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第126話:崇拝と襲撃

「……ん?」


 船内。


 ご機嫌でリズムを取っていた晶が、モニターの一点を凝視した。


「どうしました、社長? また何か変なこと思いついたんですか?」


「いや……魚影が濃くなってきたな、と思ってな」


 晶が指差すソナー画面には、無数の反応が映し出されていた。


 そして、窓の外。


 ネオンの光が届く範囲に、ギョロリとした目を持つ奇妙な半魚人たちが、びっしりと集まってきていた。


「ヒィィッ!! なんですかアレぇぇ!!」


 テオが悲鳴を上げる。


 半魚人たちは、ガラス越しに中の人間を見ても襲ってくる様子はない。


 むしろ、窓ガラスにへばりつき、ウットリとした表情で、中の晶たちを見つめている。


「……なんか、拝んでねぇか? あいつら」


 ボルスが嫌そうな顔で呟いた。


 確かに、半魚人たちは両手を合わせ、わだつみ号の周囲をぐるぐると回りながら、奇妙な踊りを踊っているように見える。


「まさか。これは『走光性そうこうせい』だ」

 晶はバッサリと切り捨てた。


「虫が街灯に集まるのと同じだ。我々の放つ光と音に、神経系を刺激されているに過ぎん。……ふむ、やはり深海生物にも『エレクトリカル・パレード』の良さが分かるらしいな」


「いや、絶対違うと思いますけど……」


 ルナが補足情報を入れる。


「マスター。彼らの発声音を解析しました。パターン照合……『崇拝』『畏怖』『神』といった単語が頻出しています。どうやら、この船を『神』として認識している可能性が高いです」


「神だと?」


 晶は鼻で笑った。


「馬鹿な。これはただのステンレスと強化ガラスの塊だぞ? ……まあいい。敵対行動を取らないなら無視だ。邪魔だから蹴散らして進むぞ」


「神様が、信者をひき逃げするんですか!?」


「どけー! 神のお通りだー!」


 晶は操縦桿を握り、スロットルを押し込んだ。


 ズズズンッ……!


 わだつみ号が速度を上げ、さらに深くへと潜行を開始する。


 半魚人たちは、遠ざかる光を追いかけて、必死に泳ぎ始めた。


 まるで、神輿を担ぐ祭りの男衆のように。


 数百匹の半魚人が、極彩色の光を放つ鉄球の後ろを、整列して追いかけていく。


 それは、地獄の底で行われる、世にも奇妙なパレードだった。


「見ろボルス、テオ。彼らも我々を歓迎してくれている」


「歓迎っていうか、宗教的な熱狂を感じるんですけど……」


「まあ、襲われるよりはマシか……」


 一行がそんな呑気な会話を交わしていた、その時である。


 ジジッ……。


 突如、船内に流れていた陽気なパレードの曲にノイズが混じった。


 次の瞬間。


『――警告、大型生体反応、急速接近』


 ルナの声から感情が消えた。


 BGMが強制停止され、代わりに冷ややかな警告音が、狭い船内に反響する。


 ビーッ! ビーッ! ビーッ!


「なんだ? また信者が増えたのか?」


「いえ……サイズが違います。桁違いです」


 ルナがモニターに表示した赤い点は、半魚人たちの比ではなかった。


 画面の半分を埋め尽くすような、巨大な影。


『全長推定15メートル。……捕食者クラスです』


「じゅう……ご……!?」


 ボルスの顔から血の気が引く。


 直径3メートルのこの船など、ひとたまりもない。


 その言葉と同時に、窓の外で異変が起きた。


 あれほど熱狂的に追いかけてきていた半魚人たちが、ピタリと動きを止めたのだ。


 彼らのギョロリとした目が、一斉に「闇の奥」へと向けられる。


 そして……。


 パッ。


 彼らは蜘蛛の子を散らすように、一斉に逃げ出した。


 神への信仰心よりも、もっと根源的な、「食物連鎖の絶対的敗者」としての恐怖が、彼らを支配したかのように。


「お、おい……あいつらが逃げていくぞ……」


「……来るぞ。衝撃に備えろ」


 晶の声が低くなる。


 パーティーの時間は終わりだ。


 ズズズズズ……。


 海の水そのものが震えているような、重苦しい振動が船体に伝わってくる。


「ひっ……! な、何か光ってます……!」


 テオが指差した先。


 漆黒の闇の向こうから、ゆらり、ゆらり、と。


 わだつみ号のネオンとは異なる、不気味な青白い光(・・・・)が現れた。


 それは、死者を誘う鬼火のように揺らめきながら、ゆっくりと近づいてくる。


 そして、その光が至近距離に達した瞬間、闇が裂けた。


 光の正体は、巨大な「提灯」だった。


 その下から浮かび上がったのは、岩盤のようにゴツゴツとした皮膚。


 深海の闇を凝縮したような巨大な口腔。


 そして、檻のように並ぶ、不揃いで鋭利な剣山の牙。


 ギョロリ。


 濁った白目の眼球が、わだつみ号の中の「餌」を捉えた。


「……出たな」


 ボルスとテオが絶望に顔を引きつらせ、腰を抜かす中。


 晶だけが、獲物を見つけた猛獣のような目で、その怪物を睨みつけた。


 彼女は舌なめずりをして、獰猛に笑う。


「待ちかねたぞ。……メインディッシュのお出ましだ」


(あきらがニヤついてるのだ。これはきっと「ごちそう」なのだ!)


 舌なめずりをして怪しく笑う晶を見て、ポチはご馳走にありつけることを予感した。

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