第115話 7,300万の『おかいもの』
タマの尻尾を噛んだまま、画面に表示された料金表を凝視する。
Eカップ:5,000万ルナ/日
Dカップ:1,000万ルナ/日
Cカップ:100万ルナ/日
Bカップ:1,000ルナ/日
(Eカップ……。5,000万……出せる!!)
晶の脳内で、高速のソロバンが弾かれた。
(今の私の総資産とキャッシュフローなら、出せなくはない数字だ。だが、固定費としてはあまりに巨額すぎる。もし石鹸工場が火事になったり、ラーメンブームが下火になったりして、事業が一つでもコケれば即アウト、破産だ。リスクヘッジができていない)
晶はEカップの項目から、未練がましく、しかし理性的に目を逸らした。
(Dカップ……。日額1,000万……)
晶の視線が、豊満さと実用性を兼ね備えたその理想的なフォルムに釘付けになる。
(正直、一番欲しいサイズだ。Fほど生活に支障がなく、しかし確実に「巨乳」のカテゴリ。……払える。今の私の財力なら、決して不可能な額ではない)
だが、晶の脳内で冷徹な電卓が叩かれる。
(年額36億5千万。……待てよ? この金額があれば、全室空調完備の別荘が建つ。ウォシュレット付きのトイレも開発できるし、最高級のベッドも買い放題だ)
晶は天秤にかけた。
片方には、己の『理想のバスト』。
もう片方には、不便なこの異世界を現代日本以上に快適にするための『至高の住環境』。
(Dカップのために、私の『快適なスローライフ』を足踏みさせるのか? 理想の執筆環境を整えるための軍資金を、たかが脂肪の維持費としてドブに捨てるのか?)
晶のプライドが、それを許さなかった。
(……それは『引きこもり』としての敗北だ。死に金だ! コスパが悪すぎる!)
断腸の思いで、晶はDカップから目を逸らした。
視線が一段下のプランに移る。
(Cカップかぁ……。日額100万。これなら今の印税収入だけでお釣りが来る。余裕だ)
一瞬、契約ボタンに指が伸びそうになる。
だが、晶の「守銭奴の魂」が待ったをかけた。
(……だが待てよ? 1日100万。……ラーメン1000杯!?)
晶は戦慄した。
(私は、胸の脂肪を維持するためだけに、ラーメン1000杯をドブに捨てるのか? 365日、毎日だぞ? ……それはもはや『食への冒涜』ではないのか!?)
実業家、そしてラーメン屋店主としてのプライドが、乙女の願望を粉砕した。
そして、視線は最後のプランへ。
Bカップ:1,000ルナ/日
(……Bカップ、日額1,000円?)
※1ルナ=1G=1円
晶は鼻で笑った。
「馬鹿にしているのか? 昔ならともかく、今の私にとって1,000円など空気と同じだ。実質タダみたいなものじゃないか」
巨乳ではない。
だが、絶壁でもない。
服を着れば「ある」と分かる、慎ましくも確かな膨らみ。
それが、毎朝のコーヒー代程度の値段で手に入る。
これなら、誰の援助も受けず、事業が多少傾いても、自力で無理なく死ぬまで維持できる。
なんなら、いますぐ一生分課金できる。
「……買った。おい、ルナ!」
「はい、マスター」
「200年分前払い、できるか!?」
「はい、可能でございます」
「じゃあ……」
晶は脳内電卓を高速で叩いた。
(基本365日×200年で、7万3000日。そこに4年に一度のうるう年を足して……グレゴリオ暦準拠で100で割り切れるが400で割り切れない2回の例外を除外すると……プラス48日か)
晶は一瞬で計算を弾き出し、叫んだ。
「合計、7304万8000ルナだ! 一括で払うぞ!」
『金額は合ってますが……計算早すぎませんか? あと、返金不可ですが、本当に一括前払いでよろしいですか?』
「当たり前だ! Fカップの『たった一日分』より安いじゃないか! 200年保証でこれなら、実質無料だッ!!」
金銭感覚が完全にバグった晶は、迷うことなく【決済】ボタンを叩き割らんばかりの勢いで押した。
カキーン!
『決済完了。200年後までのBカッププランが確定しました』
その瞬間。
プシュッ。
晶の胸が、ほんの少しだけ膨らんだ。
(アキラ殿、あと200年生きるつもりなんですね……)
エルウィンが苦虫を噛み潰したような複雑な表情を浮かべながら晶を見た。
200年といえば、エルフにとっては少年期(少女期)だが、人間にとっては外見維持どころか、生存自体が不可能に等しい。
だが、晶なら本当に科学の力で200年生きて、元を取りそうな気がしてならなかったのだ。
「……まあ、コストパフォーマンスとしては最高だな」
晶は服の上からその感触を確かめ、満足げに頷いた。
◇
数時間後。
アステルの港には、出航の準備を整えた移動要塞『黒き箱船』の姿があった。
水陸両用モードに変形し、優雅なクルーザーとして波間に浮かんでいる。
「アキラ様、あの……少し、縮んでおられませんか? 3日前はもっと凄かったような……」
見送りに来たフローラが、不思議そうに首を傾げる。
広場では、立派なFカップの女神像の建設が始まっているのに、本人は明らかにサイズダウンしている。
フローラの悪気のない純粋な疑問が、晶の胸にグサリと刺さる。
「ふん。機能性を重視して『軽量化』したんだ。戦闘に支障が出るからな」
晶は涼しい顔で嘘をついた。
だが、その胸は以前よりも自信に満ちて張られている。
そこには、200年先まで保証されたBカップがあるのだ。
200年。実質、生涯保証だ。
課金によって、永遠の平原を強引にねじ伏せたのだ。
もう、胸でバカにされることはない
(※晶の被害妄想です)
「さあ、乗れ! 出航だ!」
晶の号令で、ポチとタマ、そしてボルス、クロウ、テオ、セシリアが乗り込んでいく。
彼らの顔には、冒険への緊張感はない。あるのは、これから始まる休暇への期待感だけだ。
「あきら、どこに行くのだ?」
「決まっているだろう。……バカンスだ」
晶はデッキチェアに身を預け、サングラスをかけた。
「ロケット開発、月面戦争、そしてこの騒動……。流石の私も疲れた。……しばらく仕事はしない。この船で世界をのんびり一周するぞ」
「わーい! クルージングなのだー! お魚釣り放題なのだー!」
「うむ、悪くない。甲板で日光浴といこうかの」
ポチとタマがはしゃぎ、ボルスがビールケースを運んでくる。
平和だ。
厄介ごとも、世界の危機も、今は水平線の彼方だ。
「行くぞ。私の休息は、まだ始まったばかりだ!」
「「「オーッ!!」」」
青空の下、黒き箱船がゆっくりと港を離れていく。
晶の飽くなき探求の旅は、とりあえず一休み。
今はただ、潮風とBカップの心地よい重みを感じながら、優雅な船旅を楽しむのであった。




