第105話:起死回生、プリズム・カウンター!
ウィーン……ガチャッ。
頭上の配管やキャットウォークの隙間から、無数の「目」が現れた。
宙に浮く球状のボディ。その中央には、不気味に赤く輝くレンズ眼。
古代の警備ドローン――『自律機動砲台』だ。
「敵襲! 囲まれています!」
リナが叫び、剣を抜く。
数十機にも及ぶドローンが、一斉に砲門をこちらに向けた。
チャージ音などない。
予備動作もない。
ただ、レンズがカッと閃いただけだった。
シュンッ!
「ッ!?」
音もなく放たれた光の矢が、晶の鼻先を掠めた。
直後。
ジュッ!!
晶の背後にあった太い鉄骨が、飴細工のように赤熱し、音もなく溶け落ちた。
「なっ……!?」
ボルスが目を見開く。
「ば、爆発しねぇぞ!? 鉄が一瞬で蒸発しやがった!」
「物理攻撃ではありません! 純粋な魔力……いいえ、熱量の塊です!」
セシリアが杖を掲げる。
「防ぎます! 皆さんは私の後ろへ! 女神の盾よ、邪悪なる光を拒絶せよ! 『聖光障壁』!」
セシリアの詠唱と共に、半透明の光のドームが展開された。
物理攻撃も魔法攻撃も防ぐ、王立魔導院仕込みの鉄壁の防御魔法だ。
だが。
「馬鹿者! その魔法は駄目だ!」
晶の静止は間に合わなかった。
ドローン群から放たれた数十条の光線が、障壁に殺到する。
ジュッ、ジュワワワッ!
「きゃああっ!?」
セシリアが悲鳴を上げた。
光の盾に着弾した熱線は、弾かれることも、防がれることもなく――そのまま障壁を「素通り」して、内部へと降り注いだ。
「なっ、馬鹿な!? 障壁を貫通しただと!?」
「違う! その結界は『外が見える』だろう!?」
晶が叫ぶ。
「視界を確保するために『可視光線』を通す仕様になっているはずだ! 敵の攻撃は『光』だぞ! お前の盾は、敵の攻撃を通してしまっているんだ!」
「ひ、光……!? 攻撃そのものが光なのですか!?」
「ちっ、説明している暇はない! 全員、物陰に隠れろ!」
晶は呆然とするセシリアの襟首を掴み、近くにあった巨大なプレス機の陰へと滑り込んだ。
リナやボルスたちも、慌ててコンベアの下や柱の裏へと避難する。
ジュッ! ジュッ! ジジジジッ!
直前まで彼らがいた場所が、高熱で焼かれ、黒い焦げ跡に変わっていく。
「くそっ、なんて威力だ! 掠っただけで鎧が溶けるぞ!」
「反撃しようにも、速すぎて見えねぇ! 引き金を引く前に焼かれる!」
物陰に隠れたボルスとクロウが喚く。
隠れているプレス機の分厚い装甲板が、外側からみるみる赤熱していくのが見えた。
敵の攻撃は止まない。
正確無比に、遮蔽物を焼き切ってこちらを炙り出すつもりだ。
「アネキ、どうする!? 剣でも斬れねぇよ、あんなの!」
「落ち着け。……必ず攻略法はある」
晶は熱で歪む空気の中で、冷静に周囲を観察した。
敵は『光学兵器』を使用している。
光速で着弾し、高熱で対象を溶断する。
魔法障壁も物理装甲も無効化する、最強の矛だ。
だが、最強の矛には、必ず対になる盾があるはずだ。
ここは工場だ。何か使えるものはないか。
晶の視線が、頭上のベルトコンベアを走った。
そこで生産されていた「何か」が、キラリと光を反射した。
「……あれは」
コンベアの上を、大量の「銀色の円盤」が流れていた。
直径50センチほどの、薄い金属板。
だが、その表面は異常なほど平滑に磨き上げられ、鏡のように周囲の景色を映し出していた。
(……シリコンウェハーか? いや、超硬度合金の鏡面プレートか)
おそらく、光学機器やソーラーパネルの部品として製造されていたものだろう。
晶は近くに落ちていた一枚を拾い上げると、プレス機の陰から指先だけ出して掲げてみた。
シュンッ!
敵のドローンが即座に反応し、レーザーを撃ち込む。
パカンッ!
