46...人間として真っ当に生きてみたら?
「双子……?」
この目の前の人間が、勇者と血を分け合った双子の兄弟。オレは双眸をぱちくりと瞬かせてその様相を見た。白と黒の容姿に意識を取られたが、確かに面影があるかもしれない。勇者ならオレも魔王城で見たから。
「似てる……かな」
「会ったことある? 勇者」
陽の光を浴びる人間は視線を落として唇に笑みを形作ったまま、オレの反応に問いを投げる。頷きながら「うん」と応えた。
勇者は双子だったんだ。
オレはふとヨカが、勇者と楽園で一番の実力者を混同させていた件を思い出した。もしかして、この人間が楽園で一番の実力者? だから混同させた?
けど、部屋に刻まれていた名前はヨツユだった。ヨギリではない。……ヨツユはこの人間の双子の兄弟である勇者の方の名前?
確認がてら思考を声に変える。
「……お前、ヨギリ?」
「そうだよ。この部屋は勇者ヨツユと使ってたんだ。魔族に殺されちゃったんだけどね」
オレはなんて答えたらいいか分からず惑いに閉口した。
今すぐ襲ってきそうな気配はないものの、オレは勇者ヨツユすなわちこの人間の兄弟を殺した魔族と同じ種族だ。憎しみの対象となってもおかしくはないのかもしれない。
「……そんなに怯えないでよ。殺されると思ってる?」
「まあ、そうでしょ。オレはお前に敵わないだろうし」
「まだ殺すつもりはないよ。いつでも出来るから。魔族は嫌いだけど、魔族じゃなくなっちゃったちっぽけな存在を蹂躙するほど趣味悪くないからね」
「ちっぽけって……」
魔族の時よりも格段に肉体の能力は下がっているけどさぁ。取るに足らない存在だと扱われている気分。……いや、気分も何もそうなんだろうね。オレの強さはその辺の楽園の人間と然程変わらないし。
「それで、人探ししてるのは分かったけど、どうしてここに? まさかこんなところまで来て、迷子とか馬鹿馬鹿しいこと言わないでね」
「うっ……」
オレの浅はかな考えのせいで精神に攻撃を負う、身勝手に。
ヨギリは淡々と言葉を繋げる。
「勇者が死んだことくらい知ってるよね。勇者の兄弟に会いに来た、ってわけでもないなら……強い人間にでも会いに来た? 楽園で一番の。魔王を殺せそうだからって」
「そんなところ。魔王には大きな穴が空いてた。それは人間もとい勇者が空けたのか、魔族に転換した人間が空けたのか、どっちなのか知りたかったから」
目の前の人間、ヨギリはあははと無邪気に笑う。所詮まだそんな段階だとでも思っているのだろうか。オレは片眉を上げて訝しんだ。
一頻り笑った後に、ヨギリは特徴的な瞳を細めて天井へと視線を向ける。
「そんなことを知ってどうする? 真実を突き詰めて、それをした人間を殺す?」
「……それは……ギョーセーが決める」
「ギョーセー? 魔族の友達か何か? 復讐の大義名分すら掲げないんだ。大事な選択は人任せなんだ。まるで探偵ごっこのお遊びだね。人間の姿になって、周りに馴染んで、真相を追求して……楽しいでしょ」
「楽しくは……」
「死ぬ運命だった魔族の器から解き放たれて、魔族が滅び平和になった人間の世界で生きる。楽しいよ。そんな見つかりもしない犯人探しの探偵ごっこなんか止めて、人間として真っ当に生きてみたら? 今みたいに。まだ間に合うよ」
甘やかさを漂わせた誘惑。このまま人間として生きようと思ったら、きっと生きていける。それだけ精密に人間に転換した。まともにバレたのは、だって楽園で一番強い人間だけだし。そもそも人間の身体をしているものを、人間はわざわざ疑ったりしない。人間にとって、自分と同じ形をしていることはとても重要であるように思える。
人間として、平和に……。
ヨギリは返答のないオレを急かすことなく、さらに言葉を紡いだ。
「ボクは人間とも魔族ともたくさん対峙してきたよ。……とても憎しみを抱えているようには感じられないね。どちらかというと……怯えた人間のような空気を纏っている」
「なんでオレが怯えるの? 適当なことを言うなよ」
漸く言い返したのに幼い子供の台詞になってしまった。うるさいうるさいと自分を否定する存在を遠避けるような。
オレがどうなるかをお前が決めるな、と言わんばかりに睨め付けているにも関わらず、ヨギリは尚薄ら笑いを浮かべていた。交わらない視線がもどかしい。
「これだけ人間がいる世界で、真実に辿り着くなんて無理だと思うよ。人間の世界は複雑だから」
オレは佇んで黙り込んだ。現に知り得ない情報ばかりが溢れていて、真実の欠片を拾い集めても一向にそれは繋がらない。真実を集める度に、また知り得ない何かが増えるだけだ。
人間の世界は人間の手によって謎だらけ。
だとしても。
「……ただ知りたい、って思うことが悪いこと? 何か強い信念がなきゃ、知りたいって思っちゃいけないの? 知ろうとしちゃいけないの? 知りたいという感情の芽を摘むのは、それに不都合さを感じるものたちだよね。知る姿勢を価値のないものにして、楽な方へと縋り付かせる。そうやって他人を操作してるの?」
一息に捲し立てたところで、ヨギリは曲げた唇の形を崩さない。
「不都合ね……」
ただ思うところがあるように言葉を繰り返している。
「操作じゃなくて、慈悲だよ。今ならまだ引き返せるってこと」
「……訳が分かんない」
分かんない、けれども。もしかして。ジュソーやヨギリの実力者が魔王のお腹に大きな穴を空けた可能性がある……?
しかし深くまで考えている余裕は無いな。手札を見せたオレがこの後どうなるのか、そこに意識を向けなくちゃいけない。
もしヨギリが探していた人物なのだとしたら、ヨギリはさっさと面倒臭いオレたちという存在を抹消したいだろうし。
オレのそんな想像と裏腹に、ヨギリはひそやかに呟く。
「……知りたいならひとつ教えてあげる。勇者ヨツユは魔王を殺していないよ」




