表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

110/145

第110話:180秒の防衛戦(後編)

 180秒の防衛戦が始まった。


 それは、無限に湧き出る泥の波に対し、倒す手段を持たないまま、ただ「時間を稼ぐ」だけの過酷な消耗戦だった。


「来るぞ! 正面、大波だ!」


 ボルスが吼える。


 津波のように押し寄せる黒い泥に対し、彼は巨大なタワーシールドを構えて正面から激突した。


「オラァァァァッ!! ここから先は通行止めだ!」


 ズドォォン!!


 重量級の衝突音。ボルスは泥の圧力に靴底を軋ませながらも、一歩も引かない。


「援護する、ボルス! ドワーフの意地を見せてやらぁ!」


 隣でガンドが、身の丈ほどのウォーハンマーを振り下ろす。


 ドォンッ!


 物理的な衝撃で泥が弾け飛ぶ。倒せなくとも、質量で押し返すことは可能だ。


「らぁぁぁッ! しつこいんだよテメェら!」


 リナが剣を風車のように振り回し、泥を千切れさせる。


 再生するまでの数秒を稼ぐための、終わりのない斬撃。


「……隙ありだ」


 泥が再結集しようとした瞬間、影からクロウが飛び出した。


 神速の短剣が、泥人形の関節部分と思われる箇所を瞬時に切り裂く。


「再生速度、およそ2秒……。足止めには十分だろう」


 彼は泥が形を取り戻す前に離脱し、次の標的へと向かう。


「させないよ! 森の狩人の目からは逃げられない!」


 後方から、エルウィンが剛弓を引き絞る。


 ヒュンヒュンヒュンッ!


 放たれた矢は、再生しようとする泥の核を正確に射抜き、壁に縫い付ける。物理的な拘束だ。


「くっ、数が多い! 右翼、抜かれる!」


 護衛長のリナが叫び、疾風のごとく踏み込んで斬撃の雨を降らせる。


 ミスリルの剣閃が泥を細切れにするが、切った端から泥は融合し、さらに巨大化して襲いかかってくる。


「ちぃっ! 魔法が使えれば一掃できるのに!」


 テオが歯噛みする。


 攻撃魔法は相手のエネルギーになる。彼にできるのは、風魔法で泥を「吹き飛ばす」ことだけだ。


「下がってくださいリナさん! 『拒絶の暴風(リジェクト・ストーム)』!」


 テオの杖から突風が放たれ、迫りくる泥の壁を物理的に押し返す。


「ええい、じれったいのう! ブレスが使えれば一瞬で消し炭にしてやるのに!」


 タマは悔しそうな表情をしながらも、手近な鉄骨や瓦礫を拾い上げて投げつける。


 竜の怪力は凄まじく、投げられた鉄骨が砲弾のように泥人形を貫通し、粉砕する。


「ポチも負けないのだ!」


 ポチも、拾ったパイプをバットのように振り回し、泥人形を次々と打ち返していく。


 まさに総力戦。


 しかし、多勢に無勢。


 じりじりと、防衛ラインが後退していく。


「あと2分!」


 晶はキーを叩く手を止めずに叫ぶ。


 額から脂汗が流れ落ちる。


 モニターの中では、無数のエラーウィンドウが警告音と共にポップアップしていた。


 『アクセス拒否』『権限不足』『ファイアウォール作動』


 古代のセキュリティシステムが、晶の侵入を徹底的に阻んでくる。


(くそっ、ガードが堅い! 管理権限を持っているはずなのに、暴走したナノマシン側がシステムをロックしているのか!)


 晶は舌打ちし、正規ルートを放棄。強制介入へと切り替える。



「おいおい、冗談じゃねぇぞ! こいつら学習してやがる!」


 前線のボルスが悲鳴を上げる。


 泥人形たちの動きが変わった。


 最初はただの人形だったものが、リナの剣技やガンドのハンマーを見るや、その形状を変化させ始めたのだ。


 ある個体は腕を鋭利な鎌に変え、ある個体は足元をキャタピラのように変形させて突進してくる。


「『模倣トレース』か……! 戦闘データをリアルタイムで共有しているのか!」


 晶が叫ぶ。


「あと1分! 持ちこたえろ!」


「くそっ、キリがねぇ! 腕が上がらねぇぞ!」


 ガンドがハンマーを取り落とす。ドワーフのスタミナをもってしても限界が近い。


「僕の魔力も枯渇します……!」


 テオが膝をつく。風の勢いが弱まる。


 その綻びを見逃すほど、ナノマシンの群れは甘くなかった。


 ドォォンッ!!


 爆音と共に、防衛ラインの一角が崩れた。


 リナとガンドが弾き飛ばされ、壁に叩きつけられる。


「がはっ……!?」


「リナ! ガンド!」


 一瞬の隙。


 リナたちが空けた穴から、数体の泥人形が雪崩れ込む。


 その標的は――無防備な背中を晒してキーボードを叩く、晶ただ一人。


「アキラ様ッ!!」


 セシリアが飛び出した。


 彼女は戦闘員ではない。だが、誰よりも「守る」ことに長けた魔導師だ。


 彼女は杖を掲げ、晶と泥人形の間に立ちはだかった。


「させません! 『聖なる盾(ホーリー・シールド)』!」


 光の障壁が展開される。


 だが、泥人形の爪は、その光の盾すらも「魔力」として認識し、ズズズと嫌な音を立てて吸収し始めた。


 障壁がガラスのようにヒビ割れる。


「くぅぅっ……!!」


 セシリアの顔が苦痛に歪む。


 魔力を吸われる感覚は、血液を抜かれるに等しい苦痛を伴う。


 それでも、彼女は退かない。


(絶対に……退けない!)


 ここで退けば、晶が死ぬ。世界が終わる。


 その献身が、わずか数秒の時間を作った。


「あと……すこし!」


 晶のタイピングは更に加速する。


 だが……。


 パリンッ!!


 セシリアの盾が砕け散った。


 勢いを増した黒い泥が、セシリアを弾き飛ばす。


「きゃあああっ!!」


 そして、守るものがなくなった晶の喉元へ、漆黒の刃が迫る!


 その距離、わずか数十センチ。


 死の気配は感じ取った。


 だが、晶は振り返らなかった。


 仲間を信じ、恐怖を理性でねじ伏せ、最後の1文字を打ち込む。


 完成だ。


「消え失せろォォォッ!!」


 タァァァァァァァンッ!!!


 晶の拳が、エンターキーを叩き割るほどの勢いで振り下ろされた。


 瞬間。


 キィィィィィィィン……!!


 端末から、人間には聞こえない高周波の制御信号がエリア全体に放射された。


◇ 


 ピタッ。


 晶の首まであと数ミリまで迫っていた泥の刃が、空中で静止した。


 荒い呼吸音だけが、静寂の中に響く。


「……止まった、か……?」


 ボルスが盾を構えたまま呟く。


 次の瞬間。


 ボロボロ……ザァァァ……。


 泥人形たちの輪郭が崩れた。


 粘着質で生物的だった泥が急速に乾燥し、ただの乾いた黒い砂となってサラサラと崩れ落ちていく。


 分子結合を維持するプログラムが書き換えられ、ナノマシンとしての機能を喪失したのだ。


 山のような泥の化け物が、音もなく砂の山へと変わっていく。


「はぁ……はぁ……ぐっ……」


 晶は端末にしがみつくようにして膝をついた。


 全身汗まみれで、指先は痙攣している。


 だが、生きていた。


「アキラ様!」


 セシリアが駆け寄り、晶の体を支える。


 リナ、ボルス、テオ、ガンド、エルウィン、クロウ、ポチ、タマ。


 全員、満身創痍で、泥だらけだった。


 だが、誰一人欠けることなく、3分間を守りきったのだ。


「……助かった。お前たちのおかげだ」 


 晶が震える手で白衣を羽織り直す。


 しかし、安堵する間もなかった。


 一行の視線の先。


 通路の突き当たりにある、封印された巨大な扉。


 その向こうから、地響きのような、さらに深い憎悪に満ちた咆哮が聞こえてきた。


 『ゴォォォォォォォォ……!!』


 ビリビリと空気が震える。


 それは、端末からの制御信号を拒絶し、生き残った「本体」の怒りの声だった。


「……やっぱりな。末端のナノマシンは止められたが、コアを持つ本体は簡単にはいかないか」


 晶はPDAに作成したワクチンデータを転送し、ふらつく足で立ち上がった。


「行くぞ。……次が本当の決戦だ。奴のコアに、直接これを叩き込む」


 その背中を追って、皆が立ち上がる。

 もはや言葉は不要だった。

 彼らは一つのチームとして、最後の扉へと歩みを進めた。


「更新お疲れ様!」「続きが気になる!」と思ってくださった方、ぜひ下の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして、晶の『乳育』と私の『ランキング戦』を応援してください!

現在、異世界年間282位。皆様の1票で200位の壁をぶち抜きたいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