第114話:夢の維持費
……幸福な夢だった。
世界中の人々が私の名を讃え、5人の王子に求婚され、そして何より――私の胸元には、重力に逆らう誇り高き「Fカップ」が鎮座していた。
◇
「……んぅ」
晶は、王城の最高級スイートルームのベッドで目を覚ました。
窓から差し込む朝日が眩しい。
昨夜の祝賀会で飲みすぎた頭が少し痛むが、気分は最高だ。
晶はガバッと起き上がると、真っ先に鏡の前へ走った。
シルクのネグリジェ越しに、豊かな曲線を確認する。
「ある。……夢じゃない」
晶はうっとりと自分の胸を鷲掴みにした。
確かな重量感。
(これだ。私が求めていたのは、この「物理的実体」なのだ。)
晶は改めて鏡の前でターンし、さらに、上体を鏡の方へとしなやかに屈めた。
二の腕で豊かな果実を挟み込み、そこに生まれた深淵なる「谷間」を強調する、グラビアアイドルのようなあざといポーズ。
「うふふ……。おはよう、新しいアイデンティティ。今日も世界は私を中心に回っているわ」
晶が普段は絶対使わない言葉遣いで、鏡に向かってナルシズム全開のポーズを決めた。
別に、ぶりっこ晶もサマになっているので良いのだが、彼女を知る者からしたら、ただの黒歴史でしかない。
ふと、枕元の魔導石板が震えた。
ピロン♪
軽快な通知音。
画面には、二頭身にデフォルメされた管理者AI『ちびルナ』が、事務的な笑顔で表示されていた。
『おはようございます、マスター。……良い朝ですね』
「えぇ、最高の朝よ。どうしたのルナ? 私へのファンレターでも届いたの?」
晶は上機嫌で石板を手に取った。
だが、次の瞬間。
ルナの表示したメッセージを見て、晶の表情が凍りついた。
『お知らせ:「Fカップ体験・72時間無料キャンペーン」が終了しました』
「…………?」
晶の思考が停止する。
(無料……キャンペーン……?)
『これより正規料金プランへ移行します。つきましては、肉体改造の維持費として、以下の金額を口座から自動引き落としさせていただきます』
画面に、赤い文字で桁外れの数字が叩きつけられた。
『請求額:日額 100,000,000 ルナ』
「いち、じゅう、ひゃく、せん…………はぁ?」
晶は目をこすり、二度見した。
数字は変わらない。ゼロが8個並んでいる。
「い、いちおく? ……おいルナ、バグか? 桁がおかしいぞ。月額の間違いだろう?」
晶の口調は完全に戻った。
『いいえ、日額です。年額365億円になります』
「ふ、ふざけるなぁぁぁぁッ!!」
晶の絶叫が、朝の王城に響き渡った。
「日額1億だと!? 小国の国家予算並みだぞ! 金なら確かにあるが、流石にその額は破産するわ!」
ルナは冷徹なグラフを表示して解説した。
『マスターには「永遠の平原」という、極めて強力な運命固定値がかかっています。これに逆らってFカップを維持するには、常に現実を歪曲し続けるための膨大なエネルギーコストが必要です』
「くっ……! 私の運命力は、私の全財産よりも強いというのか……!?」
『マスターの総資産をシミュレートしましたが……約半年で資金がショートします。契約を更新しますか?』
「くそっ……! なんでだ……なんで私だけこんなに高いんだ!」
『運命固定値(呪い)の反発係数によるものです。参考までに、そちらのリナ様がFカップにする場合、維持費は「月額100万ルナ」で済みます』
「ひゃ、ひゃくまん!?」
リナがその金額の高さにびっくりする。
「月額!?」
そして、晶がその値段のギャップに絶叫する。
自分は日額1億、つまり月30億。リナは月額100万。
その差、3000倍。
