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第117話:ルナ、人間になる(後編)

 翌朝。


 『第零格納庫』。


 そこに、ドワーフの第一王子ガンドが緊急招集された。


 彼は寝癖もそのままに、愛用の工具箱を抱えて飛んできていた。


「師匠! 緊急招集とは穏やかじゃないですね! ついに新型兵器の開発ですか!? それとも大陸横断鉄道ですか!?」


「いや、もっと繊細な作業だ。……これを見ろ」


 晶が作業台の上に広げたのは、機械の設計図というよりは、極めて精緻な「人体解剖図」のようなものだった。


「こ、これは……骨格フレーム? しかも素材指定が……」


 ガンドが図面を読み解き、息を呑む。


【素材リスト】

骨格:純度99.9%『ミスリル銀』(魔力伝導率と強度を両立)

筋肉:『スライム繊維』の積層加工(生物的な伸縮性と瞬発力)

皮膚:『高純度シリコン』と『人肌ゲル』のハイブリッド

血液(冷却水):『不凍液』と『魔力水』の混合液


「し、師匠……正気ですか? これは機械を作るんじゃない。……まるで『人間そのもの』を錬成するようなもんですよ!?」


 ガンドの手が震える。


 技術者としての興奮と、神の領域に踏み込む畏怖がない交ぜになっている。


「妥協はせんぞ。特に皮膚の質感だ」


 晶は真顔で、恐ろしいこだわりを語り始めた。


「硬い鉄の塊では、ポチが抱きついた時に満足しない。冬場に抱き枕にした時に冷たいのもNGだ」


「はぁ……」


「だから、内部に微細な温水パイプ、毛細血管を張り巡らせる。ルナの演算処理で発生する莫大な『廃熱』を冷却水で回収し、それを全身に循環させて体温を維持するんだ」


 ガンドの目がカッと見開かれた。


「!!! 廃熱を利用して、人間の体温を再現する……だと!? 完璧な熱エネルギー保存則……! 天才だ! 師匠はやっぱり変態的な天才だ!」


「褒め言葉として受け取っておく。……さあ、やるぞガンド。命を吹き込む作業だ」


 薄暗いドックの中で、怪しげな作業が始まった。


 手術台のような金属台の上に、ミスリルでできた銀色の骸骨が横たわっている。


 その横には、大鍋で煮込まれたドロドロの肉色をした液状シリコンが湯気を立てている。


「シリコンの温度よし。粘度よし。……流し込むぞ」


 晶はゴム手袋をし、熱々のシリコンを骨格に塗りたくっていく。


 その手つきは、料理人がケーキにクリームを塗るように繊細だが、見た目は完全に「肉付けの儀式」だ。


「神経回路ケーブルの接続完了! 魔力循環ポンプ、動きます!」


 ガンドがレバーを引く。


 ドクン……ドクン……。


 骸骨の胸に埋め込まれた魔石の心臓が脈動し、透明な血管チューブの中を赤色に着色した冷却水が流れ始める。


 隣の作業台では、小型犬サイズのフレームが組み立てられていた。


 こちらは耐久性重視。ポチがじゃれついても壊れないよう、衝撃吸収バンパー(プニプニ素材)が内蔵されている。


「こっちの外装は『フェイクファー』だ。羊毛を植毛して、手触りを重視しろ」


「了解です! 究極のモフモフを目指します!」


 二人のマッドエンジニアが作業に没頭している時だった。


 ギィィィ……。


 重厚な扉が開き、バスケットを手にした女性が入ってきた。


「皆様、お夜食の差し入れですわ~」


 フローラだ。


 彼女はサンドイッチの入ったバスケットを抱え、笑顔で入室し――そして、凍りついた。


 彼女の目に飛び込んできた光景。 


 薄暗い部屋。


 台の上に横たわる、皮膚のない銀色の人間。


 その体に、肉色の泥を塗りたくりながら、ニタニタと笑う晶。


 実際は、会心の出来に満足しているだけなのだが、フローラにとっては、ただの奇行にしか見えなかった。


「ククク……素晴らしいぞ。この肌の弾力、まさに人肌だ……」


「ひぃっ……!?」


 フローラが息を呑む。


 彼女の脳内フィルターが、瞬時にこの光景を「神話」へと変換する。


(土から人を創り出し、魔力を吹き込む……。これは神話の第一章に記された「原初の人間創造」の儀式! アキラ様はついに、生命の創造主となられるのですね……! なんという背徳! なんという神性!)


 プツン。


 あまりの尊さと、禁忌を犯す背徳感に耐えきれず、フローラの意識が飛んだ。


 ドサッ。


 白目を剥いて倒れるフローラ。


「ん? 何か倒れた音がしたな」


 晶が振り返る。


「フローラ嬢ですね。放っておきましょう。どうせ、いつもの発作です」


 ガンドが慣れた手つきで作業を続ける。


「そうだな。……それより、顔の造形だ。ルナのデータ通り、美人に仕上げてやるぞ」



 数日後。


 ついに、完成の時が来た。


 作業台の上には、二つの「器」が横たわっていた。


 一つは、ルナのホログラム姿を完璧に再現した、銀髪美女のアンドロイド。


 肌は透き通るように白く、唇は桜色。閉じた瞼には長い睫毛が落ちている。


 ただし、その胸元は――晶の強い、あまりにも強すぎる意志により――慎ましいBカップに設定されていた。


(AIごときが巨乳など百年早い。私と同じサイズで十分だ)


 もう一つは、白く丸っこいフォルムの、愛らしい小型犬型ロボット。


 こちらはフワフワの毛皮に覆われている。


 そして、さらに秘密のギミックが多数仕掛けてあるのだが……。


 それはさておき。


「……接続するぞ」


 晶は、ルナの入った石板をケーブルで繋ぎ、美女ボディの首の後ろにあるポートに接続した。


「聞こえるかルナ。……引っ越しの時間だ」


「……かしこまりました。」


「では、データ転送……開始」


 バチバチバチッ!


 石板から激しい魔力の光が溢れ出し、ケーブルを通ってボディへと吸い込まれていく。


『転送開始……。うぅっ、データ量が多すぎて……通り道が熱いです!』


 スピーカーからルナの苦しげな声が漏れる。


「我慢しろ。……今、お前の新しい脳、量子コンピュータに意識を書き込んでいる」


『あぁっ……! 広いです! なんですかこの容量は! メモリが……どこまでも広がっていきます……!』


 石板の画面がブラックアウトし、完全に光が消えた。


 静寂がドックを支配する。


 シュゥゥゥ……。


 美女ボディの口元から、微かな排気音が漏れた。呼吸だ。


 胸の魔石が青く輝き、冷却水が全身を巡る音が、心臓の鼓動のように聞こえる。


 そして。


 パチッ。


 長い睫毛が震え、ルナの瞳が開かれた。


 その瞳は、深紅のルビー色。かつてホログラムで見た時よりも、遥かに鮮やかで、意志の光を宿していた。


 ルナはゆっくりと体を起こし、自分の手を見つめた。


 グーパーと握りしめる。


 確かな質量と、感触がある。


 そして、ルナの手が、自分の胸元へと伸びた。


 触れる。


 その感触を確かめた瞬間、ルナの表情が驚愕に染まった。


「どうだ? 新しい『家』の住心地は?」


 晶が腕を組んで尋ねる。


 ルナはゆっくりと口を開き、初めての「肉声」を発した。


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