形した触手が晶を狙う。
「させません! 『風の盾』!」
テオが晶の前に滑り込み、魔法障壁を展開する。
ガギィン! と嫌な音がして障壁が砕け散り、テオもまた衝撃波で吹き飛ばされて壁に叩きつけられた。
「がはっ……!」
「テオ!」
「社長、逃げて……早く……!」
ボルスもテオも、触手に触れたことでHPを吸われ、立っているのがやっとの状態だ。
それでも二人は、晶を背に庇うようにして、震える足でスキュラの前に立ちはだかる。
「こっちだ化け物! 俺たちが相手だ!」
「社長には……指一本、触れさせません!」
だが、スキュラは彼らを虫ケラのように無視し、執拗に晶だけを狙ってくる。
アンプルという「核」を奪われた女王は、それを取り戻すこと以外に興味がないようだ。
ドゴォォォン!!
逃げ込んだ先の退路が、触手の一撃で粉砕され、塞がれる。
晶は壁際に追い詰められた。
「くっ……!」
目の前には、ゆらりと鎌首をもたげたスキュラ・クイーン。
その背後でうごめく無数の触手が、処刑台の刃のように晶を取り囲む。
驚異的な再生能力により、事実上の物理・魔法無効。
接触すればHPドレイン。
そして頼みのボルスたちも満身創痍。
まさに詰みだ。
絶体絶命。
だが、晶の瞳は恐怖ではなく、冷静な観察眼で敵を見据えていた。
(再生速度が速すぎる……)
晶の脳内で、思考が高速回転する。
(傷を治すだけなら、あそこまでの代謝は必要ない。今のこいつは、体内のナノマシンが制御を失い、『過剰暴走』を起こしている状態だ。……なら!)
晶は懐から、命よりも大事なアンプルを取り出した。
その虹色の輝きを、愛おしそうに、そして悔しそうに見つめる。
「……計算通りにいけば、勝てる。だが、その代償は……」
晶はギリッと奥歯を噛み締めた。
このアンプルの中身は有限だ。
一滴でも失えば、それだけ理想のボディ(Fカップ)完成への確率が下がるかもしれない。
だが、死んでしまえば元も子もない。
何より、自分のために体を張ってくれた馬鹿な部下たちを見殺しにはできない。
「……いいだろう。くれてやる」
晶は決意の表情で、アンプルの蓋に手をかけた。
「ボルス! テオ! 死ぬ気であと1分稼げ! こいつに特大の『毒』を盛ってやる!」




