47...勇者でいいだろ? 勇者が、いいだろ?
勇者は魔王を殺していない。
華やかな栄光の結末は嘘に塗れている。
「勇者本人が言ってたの?」
「そうだよ。王都に戻ってきてから聞いた」
「もっと詳しく教えて」
「立場も考えず欲しがりだね。魔族の分際で」
「どうか教えてくださいお願いします」
オレは食い気味に低姿勢を貫いた。
ヨギリは後ろを向いて窓辺へ手を伸べる。爪先がちょんと窓硝子に触れると、手のひらを広げた。白い皮膚が陽光に透けるようだ。窓の外には澄み切った蒼天が広がる。
「勇者ヨツユは言っていたよ、ボクにだけ。魔王は死んだ。しかし、私は魔王を殺していない。傷ひとつ付けることすらできなかった……って」
亡き勇者の言葉。これを信じるなら、あのお腹に空いた穴は勇者の攻撃によるものじゃないんだ。そうなると、やっぱり誰かが薬を飲み魔族になって、密かに魔王へ攻撃を放ったのだろうか。
じゃあ誰が、となれば、誰だって薬くらい飲める。その中であの規模の攻撃を果たせそうなの……どうしてもジュソーと目の前のヨギリが脳裏に浮かんだ。強さはもちろん、魔王を攻撃する精神力なんて人間誰もが持ち合わせられるとは思えない。
オレは無言でヨギリを見つめてしまう。
「他に何か聞いた? 誰が魔王を殺したのか、とか」
「何も。詳しくは言いたがらなかったんだよね。言えなかったのか。……犯人が分かるといいね。探偵さん」
そっぽを向いてまるで他人事の声。残念ながらこの人間に疑惑を向けれるほど手札は揃っていない。オレの勘! なんて言ったら笑顔で木っ端微塵にされそう。
「ヨギリー。干してた洗濯物すっかり乾いてたぜ!」
がちゃりと盛大に扉が開き、明るい声が満ちる。
目の前の人間に意識を集中していて足音に全く気付かなかった。一驚を喫する視線は声の主に引き寄せられる。
見覚えのある赤い髪。ジュソーだ。
「…………あ?」
本来この部屋に居る筈のないオレを見て素っ頓狂な声をあげている。
オレだって突然の訪問者に瞠目するばかりだ。それが知り合いとなれば尚のこと。
「ジュソー?」
「コクー! てめーこんなとこで何やってんだよ! ……さてはおれに会いに来て、迷子になったところをヨギリに助けて貰ってたんだろ?」
ジュソーは口元に持って行った手のひらの下でプッとあからさまに小馬鹿にしたような吐息を漏らす。
だめだ。魔族の知能指数が同じだけ低くて辛い。だいたい迷子で片付けようとしてる。
オレは洗濯物の入った籠を抱えたジュソーを横目に見つつ訂正した。
「ジュソーに会う予定はなかったけど」
「おいおい。この間の戦い方見て弟子入りしに来たんじゃねーのかよ」
つまらなそうな唇は尖塔の如く。
「でも会いたかったよ」
「ああ、ああ、そーだろ! 模擬戦でもやるか?」
「それはちょっと……まだ疲労が残ってるし……」
「いつまでも休んでると身体が鈍るぜ?」
「そっちは元気過ぎじゃない? 本当に死に掛けてた?」
「傷が治りゃ問題無え」
「人間には目に見えない疲れってものがあるんだよ」
「そうなのか? 知らなかった。そんな病気患ったこともねーな」
ジュソーはすでに活きが良い。生命力に溢れていて最早眩しい。太陽の快活さにさっぱり乾いた洗濯物がよく似合う。
「で、おれに会いに来てねーなら何しに来たんだよ? ヨギリに用事か? 確か知り合いじゃねーんだよな?」
「んぁ〜……それは……」
オレは咄嗟の言い訳が浮かばずに口内でもごりと言い淀んだ。一番強い人に会いに来ました。ジュソーならこれで乗り切れるかな? 強い奴と戦いに来たのか! おれを倒してからだな! とかそういう勢いで……。
オレが思案に浸っていると、様子を窺っていたヨギリが先に口を開く。
「魔王を殺した人間を探しているんだよ」
「はぁ?」
何でもないことのようにサラッと告げられる。突拍子が無さすぎて当然ジュソーは一度じゃ理解し切れていない。ヨギリとオレを交互に見遣る。オレはせめて詳細を遮ろうと慌てて制止を呼び掛ける。
「ちょっと、ヨギリ」
「それで、楽園で一番強いボクが殺したんじゃないかって疑ってるみたいだね」
阻止失敗。オレの文句は通らずに世間話くらいの軽やかさで強引に続けられる。青空に似つかわしくない血塗られた内容。
ジュソーはさらに困惑の色を強くして、手持ち無沙汰に籠を抱え直していた。
「そうだ。一枚何か布を置いておいて」
「あ、ああ?」
突然のヨギリからの指示にさらに混乱の渦に呑み込まれていく。オレもなんて割って入るべきなのか分からぬままに空虚な外野みたいに佇んだままだ。
「なんで……コクーが魔王を殺した奴を探してんだよ? 勇者だろ? 勇者でいいだろ? 勇者が、いいだろ?」
ジュソーは適当な布を片手に持つ合間にも何とか平静に戻ったのか、一音一音しっかりと声にして発することで不可解さを押し出してくる。人間誰しもが魔王を討った勇者を讃える結末。とても綺麗な幕切れだから。そこに疑問を抱くなんて野暮以外の何ものでもない。
「それはぁ……」
オレが回答を考えあぐねていると、ヨギリが先に言葉を落とした。ヨギリを中心に回った空間は止まらない。
「ジュソー。そいつも、ジュソーと同じだよ」
「はぁ? 同じってなんだよ」
二人で会話を詰めていく。でも同じってなに? 思わずジュソーと同じくぽかんと間の抜けた顔をした。
「ジュソーもそいつも、同じ元魔族だよ」
オレは今日一番の驚きをもってジュソーを見た。
ジュソーもどさりと洗濯物が入った籠を落としてオレを見る。
…………え?




