第133話:竜宮城の悪夢
プシューッ……。
エアロックが開放され、乾燥した空気が流れ込んできた。
カビと錆、そして薬品の混じったような、鼻を突く古びた臭いがする。
「うぇ、なんか臭ぇな。これが『古代の楽園』の空気か?」
「文句を言うなボルス。酸素濃度21%、有毒ガスなし。深海1万メートルで呼吸ができるだけで奇跡だと思え」
晶は白衣のポケットに手を突っ込み、我が物顔で通路を歩き出した。
靴音が、冷たい金属の床にカツカツと響く。
通路の壁面には、血管のように張り巡らされたパイプと、淡い青色に発光するラインが奥へと続いている。数千年の時を経てもなお、この施設の心臓部は生きているのだ。
「おっ! 社長、あれ見てください! 宝箱ですよ!」
ボルスが指差した先、通路の脇に金属製のコンテナが積まれていた。
長年の冒険者としての勘が、そこに財宝の匂いを嗅ぎつけたらしい。
「ひょーっ! 古代の金貨か? それとも宝石か? いただきだぜ!」
ボルスは大剣の背で錆びついた鍵を叩き壊し、蓋をこじ開けた。
「……あ?」
中から出てきたのは、金色のコインでも、煌めく宝石でもなかった。
埃を被った、薄汚い金属の板や、細い銅線が巻き付いた石のような塊がぎっしりと詰まっていた。
「なんだよこれ! ゴミじゃねぇか! 鉄くずと石板ばっかりだ!」
ボルスが失望して、中身を床にぶちまける。
カシャン、と乾いた音がした。
「馬鹿者! なにを捨てている!」
晶が血相を変えて飛びつき、床に落ちた「ゴミ」を拾い上げた。
「こ、これは……『第五世代・結晶メモリ』に、『光量子演算プロセッサ』の基板だと!?」
「はぁ? なんですか、その石ころ」
「石ころだと!? この手のひらサイズの板一枚に、地上の国家予算が3回吹っ飛ぶほどの価値があるんだぞ! 今の魔法文明じゃ逆立ちしても作れない、オーパーツ中のオーパーツだ!」
晶は頬ずりせんばかりの勢いで基板を白衣にねじ込んだ。
「持って帰るぞ! 全部だ! ポケットに入りきらないなら口に含んででも持って帰れ!」
「うえぇ……金貨のほうがいいなぁ……」
価値観の決定的なズレを感じつつ、一行は先へと進んだ。
◇
さらに奥へ進むと、通路の両側がガラス張りになった。
まるで水族館のトンネルだ。だが、そこに展示されているのは、愛らしい魚たちではなかった。
「うぷっ……な、なんですかこれ……」
テオが口元を押さえて呻いた。
緑色の濁った液体で満たされた巨大な水槽の中には、おぞましい姿をした生物たちが漂っていた。
人間の腕が生えた巨大ウツボ。
目が四つあり、背中から触手を生やしたサメ。
半透明のゼリー状の肉体に、無数の魚の頭が埋め込まれた何か。
それらは皆、ホルマリン漬けの標本のようにピクリとも動かないが、その造形は生理的嫌悪感を催すものばかりだった。
「気持ち悪いの……。美味しくなさそうなのだ……」
「ポチ、あれは食い物じゃない。失敗作の廃棄場だ」
晶はガラスにへばりつき、ウットリとした目で異形たちを眺めた。
「素晴らしい……。種の壁を越えて遺伝子を接ぎ木した、キメラ技術の成れの果てか。倫理観をドブに捨てた科学者の狂気を感じるな」
「社長の目が一番狂気じみてますよ……」
テオがドン引きしていると、不意にルナが警告を発した。
「警告。前方より急速接近する熱源あり。……生体反応はありません」
「なんだと?」
晶が顔を上げた瞬間。
通路の奥の暗闇から、重い足音が響いてきた。
ガシャン、ガシャン、ガシャン。
現れたのは、身長2メートルを超える金属の巨人だった。
人型をしているが、頭部は魚のように流線型で、背中には鋭いヒレのようなパーツがついている。手には三又の槍、トライデントが握られ、その切っ先が青白く発光していた。
「なんだありゃ!? 半魚人のゴーレムか!?」
「あれはマーマン型アンドロイド、通称『ギル』だ。この施設の警備用自律ロボットだ!」
晶が叫ぶと同時に、先頭のギルが加速した。
床を滑るような動きで肉薄し、槍を突き出してくる。
「させねぇよ!」
ボルスが前に出て、大剣で槍を受け止める。
ガギィィィン!!
