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第119話:タロウとの再会

「あ! 今の音は……!?」


 ドックの入り口で様子を伺っていたポチが、弾かれたように飛び出してきた。


 作業台の上で、白い塊が身を起こす。


 それは、小型犬ほどの大きさの四足歩行ロボットだった。


 だが、かつての月面で見たような、金属剥き出しの無骨な姿ではない。


 そのボディは、晶がこだわって選定した「最高級羊毛」で覆われ、まるで高級ぬいぐるみのようにもふもふとしている。


『……ワン!』


 愛嬌のある瞳で、尻尾をパタパタと振りながら近づく。


「……タロウ?」


 ポチがおそるおそる手を伸ばす。


 夢じゃないかと確認するように。


 幻覚じゃないかと疑うように。


『ワン!』


 タロウが元気に吠え、作業台からジャンプして、ポチの胸に飛び込んだ。


 ドンッ!


「! ……痛いのだ! 重いのだ!」


 その衝撃は、確かなリアリティの証だった。


 ポチはタロウを抱きしめ、その毛並みに顔を埋めた。


「……あったかいのだぁぁぁ!」


 ポチの目から、大粒の涙が溢れ出した。


 月面では感じられなかった温もり。


 冷たい金属ではなく、体温を持った生き物のような暖かさが、そこにはあった。


「内部ヒーター搭載だ。ルナと同じ廃熱循環システムを組み込んである」


 晶が、まるで自慢の作品を解説するように言った。


「もう冷たい金属じゃないぞ。冬は湯たんぽ代わりになるし、夏は冷却モードでひんやり枕にもなる」


「アキラ……! ありがとうなのだ! 最高の弟なのだ!」


 ポチは涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、タロウに頬ずりをした。


 タロウもまた、内蔵された「愛情表現プログラム」に従い、ポチの顔をペロペロと舐め回す。


 その舌はシリコン製で、唾液代わりの潤滑ローションが染み出すギミック付きだ。芸が細かい。


 はたから見ていると、本物の犬と区別がつかない。


「よかったな、ポチ」


 ガンドがもらい泣きしながら鼻をすする。


 殺風景な地下ドックに、温かな空気が満ちていた。


 ――ドサッ。


 その感動的な空気をぶち壊すように、背後で音がした。


「はっ……! わ、私、気を失って……」


 入り口付近で、フローラが目を覚ました。


 彼女は晶のシリコン塗りを目撃して気絶していたのだ。


 彼女が目を開けると、そこには信じられない光景があった。


 銀髪美女ルナが立ち尽くし、その足元ではポチが神々しい犬、タロウを抱きしめて光り輝いている。


「あぁ……!」


 フローラの瞳孔がカッと開いた。


 彼女の脳内フィルターが、現実を瞬時に神話へと書き換えていく。


「なんて神々しい……! 泥より生まれし銀の乙女と、魂を吹き込まれた白き獣……! アキラ様が創り出した『神の使徒』……! これは、新しい人類の夜明けですわ!」


「いや、ただのアンドロイドとロボット犬だ」


 晶が即座に訂正するが、フローラには届かない。


 彼女はよろめきながらルナの前に進み出ると、その場に跪き、祈りを捧げ始めた。


「女神よ……! どうか迷える私たちをお導きください! 貴女様の御言葉を、このフローラに!」


「えっと……」


 ルナが困惑したように晶を振り返る。


「マスター、この個体はバグっているのですか? 論理回路に著しい欠損が見られますが」


「仕様だ。気にするな」


 晶は投げやりに答えた。


 これ以上関わると面倒だ。さっさと次のテストに移るに限る。



 場所を移して、工場の社員食堂。


 起動直後のエネルギー補給と、各種感覚センサーの調整を兼ねた食事会が開かれていた。


 テーブルの上には、晶が作った試作品――『特製・濃厚カスタードプリン』が並んでいる。


 ドワーフの国で作ったステンレス製のカップに入ったそれは、黄金色に輝き、カラメルソースのほろ苦い香りを漂わせていた。


「味覚センサーのテストだ。……ルナ、これを食ってみろ」


 晶がスプーンを差し出す。


「食事……ですか?」


 ルナが怪訝な顔をする。


「アンドロイドに摂食行動の必要性が? エネルギーなら、胸部の魔力炉から直接供給できるはずですが」


「お前の動力源は『魔力』だが、その高効率な変換触媒として『糖分』が必要なハイブリッド仕様にしたんだ」


 晶はもっともらしく解説した。


 要するに、晶自身が甘いものを食べたかったので、ルナにも付き合わせようという魂胆である。


「まあ、食えばわかる。……口を開けろ」


 ルナは疑わしそうにしながらも、小さく口を開けた。


 晶がスプーンですくったプリンを、桜色の唇へと運ぶ。


 パクッ。


 ルナが舌の上でプリンを転がし、嚥下えんげした。


 ――数秒の静止。


 カッ!!!


