第107話:ウサギ、サイクロプスを投げる
巨大なアームが晶たちを襲う!
ズドォォォォンッ!!
轟音と共に、床が粉々に砕け散った。
爆心地に立っているのは、高さ5メートルを超える鋼鉄の巨人だ。
太い油圧シリンダーが唸りを上げ、建設機械のような無骨なアームが再び振り上げられる。
それはただの作業機械ではない。
分厚い装甲板に覆われた胸部コックピット、関節部を守る強化フレーム、そして頭部で妖しく光るモノアイ。
さらに、左肩の装甲には、その巨体に相応しい禍々しいステンシル文字が刻まれていた。
『XM-05 CYCLOPS』
一つ目の巨人。
明らかに「戦闘」を想定してチューンナップされた、殺戮兵器だった。
「ひぃぃッ! 潰されるのだ!」
ポチが悲鳴を上げて転がり、そのすぐ横を巨大な鉄拳が掠めた。
風圧だけで体が吹き飛ばされそうになる。
「くそっ、なんて馬鹿力だ! かすっただけでミンチになるぞ!」
ボルスが魔導銃を乱射するが、弾丸は巨人の装甲に当たってキンキンと乾いた音を立てて弾かれるだけだ。
「硬い! 刃が通らねぇ!」
リナが側面から斬りかかるが、ミスリルの剣ですら表面に傷をつけるのがやっとだ。
分厚い装甲板は、物理攻撃を完全にシャットアウトしている。
「ならば魔法で! 『雷撃』!」
テオが雷を放つ。
バチィッ!
青白い電撃が巨人を直撃するが――。
『装甲表面、帯電。アース処理、完了』
巨人はビクともしなかった。
足元のアンカーから電気を地面に逃がし、無効化したのだ。
「魔法も効かねぇのかよ!? 無敵か!?」
「あれは『対魔法コーティング』済みだ! かつての魔法文明との戦争用に作られた兵器らしいからな!」
晶が叫びながら、コンテナの陰に滑り込む。
対魔法戦用重機『サイクロプス』。
それは、魔法使いを殲滅するために開発された、科学文明の遺産だ。
物理防御もそうだが、こと、魔法防御に関してはドラゴンの鱗以上の耐性を持っている。
「逃げるぞ! まともにやり合って勝てる相手じゃない!」
だが、逃げ場はなかった。
巨人が背中のスラスターを吹かし、信じられない速度で回り込んでくる。
退路を断たれた。
(……くそっ、詰みか? いや、『武器』はなくとも、『機械』ならあるはずだ)
晶は必死に周囲を見渡した。
ここは資材搬入ドックだ。荷物を運ぶための機械があるはずだ。
そして、晶の目は捉えた。
ドックの隅、ホコリ除けのシートを被って放置されている「黄色い機体」を。
「……毒を以て毒を制す。重機には重機だ」
晶は叫んだ。
「ボルス! 走れ! 右奥の黄色いシートだ!」
「あぁ!? 隠れる場所なんて探してる場合じゃ……」
「違う! 『あれ』に乗れと言ってるんだ!」
晶の指示に、ボルスが目を剥く。
「はぁ!? 動くかどうかもわからねぇ鉄の棺桶にかよ!」
「動くはずだ! ここは保存状態がいい! それに、お前なら動かせる!」
晶は確信を持って断言した。
「あれの操縦システムは、ロケットと同じ規格だ! あのじゃじゃ馬ロケットを手動で着陸させたお前の腕なら、マニュアルなんぞ読まなくても踊れるはずだ!」
「……へっ、言ってくれるじゃねぇか!」
ボルスがニヤリと笑った。
一か八か。
ボルスは瓦礫を避けながら全力疾走し、黄色いシートを引っ剥がした。
現れたのは、敵のサイクロプスより一回り小さい、作業用の黄色い重機だった。
武装はない。あるのは荷役用の二本のアーム、フォークリフトのような爪だけだ。
だが、その機体の横腹にプリントされた愛称が、不思議とボルスの琴線に触れた。
『月面土木作業用機 T-99 GYOKUTO』
餅をつく兎のデフォルメイラストが、過酷な戦場には似つかわしくない愛嬌を放っている。
「玉兎……? 可愛げな名前のくせに、随分と強そうな兎だなおい!」
ボルスが操縦席によじ登り、スタートボタンを拳で叩いた。
キュイィィィン……!!
数万年の眠りから覚め、タービンが回転を始める。
モニターに光が灯り、操縦桿がボルスの手に吸い付くようにフィットした。
「へっ、なるほどな。ペダルとレバー、それにスティック……。こりゃあロケットの着陸操作に比べりゃ、子供の玩具みてぇなもんだ!」
ボルスがスティックを握りしめるのと同時に、黄色い重機が立ち上がった。
ガシャンッ!!