「な、なんであたいが引き合いに出されるんだよ! あたいは今のままで十分だ!」
「不公平だ! あまりにも不公平だ! 神はどこまで私をコケにすれば気が済むんだ!」
晶がベッドを叩いて嘆いていると、騒ぎを聞きつけた5人の王子たちが駆け込んできた。
「アキラ様! どうされましたか!」
「姐さん! 朝からすげぇ声だったが、敵襲か!?」
事情を聞いた王子たちが、色めき立つ。
そして、晶の窮状を知るやいなや、彼らは競うように声を上げた。
「はっ、笑わせるな! たかが日額1億だろ?」
不敵に笑いながら進み出たのは、マカバリ帝国のカイザルだ。
「そんなはした金、帝国の国庫を開けば一発だ。姐さんのその『Fカップ』の維持費ごとき、俺が全額持ってやるよ! 遠慮するな!」
「抜け駆けはずるいぞ、カイザル殿!」
ドワーフのガンドが食い下がる。
「師匠! 俺が出します! ステンレス鍋の特許料をつぎ込めば、一生分払ってもお釣りが来ます!」
「いいえ、私です!」
ロゼのルシアンが薔薇を散らす。
「美の維持費に金を惜しむなど野暮の極み。王立美術館の予算を全額アキラ様に回しましょう!」
「俺だ! 俺が払う!」
獣人のヴォルフが胸を叩く。
「毎日ドラゴンを狩りまくって稼いでやる! 姉御の体は俺が守る!」
「森の秘宝を換金すれば……」とエルフのエルウィンまで財布の紐を緩めようとしている。
王子たちの熱い申し出。
これを受け入れれば、晶はFカップのまま、一生安泰に暮らせる。国が傾くほどの金が、自分の胸一つのために動くのだ。
だが。
「断る!」
晶は即答した。
「姐さん!?」
「アキラ様!?」
「か、勘違いするな。私は乞食じゃない」
晶は涙目で、しかしキッと王子たちを睨みつけた。
「自分の身体のサブスク代くらい、自分で払う! 他人の金で維持する巨乳になど、何の価値もないわッ!!」
それは、実業家・結城晶としての、最後のプライドだった。
たとえ貧乳に戻ろうとも、魂までは売らない。
「くっ……! 見ていろ神よ……! 今回は私の負けだ……!」
晶が震える指で【解約】ボタンを押す。
シューッ……。
無情な音がした。
風船の空気が抜けるように、豊かな膨らみがみるみる縮んでいく。
Fカップの稜線は消え、見慣れた「平野」が戻ってきた。
「さらばだ……私のFカップ……」
晶は鏡の前で膝をつき、灰のように真っ白に燃え尽きた。
そこへ、一部始終を見ていたタマが呆れたように言った。
「まあ、気にするでない。この3日間、皆に見せびらかしたんじゃ。もう十分じゃろ? 所詮はたかが脂肪の塊……」
タマなりの、不器用な慰めだった。
だが。
それは、核燃料保管庫に火のついたダイナマイトを投げ込むに等しい行為だった。
「……たかが?」
晶がゆらりと立ち上がった。
その目には、月面で戦ったあの黒き獣すら裸足で逃げ出すほどのドス黒い怨念が宿っていた。
「たかがと言ったか……? この私が、どれだけの苦労をして、どれだけの想いでアレを手に入れたと思っている……!」
「ひっ!? あ、悪気はなかったのじゃ! 落ち着くのじゃアキラ!」
「脂肪の塊だと!? それは希望の塊だ! リナとの理不尽な格差に絶望し、王子たちの援助を蹴ってまで守ったプライドが、貴様に分かるかぁぁぁッ!!」
晶がタマの尻尾に噛み付く。
部屋中を転げ回る大乱闘。
王子たちも巻き込まれ、スイートルームはカオスと化した。
それを冷めた目で見つめるルナが、通知音を鳴らした。
ピロン♪
『妥協案があります。抵抗値の低いサイズなら、お安く提供可能です』
晶がピタリと動きを止めた。




