49...ですから、人違いです。
鉱石を身体に埋め込まれたオレは、その後着替えて直ぐ部屋を追い出された。経過観察しようよ。
去る間際、ジュソーは「どうすんだよこの血」と折角洗った敷布と睨めっこしていて、ヨギリはあははと無邪気に笑いながら「分からないけど、もう一回洗ってみようよ」と提案していた。「絶対落ちねーよ」「落ちない? ボクは少し血の痕があっても気にならないよ」「実はおれも気になんねえ。どっちが使うか戦って決めようぜ」「それ、ジュソーが使うってことになるよ」二人がぽんぽんと話しているのが聞こえた。
どうにかこうにか元魔族ジュソーだけでも話を聞くために連れて行きたかったが、ヨギリの妨害がすごい。話し掛けようとした瞬間にも「時間だよ。面会終わり」と朗らかに告げられる。イジワルだ〜。予定を入れなかったオレが悪い。
とほほと帰る。とぼとぼと歩く。
さて、帰路についたオレは、聞き馴染みのある子ども特有の高い声を耳にした。
「ですから、人違いです」
「うちの子どもだ! うちの子だ!」
「何度も言わせないでください」
棘のある声を放つギョーセーは、見知らぬ老婆に両腕を掴まれて詰め寄られていた。通りすがる周囲の人間が横目に視線を送っては密やかな会話を紡いでいる。どういう状況? オレは取り巻く人間たちに紛れて眺めた。
「勘違いしないで。僕はあなたの子どもではありません」
「間違いない! うちの子だ!」
「はぁ。ですから……」
「おばあちゃん! 何してるの! 困っているでしょ!」
近くのお店からオレくらいの年齢であろう人間が飛び出してくると、ギョーセーから老婆を抱き留めるように引き剥がした。
解放されたギョーセーはいかにも安堵した面持ちで衣服を正している。最中に野次馬に並んだオレを見つけて、むっと口を曲げていた。見つかっちゃった。
老婆を抱き締める孫が申し訳なさそうに口を開く。
「ごめんね。きみが、居なくなったおばあちゃんの末の子どもに似ていたんだと思う……。それで間違えちゃったのかも。驚かせてごめんね」
「……いえ、問題ありません。気を付けて帰ってください」
「う、うん。ありがとうね」
未だに老婆は取り乱したように誰かの名前を叫んでいた。きっとその末の子どもの名前だろうか。孫は「行くよ! おばあちゃん!」と手を引いていく。それでも振り返る瞳は最後までギョーセーを追っていた。……本物の子どもは、自己の判断で出て行ったか、魔族にやられたか、……人間にさらわれたのか。
「コクー。見ているだけですか?」
オレの側に歩いてきたギョーセーは不満そうに言葉を発する。
「ごめんね。自分の子どもに間違われるなんて、もう立派に人間の子どもやっているんだなって不思議で」
「適当なこと言ってますね?」
「うん」
「人間の子どもなんて未知の生き物過ぎて一生分かり合えませんよ……」
「ちっさい人間、まだまともに会ったことないからなぁ」
「話が二転三転どころか四転五転として、まともに考えるこちらの頭の中がこんがらがって星空になります」
「いいね。流れ星が見えるかも。俄然会いたくなった」
オレの至極真面目なお言葉がふざけた返答に聞こえたのだろう、横目に睨め付けられる。意識して目を合わせないまま、この状況への疑問を音に変えた。
「そういえば、ジウと出掛けたんじゃなかったの?」
「ジウは疲れているようだったので、先に帰らせました。僕は惣菜を買ったところです」
「ふうん。帰るとこなら一緒に」
帰ろうよ。共同住居までの道のりを共にするべく提案しかけたが、ギョーセーが人混みの先へ視線を固定させていることに気付く。声を途切れさせるとその目線を振り返って追い掛けた。そこには見覚えのある頭。ギョーセーが代わりにその名を紡ぐ。
「あれ。ビレイじゃないですか?」
「ビレイだ。果物買ってる。オレたちに?」
「どちらかというと……手土産、みたいですね」