激しい火花が散った。
「ぐっ、重ぇ! それに硬ぇぞこいつ! オリハルコンでコーティングしてやがる!」
「僕が援護します! 『雷撃』!」
テオが魔法を放つが、ギルの表面で紫色の光が弾けた。
「効きません! 対魔力障壁です!」
「チッ、物理も魔法もダメかよ! 厄介な警備員だぜ!」
ギルたちは3体に増え、包囲網を狭めてくる。
そのうちの1体が口を開くと、そこから高圧の水流カッターが放たれた。
シュバッ!
「うわっ!?」
テオが悲鳴を上げてしゃがみ込む。
頭上を通過した水流が、テオの髪の毛を数センチほど削ぎ落とし、背後の分厚い鉄壁をバターのように切り裂いた。
「ひいぃぃ! ハゲるぅぅ! あと数センチ下だったら脳みそ出てましたよ!」
「まともにやり合うな! そいつらは深海作業用だ、この環境じゃ分が悪い!」
晶は周囲を見回し、通路脇にある頑丈な扉――『除染室』を見つけた。
「ボルス! テオ! 奴らを引き連れて、あの部屋へ飛び込め!」
「へ!? 袋の鼠じゃないですか!」
「いいから走れ! 部屋を突っ切って、反対側のドアから出るんだ!」
晶の指示に従い、一行は全速力で除染室へと駆け込んだ。
重い足音を響かせ、ギルたちも後を追って部屋に入ってくる。
「急げ急げ急げぇぇ!」
ボルスたちは部屋を全速力で駆け抜け、反対側の出口へと滑り込んだ。
そして、晶がすかさずコンソールを叩き、隔壁を閉鎖する。
ズガンッ!!
分厚い鉛の扉が閉まり、ギルたちは除染室の中に閉じ込められた。
ドンドンドンドン!
中から激しく扉を叩く音が響く。
「はぁ、はぁ……閉じ込めたけどよぉ、あいつら扉をぶち破って出てくるぞ!」
「数分もあれば破られるな。……だが、数秒あれば十分だ」
晶はニヤリと笑い、扉の横にある制御パネルにケーブルを接続した。
「いいか、あいつらは深海10,000メートルの水圧に耐えるため、体内を超高圧の液体で満たしている。いわば『歩く高圧ボンベ』だ」
「ボンベ……?」
「今、奴らがこの1気圧の空間で破裂しないのは、強力な装甲と、それを補強する『構造維持フィールド』が働いているからだ」
「はぁ、なるほど?」
「じゃあ、その補強を切ってやったらどうなると思う?」
晶がエンターキーを拳で叩き込んだ。
「ハッキング完了! 第3除染室、構造維持フィールドおよびリミッター、強制解除ッ!!」
その瞬間。
扉の向こうで、凄まじい音が響いた。
バァァァァン!!
グシャァァァァ……!!
爆発音と、金属がひしゃげる不快な音。
そして、何かが壁にビチャビチャと叩きつけられる音が続く。
「……なんか、中身が飛び散った音がするのだ」
ポチが耳をパタパタさせながら呟いた直後、扉を叩く音はピタリと止んだ。
「な、何が起きたんだ……?」
「内圧の自壊だ。抑えを失った1,000気圧の内圧が、1気圧の部屋の中で一気に膨張したんだよ。深海魚が釣り上げられて内臓破裂するのと同じだ」
晶は涼しい顔でロックを解除し、扉を少しだけ開けた。
隙間から覗くと、部屋の中は無惨な有様だった。
ギルたちは内側から弾け飛び、バラバラの鉄屑となって床に散らばっていた。周囲にはオイルと冷却水がぶちまけられ、異臭を放っている。
「うわぁ……粉々だ」
「触れもせずに全滅させちまった……」
ボルスとテオが呆然とする中、晶は黒煙を上げる残骸へと近づき、チップを一枚引き抜いた。
「よし、セキュリティキーを入手した。これで最深部へのロックが外れる」
「まだ奥に行くんですか……?」
「当然だ。ここまではただの前座。本命の宝は、この奥の『メイン・コア』にある」
晶はチップをかざし、奥へと続く扉を開けた。
「急ぐぞ。Fカップへの道が、首を長くして待っているんだからな」
欲望に目を輝かせ、早足で進んでいく晶。
その背中を追いながら、ボルスたちは一抹の不安を覚えていた。
この先に待つものが、本当にただの「お宝」で済むのだろうか、と。




