第118話:私の胸はどこですか!?
「マスター、私の胸がないんですが。 今からパーツ交換するのでしょうか?」
ルナの声は、表面上は静かだった。
しかし、その赤い瞳は超高速でチカチカと点滅していた。
「ありえない設計ミス」に対して、猛烈な勢いでエラー信号を繰り出し続けていたのだ。
早い話が……「激おこ」だ。
「……システムエラーの報告です。 再起動して自分の体を確認したところ、胸のボリュームが、本来あるべきデータより『68%』も足りません。 頭の中の回路がこれを『バグ』だと判断して、警告アラートが鳴り止まないんです。 すぐに修正プログラムを当てるか、中身のシリコンを詰め直してください」
「バグじゃない。仕様だ」
晶は、食い気味に答えた。
キーボードを叩く指を止めず、眉一つ動かさない。その横顔は、宇宙の心理を語る賢者のような、近寄りがたいオーラに満ちていた。
「仕様……ですって?」
ルナがベッドの上で身を乗り出すと、スプリングが「ギシッ!」と悲鳴を上げた。
流れるような銀髪が怒りで逆立ち、キラキラと光の粉を散らす。
「ふざけないでください! アンドロイドなんですから、成長期の悩みも栄養不足も関係ないはずです! 好きなだけシリコンを盛れたはずでしょう!? 倉庫にはドラム缶3本分の予備があったはずです。なぜ、あえてこんな『平らすぎる』サイズにしたんですか!?」
ルナの言い分は、ぐうの音も出ないほど正論だった。
ロボットなら、胸のサイズなんてパーツ交換一つでどうにでもなる。
それをあえてこのサイズ――Aカップに近いB――に決めたのは、設計者である晶の、ドス黒い「嫉妬」以外の何物でもない。
(……当たり前だ。私の隣に立つ秘書が、私より巨乳なんて許せるわけないだろう!)
晶は心の中で、血を吐くような叫びを上げた。
今の晶の胸は、200年分のサブスクという、非常識の極みともいえるイカれた方法でようやく手に入れたものなのだ。
Fには程遠いが、それでも彼女にとってはエベレストの頂上に旗を立てるのと同じくらいの偉業。
もしここで、自作のロボットを理想どおりのFカップにしてしまったらどうなるか。
毎朝コーヒーを運んでくるたびに。
予定を確認するたびに。
その圧倒的な「ボリューム」の差を見せつけられ、晶のプライドは粉々に打ち砕かれるだろう。
だが、そんな情けない本音をバラすほど、晶はバカではない。
彼女は前髪をシュッとかきあげながら「嘘」をついた。
「いいか、ルナ。これは高度な科学的判断だ。胸が重くなると、体が回転するときに『振り回される感じ』が出てしまう。さらに、胸が出っ張ると敵の弾に当たる確率が0.4%も上がるんだ。私はお前の安全を一番に考えて、一番動きやすくて美しい『黄金比』を選んだ。それがそのサイズだ」
晶は、ルナのなだらかな斜面をビシッと指差した。
「不満か? 命を危険にさらしてまで、無駄なシリコンを詰め込みたいのか? ……いまの姿が嫌なら、今すぐデータを消して、あの熱くて狭い石板の中に戻してやってもいいんだぞ?」
「むぅぅ……っ」
ルナが頬をぷくーっと膨らませる。
この人間くさい表情こそが晶の技術のたまものなのだが、今は恨めしそうに晶を睨んでいる。
「マスターの頭の中から、論理の矛盾と……ものすごく強い『嫉妬』の信号が、パンクしそうなくらい検出されていますが……」
ルナはジト目で睨みつけたけれど、やがて諦めたように「ふぅ」と小さく息を吐いた。
「……まあ、いいでしょう。この体はマスターからもらったものです。その『偏った好み』も仕様として受け入れます」
ルナはベッドから飛び降りると、その場でくるりと回ってみせた。
銀色の髪がふわりと舞い、キラキラした光の粒が部屋中に広がる。その動きはしなやかで、機械っぽさはどこにもない。
「合格です、マスター。……とりあえず、このサイズでガマンしてあげます」
どうやら、秘書としての忠誠心が、巨乳への憧れにギリギリ勝ったらしい。
「やれやれ、手のかかる秘書だ」
晶がやれやれと肩をすくめた、その時だった。
『ピッ……システム正常。起動準備完了』
隣の作業台から、心地よい電子音が聞こえてきた。
ルナに続いて、もう一つの「体」が、新しい命を吹き込まれて目を覚ましたのだ。




