第134話:解かれた封印
マーマン型アンドロイド、通称『ギル』たちが自壊した残骸を乗り越え、一行は通路の突き当たりにある巨大な扉の前へと辿り着いた。
晶が奪い取ったセキュリティキーをかざすと、重厚な金属音が響き、扉がゆっくりと左右にスライドした。
「……開いたぞ」
隙間から溢れ出してきたのは、今までとは桁違いの冷気と、そして神々しいまでの光だった。
ボルスがゴクリと喉を鳴らす。
「こ、ここが最深部……」
「行くぞ。感動の対面だ」
晶が先頭を切って中へと足を踏み入れる。
そこに広がっていた光景に、全員が息を呑んだ。
そこは、巨大なドーム状の空間だった。
壁面には無数のモニターとコンソールが並び、数千年の時を経てもなお、幾何学模様の光を明滅させている。
そして部屋の中央には、天井まで届くほどの巨大な円柱状の水槽が鎮座していた。
水槽の中は、淡いブルーの液体で満たされている。
その中心に、何かが浮かんでいた。
「な、なんだあれ……人間か?」
ボルスが指差す。
浮かんでいるのは、長い髪をした少女のように見えた。
だが、下半身が存在しない。腰から下は、無数のチューブとケーブルに直結され、水槽の底へと繋がっている。
閉じた瞳は穏やかだが、肌は陶器のように白く、生きているのか死んでいるのかすら判別できない。
「綺麗なお姉さんなのだ……」
「寝ているんでしょうか……?」
ポチとテオが怯えながら見上げる中、晶は脇目も振らずにメインコンソールへと駆け寄った。
「素晴らしい……! まだ生きている! システムが完全に稼働しているぞ!」
晶はキーボードを叩き、高速で流れる古代文字のログを目で追った。
「……なるほど。読めたぞ、この施設の真の目的が」
「目的?」
「そうだ。ここは動物実験だけじゃない。……人類そのものを『深海適応生物』へと進化させるための、人体実験場だったんだよ」
「じ、人体実験……!?」
テオが青ざめる。
かつて地上で暮らせなくなった古代人たちは、生き残る道を暗黒の深海に求めた。
エラ呼吸、耐圧皮膚、暗視能力。
人の形を捨ててでも種を存続させようとした、悲痛な決意と狂気がここには眠っていた。
「なんてことだ……。あの中にいるのも、その実験台ってことか?」
ボルスが水槽の少女を憐れむように見る。
だが、晶の反応は真逆だった。
「感傷に浸っている場合か! これは宝の山だぞ!」
「はぁ!?」
「考えろ! 『遺伝子をリアルタイムで書き換え、肉体を環境に適応させる技術』だぞ? これを使えば、エラや鱗を生やすだけでなく、もっと有意義なことができる!」
晶は自身の控えめな胸をドンと叩いた。
「例えば! 腹や太ももの無駄な脂肪細胞を、胸部へと移動させて固定するとか!」
「発想が俗物すぎる!!」
「うるさい! 私にとっては人類の存亡より、Fカップのほうが重要なんだよ!」
晶は鼻息を荒くして、水槽の基部にあるパネルを操作した。
「ここだ……。この技術の中核を成す物質。自己増殖型・生体ナノマシン、変身細胞『プリズム・セル』!」
ガシュッ。
操作パネルの一部が開き、円筒形のカプセルがせり上がってきた。
その中には、虹色に輝く液体が入ったアンプルが収められている。
「これだ……。ついに見つけたぞ……」
晶の手が震えた。
このアンプル一本あれば、自分のDNAを書き換え、理想のプロポーションを手に入れることができる。
長年のコンプレックスからの解放。
科学者としての探究心と、乙女としての切実な願望が、理性を完全に凌駕した。
「マスター、警告します」
ルナが冷静な声で告げた。
「そのアンプルは、中央の水槽の動力源、および『封印維持キー』を兼ねているようです。引き抜けば、システムが停止します」
「構わん。用があるのは中身だけだ」
晶は迷わずアンプルを掴み、引き抜いた。
「いただいたッ!!」
プシュゥゥゥ……!
圧縮空気が抜ける音と共に、虹色のアンプルが晶の手の中に収まった。
「ふはははは! 見たかボルス! これがFカップへの切符だ!」
晶が高らかに勝利宣言をした、その時だった。
ブォォォォォォン……!
施設全体に、腹の底に響くような不気味な警報音が鳴り響いた。
照明が赤色に切り替わり、ドーム内が血のような色に染まる。
「な、なんだ!? 何が起きた!?」
「ま、マスター! 水槽が!」
テオの悲鳴に、全員が振り返る。
巨大な水槽の中、淡いブルーだった液体が、急速に赤黒く濁り始めていた。
ボコッ、ボコッ、ボコボコボコ……!
大量の気泡が湧き上がり、水槽の少女を包み込む。
そして。
カッ!
少女の閉じていた瞳が、見開かれた。
そこには白目も黒目もなく、ただ深淵のような闇だけが広がっていた。
「……あ、あ……」
ボルスが腰を抜かして後ずさる。
少女の腰から下のチューブが千切れ飛び、その下半身が露わになった。
それは人間の足ではなかった。
巨大なタコともイカともつかぬ、無数の触手の塊だった。
美しくも悍ましい、異形の女王。
かつて『実験体ゼロ号』と呼ばれ、この施設の管理者として封印されていた怪物――『スキュラ・クイーン』だ。
パッリーン!!
水槽の強化ガラスが内側から砕け散った。
濁流のような培養液と共に、怪物が床へと溢れ出す。
「ギシャアアアアアアアアアッ!!」
スキュラが絶叫した。
それはただの声ではない。鼓膜を引き裂くような超音波の衝撃波だ。
「うぐぁっ!?」
「耳が、耳がぁぁ!」
ボルスとテオが耳を押さえて蹲る。
スキュラは濡れた髪を振り乱し、憎悪に満ちた虚ろな瞳で晶を見下ろした。
その視線は、晶が握りしめているアンプル――自分を縛り付けていた鍵であり、力の源でもあるナノマシンへと注がれている。
「か……え……せ……」
掠れた声が響く。
「わ……た……しの……」
圧倒的な殺気とプレッシャー。
神話の怪物が目の前に顕現した絶望的な状況に、しかし、晶だけは不敵に笑っていた。
「やれやれ。どうやら、タダでは帰してくれないらしい」
晶はアンプルを白衣の懐深くにしまい込むと、乱れた前髪を指で弾いた。
「立て、ボルス。この支払い、高くつきそうだ!」




