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第108話:残酷な真実、セシリアの涙

 プシューッ……。


 晶がコンソールを操作すると、最深部の巨大な隔壁が、重苦しい音を立てて左右に開いた。


 溢れ出す眩い光に、一行は思わず腕で顔を覆う。

「……入れ。ここが心臓部だ」


 晶の声に導かれ、一行はゆっくりと中へと足を踏み入れた。


 その瞬間、全員が息を呑んだ。


 そこは、まるで星の内側をくり抜いたような、広大なドーム状の空間だった。


 壁一面に埋め込まれた青いラインが脈動し、無数のホログラムウィンドウが空中に浮遊している。


 そして、部屋の中央。


 床から遥か頭上の天井までを貫く、直径10メートルはあろうかという「光の柱」が鎮座していた。


 青白く、眩い光。


 だが、熱さは感じない。代わりに感じるのは、肌が粟立つほどの濃密な力の波動だ。


「ああ……。なんて……なんて美しい……」


 セシリアが、夢遊病者のようにふらふらと歩み出た。


 その瞳には涙が浮かんでいる。


「感じます……。こここそが、世界のへそ。大いなるマナの源泉……。女神様の息吹が、これほどまでに濃く満ちているなんて……」


 彼女だけではない。テオやリナ、そしてポチまでもが、その光の柱に圧倒され、本能的な畏敬の念を抱いていた。


「肌がピリピリします。呼吸するだけで、枯渇した魔力が瞬時に回復していく……! ここは、聖域そのものです!」


「すげぇ……。これが、この世界の全ての力の源か……」


「くんくん……。お日様の匂いがするのだ」


 ファンタジー世界の住人である彼らにとって、目の前の光景は「神の御業」そのものだった。


 膝をつき、祈りを捧げようとするセシリア。


 タマですら、その威容に神妙な顔をしている。


 だが。


 晶だけは、冷徹な科学者の目でその「光」を見ていた。


(……神殿というよりは、巨大なサーバールームだな)


 晶は祈る仲間たちを横目に、光の柱の根元に設置されたメインコンソールへと向かった。


 物理キーボードと、空中投影ディスプレイ。


 数万年の時を経ても、そのインターフェースは晶にとって馴染み深いものだった。


 カタタッ。


 晶がキーボードを叩く。


『認証:管理者アドミニストレーター権限を確認。ようこそ、月面第3研究所へ』


 システムは生きていた。


 晶は即座に、この光の柱の「成分分析表」を呼び出した。


 画面に羅列される数値、化学式、そして構造図。


「……やはりな。仮説通りだ」


 晶は深く息を吐き、喉の調子を整えるかのように軽く咳払いをした。


 そして、セシリアたちの方へ振り返った。


「セシリア、感動しているところ悪いが……そこにあるのは『魔力』じゃない」


「え……?」


 セシリアが顔を上げる。


「何を仰るのですか? これほどの純粋な魔力の奔流……。これが魔力でなくて、何だと言うのですか?」


 晶はモニターを指差した。


 そして、この世界の根幹を揺るがす、残酷な真実を告げた。


「ここにあるのは『魔力』じゃない。……『自己増殖型ナノマシン』だ」


「なの……ましん……?」


 聞き慣れない言葉に、全員が首を傾げる。


 晶は空中にホログラムを拡大表示した。


 そこに映し出されたのは、肉眼では見えないほど微小な、機械の群れだった。


 虫のような、幾何学的な形をした無数の極小ロボットが、青い光を放ちながら蠢いている。


「お前たちが『魔力マナ』や『エーテル』と呼んでいるものの正体だ。この星の大気中には、古代文明が散布した、この目に見えない機械が充満している」


 晶は淡々と解説を続けた。


「魔力とは、こいつらが運ぶエネルギーのことだ。そして『魔法』とは、こいつらに命令を下すためのプログラムだ」


「ぷろぐらむ……?」


「そうだ。『詠唱』は音声入力コマンド(めいれい)。『杖』や『魔道具』は、命令を届けるための増幅器(ブースター)だ」


 晶は、呆然とするテオの杖を指差した。


「例えば『火球ファイア・ボール』。あれは『空中のナノマシンを集め、分子振動で熱を発生させろ』という命令を送っているに過ぎない。治癒魔法は『細胞修復ナノマシンを活性化させろ』という命令だ」


