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第123話:海の家の約束。

 一行はポルトゥスに到着した。


 太陽は西に傾きかけていた。


 時間も時間なため、海の家も人はまばらだ。


 「さて、ひとまずメシにするか」


 磯の香りと、鉄板でソースが焦げる香ばしい匂いが混じり合い、一行の空腹の胃袋を強烈に刺激する。


 晶が指差した手書きのメニュー表には、新鮮な魚介を使った料理から、港町ならではのジャンクなB級グルメまでがずらりと並んでいた。


 ボルスとテオは海鮮塩焼きそばを


 ポチとタロウはマヨネーズイカせんべいを


 そして……。


 晶とルナは「ホイップたい焼き」をそれぞれ注文した。


 しばらくたって。


「へい、おまちどう!」


 一行の座るテーブルに所狭しとメニューが並んだ。


 熱々の鉄板の上でジュウジュウと音を立てる焼きそばは、大ぶりのエビとイカがゴロゴロと入り、湯気と共に食欲をそそる塩ダレの香りを漂わせている。


 ポチたちの顔よりも巨大なえびせんは、たっぷりのソースとマヨネーズで黄金色に輝き、ジャンクな誘惑を放っていた。


 そして、晶とルナの視線を釘付けにしたのは、狐色に焼き上がった鯛の群れ――その口元から、白雪のようなホイップ&カスタードクリームが溢れ出さんばかりに詰まった『ホイップたい焼き』だ。


「これがホイップたい焼き……」


ルナが瞳を輝かせた。


「さぁ食え、ルナ。うまいぞ!」


晶が勧める。


「それでは、いただきます」


 ルナが口を大きく開けて、アンコたっぷりの腹にかぶりつく。


(こ、これはっ!)