 ルナの深紅の瞳孔が、限界まで見開かれた。


 まるで、頭部から「キュイィィィン……」という、内部処理速度が跳ね上がる音が聞こえてきそうな勢いである。


「!!!!!!」


「どうだ? 味はわかるか?」


「あ、甘い……! 滑らか……! 卵の濃厚なコクと、カラメルの香ばしい苦味が、口内センサーを幸福信号で埋め尽くしていきます……!」


 ルナが頬を紅潮させ、震える声で叫んだ。


「なんですかこれは!? データ上の味覚情報とは比較になりません! 物理的な『甘み』が、食道を通って胃袋に落ちるこの感覚……! 素晴らしいです!」


 ルナは晶の手からスプーンを奪い取ると、目にも止まらぬ高速動作でプリンを掬い始めた。


 パクッ、パクッ、パクッ!


 残像が見えるほどのスピードで、カップの中身が消滅していく。


「おかわりを要求します!」


 空になったカップを突き出し、ルナが真顔で宣言した。


「演算処理の熱を冷ますために、もっとスイーツが必要です! 緊急事態です! 今の摂取量では、起動シークエンスの消費カロリーすら賄えません!」


(……燃費の悪い秘書を作ってしまったかもしれない)


 晶は嫌な予感がして額を押さえた。


 結局、ルナは食堂の冷蔵庫にあったプリンの在庫10個をすべて平らげ、それでも「まだ足りません、シュークリームはありませんか?」と文句を言う始末だった。


 どうやらこのアンドロイド、底なしの胃袋を搭載してしまったらしい。



「……はぁ。まあいい、味覚は正常のようだな」


 食後の片付けをしながら、晶は気を取り直した。


 次は、最も重要な機能の一つ――発声ユニットの調整だ。


「ルナ。……何か声を出してみろ。音域のチェックだ」


「了解です。音階テストを実行します」


 ルナが立ち上がり、軽く咳払いをする。


 彼女は姿勢を正し、少し上を向いて息を吸い込んだ。


「あー、あー。……♪〜」


 彼女の口から紡がれたのは、単なるドレミの音階テストではなかった。


 それは、言葉を持たない旋律。


 古代語の響きを持つ、神秘的で透き通るようなハイトーンボイス。


 ――♪〜♪♪〜……


 食堂の空気が震えた。


 テーブルの上の水の入ったコップが、微かに共鳴して波紋を描く。


 それは「機械音声」の域を遥かに超えた、聴く者の魂を直接揺さぶるような『天使の歌声』だった。


 美しく、どこか哀愁を帯びたその響きは、かつて彼女が月面で一人きりだった数万年の孤独をも感じさせるような深みを持っていた。


「す、すげぇ……」


 ガンドが呆然と呟く。


 鉄とシリコンの喉から、これほど情感豊かな声が出るなど信じられない。


「女神! 歌の女神が降臨されましたわ……!」


 フローラが感極まって泣いている。


 ポチもタロウも、その歌声に聞き惚れ、動きを止めていた。


 歌い終わったルナが、キョトンとした顔で首を傾げた。


「……? どうしましたか、マスター? 音響センサーに異常でも? ノイズが入っていましたか?」


「いや……」


 晶は、しばらく言葉を失っていた。


 ただの発声テストのつもりだったが、まさかこれほどのポテンシャルを秘めているとは。


「お前、歌えるのか?」


「はい。データベースの深層領域に『歌唱プログラム』が存在しました。古代の巫女が、祭祀の際に使用していた儀式用の歌のようです。……変でしたか?」


「いや、悪くない。……いつか役に立つかもしれん」


 この声には、単なる歌以上の「力」――特定の周波数による魔力干渉や、精神感応作用があるかもしれない。


 晶はルナの「歌姫」としての資質を見抜いたが、今はあえて詳しくは触れずにおくことにした。


 今はまだ、ただの「歌の上手い秘書」でいい。


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