第127話:深き闇の処刑人
対する深海の主『ギガント・アングラー』もまた、殺る気満々だった。
怪物は不気味に発光する提灯を揺らすと、剣山のような牙がびっしりと並ぶ巨大な顎を、限界まで大きく開いた。
互いが互いを「餌」だと認識した、一触即発の瞬間。
「ヒィィッ!! く、来るぅぅぅ!!」
「終わりだ! このままバリボリ咀嚼されるんだぁぁ!」
ボルスとテオが抱き合って絶叫する。
逃げ場はない。ここは水深2000メートルの密室だ。
ズズズンッ……!
アンコウが巨体を揺らし、突進を開始した。
狙いは正確に、光り輝くこの鉄球だ。
ガギィィィンッ!!
凄まじい衝撃音と共に、船体が激しく揺さぶられた。
アンコウの牙が、強化サファイアガラスの窓に食い込んだのだ。
「ぎゃあぁぁ! わ、割れるぅぅぅ!!」
「ひび! ひびが入ってますよ社長ぉぉぉ!!」
「お主らはアホか? 火炎竜の妾を撃破した主が、何の準備も勝算もなしに、おとなしくやられるわけがなかろう」
タマは七味入り梅昆布茶をすすりながら、正座でガラスの向こう側を眺めていた。
これから食材にされるであろう「巨大なアンコウもどき」に哀れみの視線を送りながら。
「聞いたか? 幼女に度胸で負けてどうするんだ、お前たちは」
晶は呆れたように肩を竦め、3杯目のコーヒーを飲み干した。
「そうだ、こんなもの問題ない。サファイアガラスの硬度を舐めるなよ。表面に傷がついただけだ」
目の前で巨大な怪物がガラスをガリガリと齧っているというのに、その心拍数は平常運転だ。
「だが、向こうから接触してくれたのは好都合だ。……ルナ、戦闘モード移行」
「ラジャ。火器管制システム、オンライン。マジックハンド、展開します」
ウィィィン……!
船体の左右から、ごつい金属製の作業用アームが展開された。
晶は操縦桿を握り、アームを操作する。
「まずは動きを止める。――掴め!」
ガシィッ!
右のアームが、窓に食い込んでいたアンコウの上顎を鷲掴みにした。
「ギョエェェッ!?」
アンコウが驚いて身をよじろうとするが、超強力な握力を持つアームはびくともしない。
「よし、そのまま動くなよ。……喰らえ、『超高電圧スタンガン』!!」
ルナが晶の指示に従い、最大電圧を放出する。
バリバリバリバリバリッ!!!
アームの先端から、青白い電撃がほとばしった。
海水は電気を通しやすい。高電圧の電流が、アンコウの巨体全体を一瞬で駆け巡る。
「ギョ、ギョエ、ギョガガガガガッ……!!」
アンコウが痙攣し、白目を剥いた。
強力な電気ショックにより、全身が麻痺したのだ。
「ふん、図体はデカいが神経系は単純だな。……さて、トドメだ。タロウ、出番だぞ!」
晶がマイクに向かって叫ぶと、船外で待機していたスライムが、ぐにゃりと形を変えた。
『はーい、任せてください!』
タロウは細長い触手状に変形すると、麻痺して動けないアンコウの、パクパクと開閉している巨大な「エラ蓋」の隙間へと滑り込んだ。
「なっ……!? タロウさん、何をする気ですか!?」
「見ていろテオ。最も効率的な無力化だ」
次の瞬間。
アンコウの巨体が、ビクンッ!と大きく跳ねた。
「ギョ……ッ!? ゴボッ……ガハッ……!」
アンコウが苦しそうにもがき始める。だが、体は麻痺して動かない上、タロウがエラを内側から完全に塞いでいるため呼吸もできない。
酸素供給を絶たれたアンコウは、数分と経たずに白目を剥き、ぐったりと力尽きた。
いわゆる「失神」状態だ。
「よし、落ちたな。……タロウ、戻れ!」
晶の合図と共に、アンコウのエラからスライムが飛び出し、わだつみ号の表面へと帰還する。
スタンガンの麻痺で動きを止め、物理的に塞ぐことでエラ呼吸を止めて意識を刈った。
あとは……生き締めだ。
「さぁ、ここからは時間との勝負だ。暴れてATPを消費される前に、処理を済ませるぞ」
晶はアームを操作し、動かなくなったアンコウの巨体をガッチリと掴み上げた。
「ちょ、社長!? まさか、それを……」
「当然だろ? 最高の食材を前にして、指をくわえているわけがなかろう!」
晶は左のアームの先端を、「振動ナイフ」モードに切り替えた。
「まずは放血だ。エラ膜と尾の付け根の血管を切断する」
ブォン……ザシュゥゥゥッ!
超高速振動するナイフが、アンコウの急所を正確に切り裂いた。
窓の外が、一瞬にしてどす黒い赤色――鮮血で染まった。
「ひぎゃあぁぁぁ!」
「うっぷ……」
テオとボルスが顔を背けるが、晶の手は止まらない。
血抜きが終わると同時に、アームの指先から極細の金属ワイヤーを射出した。
「そして、ここからが重要だ。……形状記憶合金ワイヤー、インサート」
シュルルッ!
晶はワイヤーを、アンコウもどきの眉間にある神経孔へと正確に突き刺し、尾の方へと一気に送り込んだ。
「脊髄を破壊し、筋肉への死後硬直指令を遮断する! これぞ『究極の神経締め』だ!」
ビクンッ!!
アンコウの巨体が一度だけ大きく跳ね、次の瞬間――。
スーッ……。
その体色が、鮮やかな白色へと変化し、完全に脱力した。
「よし、成功だ。これで身の透明感と弾力は保たれる」
「しゃ、社長……。やってることが『猟奇的な処刑人』ですよ……」
ドン引きする男たちを尻目に、晶は手際よく解体作業へ移行した。
皮、身、そして本命である「肝」を回収し、船内のエアロックへと放り込む。
「よーし! 宴の準備だ! ルナ、電熱コイルとビーカーを用意しろ!」