『サクッ』という軽快な音と共に、焼きたての香ばしい皮が弾ける。


 その瞬間、ルナの舌の上で「甘味の革命」が起きた。


 まず押し寄せるのは、灼熱の粒あんの重厚な甘さ。


 そして直後に訪れる、ひんやりとしたホイップの軽やかなミルク感。


 本来なら喧嘩して溶けてしまうはずの二つを繋いでいるのが――その中間に潜む、とろりと温かい『黄金のカスタードクリーム』だ。


 卵のコクが凝縮されたカスタードが、熱いあんこと冷たいホイップの間の「断熱材」となり、同時に双方の味をまろやかに結びつける「接着剤」となっている。 


 熱い、冷たい、そして温かい。


 三段階の温度変化と、和洋折衷の甘味の波状攻撃が、ルナの思考回路を幸福感でショートさせた。


「……ルナ、今回のミッションが成功したら、このたい焼きを1日中食べ放題にしてやる。だから、絶対成功させるぞ!」


「はい、マスター!」


 ルナを囲む空気が、ピンク色の花びらでいっぱいになった。



 そして、夜。


 昼間は観光客や漁師で賑わう『海の家』も、今は静寂に包まれている。


 閉店後の店内。テーブルを片付け、ホワイトボードを持ち込んだ晶は、緊急の作戦会議を開いていた。


「いいか、今回の目的地は水深10,000メートルの海溝だ」


 晶が地図上の黒い一点を指し棒で叩くと、円卓を囲むメンバーたちが怪訝な顔を見合わせた。


「1万メートル? ……遠いな。馬車で何日かかるんだ?」


 ボルスがピンときていない顔で首を傾げる。


 無理もない。この世界の住人にとって、深さとはせいぜい井戸の底か、鉱山の縦穴くらいのものだ。


「1万メートル」という数字が持つ、絶望的な意味を理解できていない。


「遠いんじゃない、重いんだ」


 晶は低く告げた。


「水深1万メートルの水圧は、約1000気圧。……わかりやすく言えば、親指の爪の上に『軽自動車』が乗っかっている状態だと思え」


「け、けいじどうしゃ……? なんですかそれは? 新しい魔物ですか?」


 テオがおずおずと尋ねる。


 全員の頭の上に「?」マークが浮かんでいた。


 晶は小さく舌打ちをした。つい前世の感覚で喋ってしまったのだ。


「あー……すまん。こっちの話だ」


 彼女はホワイトボードの絵を消して描き直した。


 もっと、こいつらにとって身近で、かつ絶望的な質量を持つものに。


「言い直そう。……親指の先っぽに、『完全武装したワイバーン』が片足立ちで乗っかっている状態だ」


全員の頭の上に「!!」マークが浮かんでいた。


「「「ヒィッ!?」」」


 全員の顔色がサッと青ざめた。


 ボルスなどは反射的に自分の親指を押さえ、脂汗を流している。


 数トンの体重を持つ飛竜。その鋭利な爪が、親指一点に全体重をかけて食い込む激痛と、骨が砕ける音を想像したのだろう。


「そ、そんな場所に行ったら……つ、潰れます! ミスリルの鎧を着てもペシャンコですよ!」


「ああ。生身で出れば一瞬で肉塊だ。だから、専用の船を作る」


 晶はホワイトボードに、新たな図面をサラサラと描いた。


 それは、流線型のかっこいい船でも、魚の形をした潜水艦でもない。


 ただの、「真ん丸な玉」だった。


「圧力に一番強い形は『スフィア』だ。角があるとそこに応力が集中して圧壊する。……素材は、アレを使う」


 晶はガンドの方を見た。


「なるほど……! 『ステンレス』ですね!」


 ガンドが膝を打つ。


 以前、鍋を作るために開発させた、鉄とクロムとニッケルの合金。錆びにくく、極めて強靭な「金属」だ。


「そうだ。錆びず、硬い。これを『継ぎ目なし』で作る」


「はあぁっ!?」


 ガンドが素っ頓狂な声を上げた。


「無茶言わんでください! 直径3メートルの鉄球を継ぎ目なしで!? 鋳型からどうやって抜くんですか! 常識的に考えて――」


「お前ならできる」


 晶はガンドの目を真っ直ぐに見据えた。


「お前はドワーフの王子だろう? 王族に伝わる『形状記憶魔術』と、その腕があれば、後から接合面を分子レベルで融合できるはずだ」


「……っ!」


「できないか? なら、私が適当に魔法でくっつけるが……」


「そんなデリケートな作業、人間に任せられますかっ!」


 ガンドがテーブルを叩いて立ち上がった。その目は、完全に職人のそれになっていた。


「くぅぅ! 技術者の魂を揺さぶりやがって! やってやりますよ! 最高に硬い玉を作ればいいんでしょう!」



 翌日。港のドック。


 ガンドと鍛冶師たちが、炉の前で炎と格闘している横で、晶は別の準備を進めていた。


「だが、金属だけじゃ不安だ。1000気圧は甘くない。……そこでこれを使う」


 晶が用意させたドラム缶の蓋を開ける。


 中には、青白く半透明な、ドロドロとした液体が満たされていた。


「うげぇ、スライムかよ。なんでそんなもんを?」


 ボルスが露骨に嫌な顔をする。


 かつて彼らを苦しめた、物理攻撃無効の厄介な魔物。その残骸だ。


「……解説します」


 晶の横で、ルナが淡々とした口調で補足する。


「スライムの体液は『非圧縮性流体』であり、受けた衝撃と圧力を全方向に均等に分散させる性質があります。これを緩衝材として利用するのです」


「その通り。こいつをステンレスの外殻と内殻の間に充填し、サンドイッチ構造にする。名付けて『スライム・ダンパー装甲』だ」


 かつて敵だったスライムの特性を、今度は自分たちを守る盾とする。


 毒を以て毒を制す、ではないが、使える特性は骨までしゃぶり尽くすのが晶の流儀だ。


「かつて私たちを苦しめたスライムが、今度は私たちを守る鎧になる……。皮肉なものですね」


「使えるものは何でも使う。それが私のやり方だ」


 晶はゴム手袋をはめ、ゲルを掬い上げた。


 ヌルリとした感触。これが深海1万メートルの圧力から、彼らの命を守る最後の砦となる。



 そして数日後。


 不眠不休の突貫工事の末、ついに「それ」は完成した。


「ぐぬぬぬぬ……! お、重いです……! 腰が、腰がぁぁ……!」


 早朝のドックに、悲痛な叫び声が響き渡る。


 声の主はテオだ。


 彼は晶から渡された、魔力増幅回路マシマシの「謎の魔導杖」を両手で握りしめ、顔を真っ赤にして全身から魔力を絞り出していた。


 杖の先端から放たれるのは、強化された重力魔法『レビテーション』。


 その魔法が見えないアームとなって持ち上げているのは、数トンはあるであろう巨大な銀色の球体だ。


「よし、安定しているな。この杖なら、お前の魔力でもドラゴン並みの出力が出せるぞ」


「魔力の消費量が尋常じゃないんですが!? これ、私の寿命が縮んでませんか!?」


「気にするな。誤差だ」


「誤差じゃないですよぉぉぉ!」


 テオの絶叫をBGMに、晶は完成した機体を見上げた。


 直径3メートルの真球。


 表面は鏡のように磨き上げられたステンレス鋼。


 正面には、月面で採取したクリスタルを加工した超硬度「サファイアガラス」の丸窓。


 その見た目は、完全に「巨大なパチンコ玉」か、あるいは「宇宙船の脱出ポッド」。


 可愛げも、ファンタジー要素も一切ない。


 あるのは、物理法則に喧嘩を売るための、無骨な機能美だけだ。


「完成だ。名付けて、深海探査艇『わだつみ号』」


「わだつみ? 浮いてるのだ! 大きな風船みたいなのだ!」


 ポチが無邪気に跳ね回る。彼女には、これが巨大なおもちゃに見えているらしい。


「私がいた国の古い言葉で『海の神』という意味だ。……さあ、乗り込め」


 晶は白衣を翻し、宙に浮く鉄球を指差した。


「地獄の底への、片道切符だ」


(……いやいや、片道切符じゃダメでしょ!あんな鉄の塊に入って、もし魔法が切れたら……即死だな)


 ボルスが引きつった顔で呟くのが聞こえたが、晶は聞こえないふりをした。


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