45...入って。
王都に戻ってきた。
とても長い間、留守にしていた気がするけれど、日数に変換してみると大したことはなくて。自室に荷物を放り込むと朝から晩を超えて朝まで眠った。そのせいか目覚めと共に空腹を感じることに。
隣の寝台を見た。ジウはいない。綺麗に整えられた布団だけがある。
未だ零れる大きな欠伸と、ぼさついた髪を片手で搔きあげながら二階から下りる。
……人の気配がしない。居間は無人だ。
卓上に一枚紙が置いてある。
『みんな疲れてるわね。明後日くらいまでご飯の当番代わってあげるわ! ビレイ』
その横に簡素なねこちゃんの落書き。
『ありがとうビレイさん! お花買いにお出掛けしてきまーす! ジウ』
その横に丸々と可愛らしいねこちゃんの落書き。
『ジウに付いて行きます。帰りに惣菜買ってきます。 ギョーセー』
その横に歪でいっそ恐ろしいねこちゃんの落書き。
……ギョーセー、絵心ないなぁ……。
『でかける コクー』
すごくうまいねこちゃんの落書きを添えて。
書き終わった紙切れを横に滑らせた。
卓上には他に、膨れた布が置いてある。ふいと布を引くと美味しそうな料理が姿を現した。ビレイが作り置きしておいてくれたんだ。香る匂いにぐうと腹の虫が正直に喚く。
あれから四人はほんの少しだけ、本人が気付く程度の些細なギクシャクを残したが、だからといって任務前と交わす言葉は変わっていない。
丁寧に一口分の大きさに切られたお肉を摘んでぽいと口内に放る。複雑な味の中でじわと肉汁が溢れた。
「うまぁ」
空腹を満たした後は身なりを外出用に整えて、ふらりと外に出たオレはアマノハラ楽園へと向かった。
ジュソーであんなに強かったのに、楽園で一番強い人間……どんな人間なんだろう。魔王のお腹を空っぽにできちゃうのかな。ジュソーが実際にやってたし。まあ相手は魔力の尽き掛けた魔族だったからな……。
しかし出発したはいいものの、その凄い人物の在所を知っているわけではないから何となく一番居そうな場所に目星を付けて来ただけだ。
楽園の門を潜って、お城に一番近い建物へと向かう。看板には寄宿舎と書かれていた。敷地内に幾つか寄宿舎はあれど、その中でも特に……分かりやすく立派だ。うーん、居そう。そんな頼りない感覚を励みに侵入を試みることにした。いやいや、ちがう、これは見学だよ。
煌びやかな入口は、不特定多数が入るだけあって警備は居なかった。楽園敷地内に入るまでに警備がいるし、この寄宿舎は強い人間がいるだろうし、そんなもんか。
扉に手を掛ける。鍵も掛かっていない。オレはしょっちゅう家を開けっぱなしにしてビレイにこらっとされているのに。
入れるのなら入ってしまおう。見つかったら迷子とか見学とか言えばいいでしょ、悪いことをしに来たわけじゃないしね。
ゆっくりと物音を立てないように扉を開く。その先は、外側の絢爛さに比べて不必要なものが置いていない簡素さを保っていた。清潔さは断然あるけれど、例えば城に置いてあったよく分からない像とか壺とか置物とか、そういうものはない。
ひたり、と足を踏み入れた刹那にぞわりと身体に違和感が巡る。その正体は分からない。
オレは思わず腕をさすった。視線、があるわけじゃない。のに、見られているような感覚。……戻った方がいい? それは逆に怪しい……?
意を決してオレは歩みを進める。広い空間。長い廊下。狂わぬ静寂さ。窓から太陽の光が差し込むここは、どこか非現実的に感じられる建物の中。個室に入るのは言い訳のしようがないため、オレは廊下を歩くのみ。とはいえ一室がとても広いのだろう、扉自体がそもそも極めて少ない。その個室と思われる扉には名前が刻まれていた。
一番強い人間、確かヨギリだったかな……。その名前を探してみよう。ちがう。ちがう。ちがう。何度か階段を上がって、廊下を歩いて、最後の部屋に辿り着く。
一瞬、見つけた、と思ってもちがった。ヨツユ……。惜しい。って、名前が惜しくても意味ないんだけどさぁ。
結局ヨギリという人間の部屋は無かったから、ここには居ないみたいだ。
オレはがっかりして帰ろうと横を向いた瞬間、ヨツユと刻まれた扉の向こうから凛とした声が響く。
「入って」
なるべく足音は殺してきたがために、まさかバレるとは思わずオレはその場に足を止めて鼓動を早くさせた。
「入って」
同じ言句が落とされる。これ、オレに言われているよね……。
「もう帰るから」
「逃げないで。隠し事、バレたくないんだよね?」
帰ろうと抗うオレの有無を取り上げる。隠し事って、なに。魔族だって気付いているの?
「……分かった。入るから」
扉の向こうからあははと怪しく笑う声が響いた。引き返せない手のひらの慎重な動作は警戒を如実に示す。
鍵の掛かっていない扉の中は、さらに廊下に繋がり幾つかの部屋に分かれていた。一番奥の部屋の扉が、少しだけ開いている。
「こっちこっち」
奥の扉の隙間から声が漏れ出た。招かれている。
オレは誘われるままにその方向へと歩き出した。
「そうだね、こっちだ」
声がする扉に手を添えて開き始める。隙間から日差しが入り込んで少し目が眩んだ。それでも魂胆が分からないが故逸らせずに、細めた眼差しを部屋の中に送る。
窓際に逆光を背負った人間が立っていた。白い髪に、白い瞳。……でも、白目の部分が黒く染まっている。人間、だよね。
「どうして魔族がここにいる?」
その人物は、視線を床に落としたまま問い掛ける。
オレはどきりと怯む心臓を表出させないようにしらばっくれた。
「見て分かんない? 人間だけど」
「人間の装いをしている、魔族だね」
こちらを見ようともせずに断定する物言いは、求めた回答以外を受け付けない。
オレが口を閉ざすと、目の前の人間はあはと一笑する。
「何も言えない? じゃあ死ぬ?」
白い人間が横に立て掛けられていた長い杖を手にすると、その先端をこちらへと向けた。
煌めく鉱石に聖なる力が注がれる。圧倒的な量。しかし手心を加えている甘やかな表情で。
「魔王の身体を貫いた者を探しているの」
嘘すら見抜いてしまいそうで、オレは真実を有り体に口にする。魔族だってバレた時点で何を隠しても無意味だ。
「そう。それって勇者のこと? 勇者は死んだよ。知ってるよね?」
「勇者じゃないかもしれないから、探してるの」
「どうしてそう思う?」
「……人間と魔族、種族を転換させる薬があるから」
「そこまで知ってるんだ」
すごいすごいと笑みを浮かべている。
この人間は何かを知っていそう。でも力量の差がオレと開き過ぎていて、おもちゃのように遊ばれている感覚だ。
「何か、知ってるの?」
「どうだろう。でも、勇者はボクの双子の兄弟だから、何かは知っているよ」




