第102話:忠犬タロウ、5万年の時を越えて
「…敵か?」
「魔獣の生き残りかもしれん。構えろ」
リナが剣の柄に手をかけ、ボルスが銃を構える。
ピリリとした緊張が走る中、茂みがガサガサと揺れ――。
バッ!
何かが飛び出してきた。
「グルルルッ! こっちはボクの縄張りなのだ! あっち行けなのだ!」
ポチが即座に威嚇する。
だが、現れた「それ」の姿を見て、全員が目を丸くした。
「……犬?」
それは、体長50センチほどの四足歩行の生物――いや、機械だった。
全身を艶やかな白い装甲で覆われ、関節部分は黒い球体で繋がれている。
耳はレーダーのように可動し、尻尾はアンテナのようにピンと立っている。
顔の部分には黒いバイザーがあり、その奥で二つのカメラアイが赤く光っていた。
(……AIB◯? いや、もっと高度な自律型ペットロボットか)
晶は冷静に分析した。
敵意はない。武装も見当たらない。
ただ、見慣れない侵入者に対して、警戒して距離を取っているようだ。
「ここは通さないのだ!」
ポチがもう一度、吠えるように叫ぶ。
すると、機械の犬は首を傾げ、内蔵スピーカーから音を発した。
『……ガガッ……ワン! ココハトオサナイノダ!』
「むっ!?」
ポチが仰け反った。
機械犬が、ポチの言葉をサンプリングし、まったく同じ音量とイントネーションで撃ち返してきたのだ。
「ま、真似したのだ! 生意気な犬なのだ!」
「お、落ち着けポチ。相手は機械だぞ。言葉が通じているわけじゃない」
リナがなだめるが、ポチのプライドは刺激されたらしい。
「やる気か! 勝負なのだ!」
ポチがジリジリと間合いを詰める。
機械犬もまた、ウィーンという駆動音を立てて身を低くし、迎撃態勢をとる。
一触即発の空気。
獣人と機械、種族を超えたドッグファイトが始まるのか――と思われた、その時だった。
スッ……。
機械犬が警戒を解き、ポチの足元に近づいた。
そして、ポチのお尻の方へ鼻先を向け、フンフンと匂いを嗅ぐ動作をした。
「ひゃっ!? ……む?」
ポチが固まる。
これは、犬同士の挨拶だ。
敵意がないことを確認するための、神聖なる儀式。
「……挨拶なのか?」
ポチは警戒を解き、しゃがみ込んだ。
そして自分も、機械犬のお尻にある充電ポートに鼻を近づけた。
「くんくん……」
数万年前のハイテク素材。
だが、そこに漂っているのは、無機質な匂いだけではなかった。
「……鉄と、煤の匂いがするのだ」
ポチがポツリと言った。
「ガンドの仕事場みたいな……職人のおじちゃんの匂いがするのだ」
おそらく、かつての飼い主の匂いか、あるいはメンテナンスに使われていた潤滑油の匂いだろう。
だが、ポチにとってその匂いは「仲間」の証だった。
「……悪くない奴なのだ」
ポチがニカっと笑う。
すると、機械犬の目が赤から「青」へと変わり、尻尾アンテナをパタパタと振り始めた。
『ワン! ワン!』
「ワンワン! 今日から友達なのだ!」
二匹(?)は互いの周りをグルグルと回り、友情を確かめ合った。
(……犬のコミュニケーション、万国共通すぎるだろ)
「和解したようじゃな。まったく、ハラハラさせおって」
晶とタマが呆れつつも安堵のため息をつく。
「こいつの名前は『タロウ』なのだ! ボクの弟分なのだ!」
「タロウ……。また安直な名前をつけたな」
晶は苦笑したが、否定はしなかった。
この無機質な遺跡で、少しでも温かい交流があるなら、それを止める理由はない。
ポーン!
タロウが口を開け、光の玉を射出した。
ホログラムで作られたボールが、公園の芝生の上を転がっていく。
「わーい! 取ってくるのだー!」
ポチが全速力で追いかける。
タロウも足の裏のローラーで滑るように追いかける。
「ははっ、元気なもんだ」
ボルスが笑い、ガンドがタロウの動きを目で追いながら感心している。
「あの関節の動き……すげぇ技術だ。ゴーレムとはレベルが違うぜ」
「平和じゃのう……。数万年前の機械と、現代の獣人が遊んでおる」
タマが目を細めてその光景を眺めていた。
主を失った機械と、異世界から来た訪問者たち。
奇妙な取り合わせだが、その夜の公園には、確かな温もりが満ちていた。
◇
その夜。
一行が確保した宿舎の一室に、当然のようにタロウも着いてきた。
「ここがボクの寝床なのだ。タロウも入るのだ」
ポチがベッドに潜り込むと、タロウも器用にジャンプしてベッドの足元に丸まった。
ウィーン……と静かな駆動音が、子守唄のように響く。
(……ペット不可の物件だったらどうするんだ)
晶は部屋の隅で、PDAを使ってタロウの信号を解析していた。
セキュリティレベルは低い。簡単にログが読めた。
『個体名:P-9000型』
『登録マスター:主任研究員アーノルド(所在不明)』
『稼働時間:53,400年』
『状態:待機モード(マスターの帰還を待機中)』
(5万年、か……)
晶は、ベッドで幸せそうに眠るポチと、その横でスリープモードに入りながらもランプを点滅させている機械犬を見つめた。
彼は、5万年もの間、誰もいないこの公園で、主人の帰りを待ち続けていたのだ。
そして今日、ようやく「遊んでくれる誰か」に出会えた。
「……いい夢を見ろよ」
晶は部屋の照明を落とし、静かに目を閉じた。




