第120話:ルナの実力
そして、全てのチェックを終えた一行は執務室へと戻った。
ルナが正式に業務に就く時が来たのだ。
ルナは、晶が趣味で用意した「アンダーリムの伊達メガネ」を装着し、キリッとした表情でデスクの前に立った。
銀髪に眼鏡、そしてタイトな秘書スーツ。ほぼほぼ晶の趣味。
完璧な「デキる秘書」の完成だ。
「ボディの調子は完璧です。これより、石板時代に処理しきれず溜まっていた事務処理を、全て片付けます」
ルナが両手を広げると、空中に無数のホログラムウィンドウが展開された。
彼女の十本の指が、目に見えないキーボードを高速で叩き始める。
タタタタタタタタッ!!
残像が見えるほどのスピード。処理速度は石板時代の比ではない。
「CPUは……『128クエタフロップス』です」
ルナがさらりと言い放った数値に、ガンドが首を傾げた。
「くえた……ふろっぷす……? すいません師匠、それは古代語の呪文ですか? 我々の国にはない言葉ですが……」
「ああ、そうか。お前たちには馴染みがないか」
晶は少し考えてから、作業台の上の「鉄粉」をひとつまみ指ですくった。
「ガンド。この鉄粉の数を数えられるか?」
「え? いや、細かすぎて無理ですよ。数万個はあるでしょう」
「そうだな。……では想像しろ。この世界の『全ての砂漠』にある砂の数を」
ガンドが息を呑む。想像を絶する量だ。
「彼女の頭脳はな、お前が一度瞬きをする間に、世界中の砂粒すべての数を数え終わり、さらにその一つ一つの『重さ』と『形』まで完璧に記録できる」
「なっ……!?」
ガンドがのけぞり、腰を抜かした。
「そ、そんなの……神の御業じゃないですか! 一瞬で世界の全てを計算するなんて、脳みそが焼き切れますよ!」
「だから、脳みそが焼き切れないように『冷却』……スイーツが必要なんだ。 おいルナ、計算ばかりしてると知恵熱が出るぞ」
「むぅ……。すでに脳内温度が上昇中です。世界中の砂の数をシミュレートしていたら、無性にきなこ餅が食べたくなりました」
そう言いながらも、残務処理を粛々(しゅくしゅく)と進めるルナ。
「石鹸と化粧水の在庫管理完了」
「今月の収支報告書、作成完了」
「従業員のシフト最適化完了」
ルナが次々とウィンドウを閉じていく。
「そしてマスター。……机の引き出しに隠していた『手紙の山』も、すべて『資源ゴミ』に分類しておきました」
「なっ……!?」
晶が慌てて引き出しを開けると、そこは空っぽだった。
各国の王子から届いた熱烈な求婚状が、跡形もなく消滅している。
「余計なことを! あれは……その、ネタの宝庫だったのに!」
「仕事の邪魔です。……それより」
ルナは冷徹に言い放つと、晶のデスクの上に、ドンッ! と分厚い書類の束を叩きつけた。
「これは……?」
「今月の予算です」
「はい?」
ルナが眼鏡をクイッと光らせた。
「私のボディ製作費はロケットからの転用ですので良いとして。 ガンド様への技術委託料、タロウのメンテナンス費。……そして何より、今月分の『プリン代・シュークリーム代・茶葉代』の概算見積もりです」
晶がおそるおそる一番上の紙を見る。
そこに書かれた金額は、晶が想定していた予算を遥かに超えていた。
「工場の経費が赤字寸前です。特に食費が深刻です。私の稼働エネルギーたる糖分は、成人男性の5倍必要ですから」
「ご、5倍だと……!? 燃費が悪すぎるぞ!」
「ハイスペックとはそういうものです。性能を維持したければ、対価を払ってください」
ルナは無慈悲に宣告した。
彼女の背後には、同じくおやつを待つポチとタロウ、そして暖房費のかかるタマが控えている。
この大家族を養う責任が、晶の肩にのしかかる。
「……マスター、働いてください」
ルナの冷たい視線に、晶はガクリと項垂れた。
(……こいつ、私の財布を完全に握る気か!?)
静かな執筆ライフどころか、生活苦から逃れるための労働ライフが始まる予感がしていた。
晶が「働きたくない」と駄々をこねようとした、その時……。