 かつて、とあるSF作家は言った。


 『十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない』と。


 この世界はまさにそれだった。


 神代の超科学が、文明崩壊後もシステムとして残り続け、人々はそれを「魔法」と呼び、神聖視していたのだ。


「……嘘、です」


 乾いた音がして、セシリアの手から杖が落ちた。


「嘘です……。では、私が身に付けてきた魔法は? 厳しい修行と研鑽の末に習得したこの力は? ただの命令文だったというのですか……?」


 セシリアが膝から崩れ落ちる。


 彼女にとって、魔法は人生そのものだった。


 王立魔導院で学び、理論を積み上げ、才女として誇りを持っていた知識の結晶。


 それが、ただの「古代の道具の使い方」だったなんて。


「私が、私が積み上げてきたものは……偽物だったのですか……」


 絶望に染まるセシリアの瞳から、涙が溢れ出した。


 リナやテオも言葉を失い、かける言葉が見つからない。


 重苦しい沈黙の中、晶が静かに歩み寄り、セシリアの前にしゃがみ込んだ。


「仕組みが分かったからといって、その価値が下がるわけじゃない」


「アキラ、様……」


「お前が誰かを助けたいと願い、言葉コードを紡ぎ、実際に多くの命を救ってきた。……その結果は本物だ」


 晶は、彼女の震える肩に手を置いた。


「それを『魔法』と呼ぶか、『科学』と呼ぶか。呼び方が違うだけで、やっていることの凄さは変わらない」


「ですが、私は……」


「むしろ誇っていい。お前は、古代人が作ったこの超高度なシステムを、マニュアルもなしに感覚だけで使いこなしているんだ。……極めて優秀な『魔導師(オペレーター)』だ」


 晶の真っ直ぐな視線に、セシリアが息を呑む。


 否定されたのではない。


 形を変えて、肯定されたのだ。


「……優秀な、オペレーター……」


「そうだ。胸を張れ、セシリア。お前の魔法技術は、偽物なんかじゃない」


 晶が不器用に頭をポンと撫でると、セシリアは「……はいっ」と声を詰まらせ、大粒の涙を拭った。


 信じていた世界観は揺らいだかもしれない。だが、彼女自身の芯は折れなかった。


 その時だった。


 ビーッ! ビーッ! ビーッ!


 唐突に、コンソールが赤く明滅し、けたたましい警報音が鳴り響いた。


「な、なんだ!?」


「敵襲か!?」


 ボルスとリナが即座に身構える。


 晶がコンソールを見る。


 モニターには『WARNING』の文字と、地下深くのエリアを示す地図が表示されていた。


『警告。封印区画にて、異常発生』


『第7封印結界、破損率80%。……収容物が活性化しています』


「収容物……?」


 晶がキーを叩き、監視カメラの映像を呼び出す。


 そこに映っていたのは、不定形の「黒い泥」のようなものが、結界の中で荒れ狂う姿だった。


 泥は形を変え、獣のように咆哮し、周囲の壁を侵食している。


 それは、ただ見ているだけで吐き気を催すような、生理的な嫌悪感を抱かせるナノマチエールの集合体だった。


『ナノマシン暴走体――コードネーム「黒き獣」の活性化を確認』


「……黒き獣?」


 晶の表情が凍りついた。


 美しい青い光のナノマシンとは対極にある、全てを食らい尽くす黒い捕食者。


「……なるほど。古代文明が滅びた原因は、これか」


 晶が呻くように言った。


 制御を失い、自己増殖と捕食のみを繰り返すようになったナノマシンの成れの果て。


 さながら「グレイ・グー」ならぬ「ブラック・ビースト」といったところか。


『推奨:直ちに排除してください。放置すれば、地上の生態系は48時間以内に崩壊します』


 AIの無慈悲な宣告。


 48時間。


 もしあの黒い泥が地上に溢れ出れば、世界は終わる。


「……どうやら、観光はここまでのようだ」


 晶は全員を振り返った。


 その目には、これまでとは違う、覚悟の色が宿っていた。


「行くぞ。……最後の仕事だ」


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