軽快な音が響いた。
円盤に直撃した光線は、熱を生むことなく、鋭角に跳ね返り、天井の配管を焼き切った。
(……いける。反射率は99%以上。熱変換される前に弾き返せる)
晶の口元に、不敵な笑みが浮かんだ。
理屈さえ分かれば、対処は簡単だ。
「反撃するぞ。……ポチ、タマ。あのコンベアの上の『鏡』を集めてこい」
「了解なのだ! 任せるのだ!」
晶の指示で、小柄な二人が素早く動き回る。
敵の射線が通らない低い位置を駆け抜け、大量の円盤を回収してきた。
「アキラ様、これをどうするのですか? 盾にするには薄すぎます!」
「盾じゃない。……『矛』にするんだ」
晶はセシリアとテオに向き直った。
「お前たち、『念動力』や『風魔法』で、物体を空中に固定できるな?」
「は、はい。それくらいなら造作もありませんが……」
「よし。私が指示する座標と角度に、この鏡を浮かべろ。……1ミリの狂いも許さんぞ」
晶はPDAの計算アプリを起動し、高速で入力を始めた。
敵の配置。レーザーの射線。鏡の反射角。
空間図形の問題を解くように、戦場を数式へと変換していく。
「作戦名『プリズム・カウンター』だ。……展開!」
晶の号令と共に、セシリアとテオが遮蔽物から飛び出した。
二人は魔法を発動し、数十枚の鏡面円盤を空中に放り投げた。
「固定! 展開せよ!」
フワリ。
魔法の力で、鏡が空中に静止する。
まるで空中に浮かぶ、銀色のステップのように。
『敵性体、捕捉。排除再開』
空中に無防備に晒された鏡に対し、全てのドローンが一斉に照準を合わせた。
全方位からの集中砲火。
「今だ! 角度修正! 入射角30度、仰角15度!」
晶が叫ぶ。
セシリアとテオが、反射的に鏡の角度を微調整する。
シュンッ、シュシュシュシュッ!
数百発のレーザーが一斉に発射された。
それらは全て、正確に鏡へと吸い込まれていく。
カッ……!!
閃光が炸裂した。
だが、それは鏡の破壊音ではなかった。
パカン、パカン、パカンッ!
一枚目の鏡に当たった光は、鋭く反射し、隣の鏡へと飛んだ。
二枚目で反射した光は、さらに三枚目へ。
幾何学的な光のラインが空中に描かれる。
複雑怪奇な反射を繰り返したレーザーは、増幅され、収束し――そして、その切っ先を「発射元」へと向けた。
ジュッ!!
『警告、高熱源接近――ピガッ!?』
ドローンの一体が、自らの放ったレーザーの反射を受け、内側から爆散した。
それを皮切りに、連鎖的な崩壊が始まった。
ドカーン! チュドーン! ババババッ!
空中で乱反射する光の雨。
ドローンたちは、自分がどこから撃たれたのかも理解できぬまま、次々と撃墜されていく。
それは、計算され尽くした光のビリヤードだった。
物理法則という絶対的なルールに従い、光は主人の命令通りに敵を穿つ。
「す、すげぇ……」
ボルスが口を開けて見上げていた。
美しいとさえ思える、幾何学的な殲滅劇。
「敵の攻撃を……全部跳ね返して自滅させやがった……」
「光は直進し、反射する。……単純な理屈だ」
晶は眼鏡の位置を直した。
最後のドローンが爆散し、床に黒い残骸となって落下する。
不快なサイレン音が止み、工場に静寂が戻った。
「ふぅ……。魔法では防げない光も、鏡を使えば制御できるんですね」
セシリアが感心したように鏡を回収する。
ガンドは落ちていた円盤をこっそりと懐に入れていた。
「こいつはいい素材だ。ミスリルコーティングか? 鍋にしたら焦げ付かなそうだ」
「……持っていくなよ。重いぞ」
晶は苦笑しつつ、工場の奥を指差した。
「長居は無用だ。第2波が来る前に抜けるぞ」
一行は残骸の山を越え、工場の最深部へと進んだ。
配管が密になり、空気中の油の匂いが薄れていく。
突き当たりには、これまで見たこともないほど重厚な、円形の金属扉があった。
「……行き止まりか?」
「いや、これは『気密扉』だ」
扉の横には、厳重なセキュリティパネルと、『DANGER(危険)』『CORE SYSTEM(中枢システム)』の文字。
ここから先は、通常の区画とは異なる、特別なエリアであることを示している。
「『重要区画・立入禁止』か。……この奥にサーバーがあるはずだ」
晶はパネルに手をかざした。
『管理者権限・承認』の文字と共に、プシューッという音がして、分厚い扉がゆっくりと開き始めた。
「行くぞ」
一行が中へと足を踏み入れる。
そこは、無機質な白い壁に囲まれた、小さな減圧室のような部屋だった。
全員が入った、その瞬間。
ドスンッ!!
背後の扉が、凄まじい勢いで閉まった。
同時に、正面の扉のロックランプが赤く点灯する。
「なっ!? 閉じ込められた!?」
「罠か!?」
ボルスとリナが扉を叩くが、びくともしない。
そして。
シュゴォォォォ……。
天井の排気口から、空気を吸い出す音が聞こえ始めた。
同時に、晶のPDAが警告音を発する。
『警告。酸素濃度低下。……エリア浄化を開始します』
晶の顔色が変わった。
レーザーの次は、毒ガスか、あるいは――。
「……息を止めろ! 真空にされるぞ!」




