第122話:プロジェクト・ディープブルー
20分後。魔王城の大会議室。
深夜にも関わらず叩き起こされた『黒薔薇騎士団』の幹部たちとガンド、そしてフローラが円卓を囲んでいた。
「夜分にすまない。……緊急事態だ」
晶は、まるで世界の終わりを告げるような深刻な面持ちで切り出した。
部屋の照明を落とし、プロジェクターで深海の地図を映し出す。
「単刀直入に言おう。……深海に、古代の『生物兵器プラント』が眠っている可能性がある」
「な、なんだってー!?」
全員が椅子から転げ落ちそうになる。
「せ、生物兵器……ですか?」
元研究員のテオが眼鏡をずり落ちさせる。
「ああ。港町で見つかった石板によれば、その施設は生物を巨大化させ、凶暴化させる技術を持っていたようだ。……もしその施設が暴走し、封印が解かれればどうなるか」
晶は地図上の海域を指し棒で叩いた。
「海中の魚が怪獣のように巨大化し、生態系を破壊し尽くすだろう。海は死に、漁師たちは職を失い……」
「俺たちの海鮮焼きそばが食えなくなるってのか!?」
ボルスがテーブルを叩き割らんばかりの勢いで立ち上がった。
食い物の恨みは恐ろしい。彼の目には既に炎が宿っている。
「許せねぇ! 俺たちの食卓を脅かす奴は、古代兵器だろうが何だろうが叩き潰す!」
「技術者としても見過ごせねぇな」
ガンドが腕組みをして頷く。
「暴走する古代技術か……。俺たちが正しい形に直してやる必要がある」
「あぁ! 母なる海を救うための聖戦……!」
そして、フローラが胸の前で手を組み、感涙にむせんでいた。
「自らの危険を顧みず、深淵の闇へと光を届けようとなさる……。さすがアキラ様、慈愛の化身! この星の全てをお守りになるのですね!」
全員の士気が最高潮に達する中、晶の横に立つルナだけが、ジト目で主人を見つめていた。
「……マスター」
ルナが小声で囁く。
「心拍数と発汗量が上昇しています。嘘をついていますよね? 目的は『豊胸』ですよね?」
晶の眉がピクリと動いた。
やはり、この有能な秘書にはバレたか。
「……静かにしろ」
晶もすかさず小声で返す。
「おまえも協力しろ。成功報酬として、『海の家』特製の『ホイップたい焼き』1日食べ放題権をやる。……どうだ!?」
ピクッ。
ルナの赤い瞳が輝いた。
(ホイップクリームとつぶあんのコラボ……最高か!?)
「……はちみつ付きでお願いします」
「よし、交渉成立だ」
ルナは表情を一変させ、キリッとした顔で全員に向き直った。
「マスターの言う通りです。私の計算によれば、放置した場合の被害規模は甚大です。……世界の危機です」
完全に出来レース。棒読みのセリフではあったが、ルナのお墨付きを得て、騎士団のやる気はさらにヒートアップした。
「やるぞ! 深海へカチコミだ!」
「「「オオォォォッ!!」」」
◇
方針は決まった。次は準備だ。
晶たちは工場内の資材置き場へと移動した。
「しかし社長、深海へ行くための船なんて持っていませんよ? 開発費はどうするんですか?」
テオが現実的な問題を指摘する。
月へ行くロケット開発で予算を使い果たし、さらにルナの維持費で家計は火の車だ。
「金ならある」
晶は工場の床下にある隠し金庫を開けた。
中には、ずっしりと重い金貨の詰まった麻袋が積まれていた。
「これは……!?」
「『王王亭』の内部留保』だ。本来は2号店の出店費用と、私の老後の執筆資金にするつもりだったが……」
晶は麻袋を豪快に担ぎ上げた。
「世界が滅べば店も出せん! 金は天下の回りものだ! 全額投入する!」
「しゃ、社長ぉぉぉ……!」
ボルスたちが涙ぐむ。
社長の漢気に心を打たれたのだ。
もっとも、晶は女だが。
「次は資材だ。ガンド、深海の水圧に耐える素材はあるか?」
「ミスリルじゃあ軽すぎて浮力がつきすぎますね。それに、あれだけの水圧だと展延性が仇になって歪むかもしれません」
「なら、あれを使おう」
晶が指差したのは、工場の片隅に積まれた銀色のインゴットの山だった。
「『ステンレス』だ」
ドワーフの国で鍋を作るために開発した、錆びず、強靭な合金。
それと、月面ロケットの予備パーツとして残っていた耐圧隔壁。
さらに、以前の戦いで回収したスライムの核。
「錆びず、硬く、そして衝撃を吸収する。……これらを組み合わせれば、深海1万メートルの圧力にも耐える『最強の殻』が作れる」
晶は黒板にチョークを走らせ、瞬く間に潜水艇の設計図を書き上げた。
「『プロジェクト・ディープブルー』始めるぞ!」
◇
出発の準備が進む地下ドック。
そこでは、ポチが心配そうな顔で、弟分のタロウを抱きしめていた。
「アキラ、タロウは水に入っても大丈夫なのだ?」
タロウも『クゥーン……』と不安げに鳴いている。
「安心しろ。タロウの装甲を『耐圧スライム・コーティング』に換装する」
晶はタロウを作業台に乗せると、銀色に輝く粘性のある液体が入った容器を取り出した。
「これはスライムの核を液状化したナノメタルだ。これをタロウのフレームに浸透させることで、水圧に応じて柔軟に変形する『液体装甲』となる」
晶の指示で、ルナがその銀色の液体をタロウの上からドロリとかける。
すると、タロウの体が一度ドロリと溶け崩れ、すぐに元の犬型へと再構成された。
『ピピ……深海適応モード、完了!』
タロウがプルンと身を震わせる。
その表面は、以前よりも艶やかで、まるで水銀のように流動的な輝きを放っていた。
「硬い装甲では水圧に押し潰されるが、これなら受け流せる。……まさに最強の盾だ」
「おおぉ! プルプルなのだ! 最強なのだ!」
ポチが目を輝かせて、スライム状になったタロウのほっぺを突っつく。
ムニッ、と指が沈み込む感触に、ポチは大喜びだ。
これで、海の中でも一緒にいられる。
「よし、全員準備完了だな」
晶は移動要塞『黒き箱船』のハッチを開けた。
荷台には、ステンレスのインゴットや工作機械、そして数日分の食料が満載されている。
工場の正門前には、留守番役の従業員たちが見送りに並んでいた。
「アキラ様、どうかご無事で……! 深海の神殿浄化、必ずや成し遂げてください!」
フローラがハンカチを振って叫ぶ。
彼女の中では、今回の旅は「穢れた海底神殿を清める巡礼の旅」になっているようだ。
「アネキ、留守は任せな! 美味い魚、期待してるぜ!」
警備隊長のリナがサムズアップを送る。
「ああ、任せておけ」
(……Fカップになって帰ってくるぞ!)
晶は自信満々に手を振り返したが、その胸中にあるのは世界平和でも魚でもなく、己のバストアップのみである。
助手席では、ルナが「たい焼き、たい焼きぃ〜♪」と小声で呟きながら、海の家のデータを検索している。
ポチとタマは、後部座席でおやつ交換会を始めている。
「エンジン始動! 目指すは港町ポルトゥス!」
ゴォォォォォン!!
巨大なディーゼルエンジンが唸りを上げ、黒煙を吐き出す。
六輪のタイヤが大地を噛み、黒い要塞が走り出した。
一行は、希望と勘違い、そしてマッドな欲望を乗せて、再びポルトゥスへと旅立っていった。