迫りくる軍事用巨人の鉄拳を、黄色いアームがガッチリと受け止めた。
火花が散る。
鋼鉄と鋼鉄がぶつかり合う、重量級のゴングが鳴った。
「グルラァァァッ!」
ボルスが吼える。
パワーでは軍用機のサイクロプスが勝っている。
民生機の玉兎のフレームが軋み、警告音が鳴り響く。
「ボルス! 力で張り合うな! 機動力を活かせ!」
「わかってらぁ!」
ボルスがペダルを踏み込む。
フットワーク。
玉兎が、ボクサーのような軽快なステップで敵の攻撃を避けた。
ブンッ!
サイクロプスの豪腕フックが空を切る。
「おらよっと! こちとら死線をくぐり抜けてきた冒険者だ! 図体ばかりデカくても当たらなきゃ意味がねぇ!」
ボルスは敵の懐に潜り込むと、敵機の胸部装甲――コックピットハッチに狙いを定めた。
「まずは中のパイロットを引きずり出してやるぜ!」
ガギィンッ!
作業用アームの爪が、敵機のハッチをこじ開け、無理やり引き剥がした。
「観念しな……ッ!?」
ボルスが絶句した。
引き剥がした装甲の下。
だが。
コックピットの中には誰もいなかった!
操縦席は無人。
あるのは、無数に張り巡らされたケーブルと、不気味に赤く明滅するコアユニットだけ。
「なっ……空っぽだ!? 幽霊が動かしてんのか!?」
「違う! それは無人モード、オート・パイロットだ!」
晶が叫ぶ。
無人のコックピットを暴かれたサイクロプスが、まるで「本気モード」に入ったかのごとくトリッキーな動きを見せた。
上半身を180度回転させ、背中のスラスターを玉兎に直撃させてきたのだ。
ブオォォォッ!!
「ぐわぁっ!? 目潰しか!?」
「ボルス! 下がるな! 中身がないなら遠慮はいらん、機体ごと潰せ!」
晶の指示が飛ぶ。
ボルスは熱風に顔をしかめながらも、獰猛に笑った。
「上等だ! 幽霊退治は専門外だが、モンスター退治なら任せな!」
だが……。
サイクロプスは一気にケリをつけに来た。
肩に内蔵された隠し武器、ショックカノンの全砲門を開いてきたのだ。
至近距離での射撃。避けきれない。
保護装甲どころか、ハッチすらない剥き出しの操縦席。いかなボルスといえど、当たれば即死だ。
ならば――。
「撃たれる前に、沈めるッ!!」
ボルスは回避も防御もしなかった。
スラスターを全開にし、さらに深く、敵の胸元へと突っ込んだのだ。
「重量オーバーでも知ったことか! 吹っ飛びな!」
ガシィィンッ!!
玉兎のアームが、敵の胴体を左右からガッチリと挟み込んだ。
逃げ場のないベアハッグ。
そして、自機の姿勢を低くし、脚部のサスペンションとスラスターの推力を全開にする。
「うおりゃあぁぁぁぁぁッ!!」
持ち上げた。
自分より巨大なサイクロプスを、そのまま後方へと反り投げたのだ。
さながら、プロレスの『フロント・スープレックス』だ。
ズドォォォォォォォンッ!!
天地がひっくり返るような衝撃音。
数トンの鉄塊が、美しい放物線を描いて脳天から地面に叩きつけられた。
衝撃で内部回路がショートし、火花が散る。
プスン……。
敵機の赤いモノアイが明滅し、そして消灯した。
「……ふぅ。一丁あがりぃ!!」
ボルスが息を吐き、コクピットから降りてきた。
玉兎からは白い煙が上がっているが、その立ち姿は英雄のそれだった。
「どうだ、俺の操縦テクニックは? これなら文句ねぇだろ?」
「……悔しいけど、カッコよかったぞ。おっさん」
リナが素直に称賛する。
晶は倒れたサイクロプスに近づき、外部ポートから強制停止コードを流し込んでトドメを刺した。
「ボルス、よくやった!お前がいなきゃ今ごろ全滅だったぞ。」
晶の言葉に、ボルスは鼻の下を擦って照れ笑いを浮かべた。
「さて、邪魔者は消えた」
晶はドックの最深部を見据えた。
破壊されたサイクロプスの残骸の向こうに、厳重に閉ざされた巨大な隔壁が鎮座していた。
その隙間からは、神々しいほどの青白い光が漏れ出している。
「……着いたぞ。あの扉の奥が『魔力炉』だ」
世界の真実は、もう目の前だ。
一行は、光が漏れ出す扉へと歩みを進めた。