小さな籠の中に整列された色鮮やかな旬の果物。飾りまで添えられてとても今日の晩ご飯的な気軽さではない。どこに持って行くんだろうと不躾な思考が過り一つの答えに辿り着く。
「ビレイ、寝たきりの姉がいるらしいんだよね」
「寝たきり?」
「魔族の攻撃にやられて目覚めないんだって」
「魔族に……? どこか頭の打ちどころでも悪かったんでしょうか」
「そんな感じじゃないみたい。魔族の攻撃が原因っぽい」
「今の今まで目覚めない魔族の攻撃……?」
ギョーセーは不可解そうに眉を顰めている。
それもそのはず。長期間眠らせることのできる魔法なんてそんな巧妙な手口はない。と、思われるが……実はオレたちが知らないだけで存在するという可能性だって捨て切れず。考えていたって推測の域を越えない。
会話は魔法からビレイへと戻る。
「まあ、それならお見舞いでしょう。邪魔しない方がいいですね」
「うん。帰り遅くても大丈夫だよってだけ言ってこよ」
「ビレイ〜!」
オレはその影を見失う前に、声を張り上げながら手を振り駆け出した。ビレイが声に導かれ目を丸めて振り返る。
「あんたたち、こんなところで偶然ね」
「姉のお見舞い?」
「ええ、そうよ」
「果物?」
「……まだ、目覚めてないのにね。いつもはあたしの育てた花を持って行くのだけれど、最近慌しくしてたから」
手に持っていたカゴを軽く掲げて見せてくれた。瑞々しい色合いに生まれたばかりの食欲が刺激される。
「ふうん、いいね。晩ご飯はオレたちで用意しとくから、ゆっくり帰ってきて大丈夫だよ」
「あら、そう……?」
提案に際し緩やかな返事を告げたビレイは、それから考え込むように一度視線を外した。あー、と間延びした声が制止を唱えるみたいで、オレたちは次ぐ言葉を待つことに。
「ね。良かったらあんたたちも一緒に来ない? 他人の姉のお見舞いだから、知り合いですらないし無理にとは言わないけれど。目覚めるための何か新しい知見……、というと……あまりにあれね……」
目線を斜め下に落としたビレイは指先をしきりに動かして落ち着かない様子。まつ毛が影を落として不安が見え隠れしている。
ビレイは姉が目覚めるのを信じていると言っていた。でもそれは希望であって目覚める確証ではない。一人こうやって目覚める手段を探しているんだ。
オレとギョーセーは上と下で顔を見合わせた。
「逆に行ってもいいの?」
「え、ええ! 姉に一緒に住んでいる子たちの紹介もさせてちょうだい!」
「それでは手ぶらですがお邪魔しますね」
何が出来るかも分からないしそもそも出来ることなんてないと思うけれど、そんなに暗い面持ちをされていたら断れるはずもない。断る理由もない。
三人足並み揃えて向かった先は、アマノハラ楽園の中の病棟だった。
ツンと鼻腔を擽る特有の香りは、薬草の匂いか。白に溢れる屋内は清潔感に恵まれている。
その幾重にも並ぶ個室の一つ。その戸を軽く叩いて「入るわよ、姉さん」ビレイが声を掛けた後にゆっくりと開いた。
窓から微かな光が差し込む小さな部屋。隅に机と椅子、そして寝台が一つだけある、簡素な作りだ。しかし前回ビレイが持ってきた花か、瓶に飾られた花は誰かが手入れをしてくれていたのだろう枯れてはいない。
先に入室したビレイに続いて、ギョーセーが「こんにちは。お邪魔します」と足を踏み入れ、オレもそれに倣い「こんにちは。お邪魔します」とついていく。
決してひっそりと声を抑えたわけではないのに、寝台に横たわる人物は一切反応を示さない。時が止まったようにただただ重たい瞼を閉ざしている。目を瞑り続けている。
「姉さん。少し久しぶりね。何もなかった?」
傍に立つビレイが屈んで声を掛けた。尚も返事は戻らない。
眠り続ける人間はビレイによく似ている。きっとその瞳の色も同じなんだろうな、と予想できてしまうほど。
その顔立ちを観ていると、ふと既視感に苛まれる。あれ? と思ってギョーセーを見たら、先に違和感を感じ取っていたようでオレを見上げていた。




