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44... まあ、って何なの!?


 四人が合流した最初の地点に戻ってくると、俯き加減の強いカンライが小さく口を開いた。


「じゃあ……自分たちは報告に行かないとだから……先に王都戻るね……」

「じゃあなー」


 ジュソーも名残惜しさの欠片も見せず、身軽に手を振ってみせる。

 こちらの私情で幾つか気になる点はあるけれど……引き留める口実も無くて。事を荒立てる必要も無くて。全員どうせ王都に戻るのだから、今この場は和やかな別れとした。睡眠不足に陥った思考で、人間として切り抜けられるとは思えないし。欠伸を噛み殺すオレの片手がひらりと宙を舞う。


「じゃあね。どっかで会ったらよろしく」


 木々の合間に消える二人の背を見送って、今度はヨカと向き合った。


「ヨカはどうする?」

「乗り物が再度整備が必要だからな……王都へ引き上げる手伝いをしたら、共に馬車で戻る予定だ。貴様は?」

「オレはぁ……」



「コクー! あんた何やってたの!?」


 鼓膜を大きく揺るがす声に、オレは圧倒されるがままに目をきょとんと丸めてその主を追った。ヨカも一声の勢いに肩の衣服をずるりと落としそうになっている。キーンと森林に響き渡る迫力だ。

 ねえ。今から会いに行こうと思ってたんだよ、ビレイ。いまさらそれは言い訳にしかならないね。


「ちょっと、いろいろあって」

「いろいろって何よ! 災厄に巻き込まれたと思って心配したのよ!」


 つかつかと大股に距離を詰められ、怒涛の勢いで捲し立てられる。いろいろは、本当にいろいろで。何度も生と死の境に降り立った心地で。ビレイを見て日常を取り戻した心境にすらなった。


「まあ、ごめんビレイ」

「まあ、って何なの!? ジウもギョーセーもいないし、周りに聞いたら飛んで行くのを見たって言うんだもの……」

「うん。そっちも大変だった?」

「そうね、怪我人が多くて……じゃなくて! 三人とも無事ね!?」

「無事だよ。ジウが少し……疲れてる、かも、だけど」

「そう……。何があったか分からないけど、しっかり休みましょ。ヨカも様子を見てきてくれたのよね? ありがと、助かったわ」

「いや、問題無い」


 心配が故か叱責を言い募るビレイからやや距離を取っていたヨカが、腕を組んだまま応えている。ビレイからの依頼の遂行、となればこれ以上オレに付き合う理由もなくて。ヨカはオレを見ると、すれ違いざまに肘でこつんと突っついてきて最後ににやりと横柄に口角を上げた。


「心配掛けた分、こってりとしぼられるんだな」


 ハハハ! と笑う音が踵を返して去って行く。

 ……模擬戦の時に、心配した妹を秘密裏に呼んだの、根に持ってる……。もしくは誑かしたのを……? 別に誑かしてないけど……。


「コクー! ちょっと聞いてるの? それで、ジウとギョーセーは?」

「ああ、二人は……」


 オレはちらとビレイを見上げる。ビレイは不思議そうに首を傾げてみせた。


 楽園と繋がり深いビレイに天帝のことを直接伝えるのは時期尚早に思えたから、オレは最初と結末のみを掻い摘んで話すことにする。「ジウと空を飛んでギョーセーを助けに追ったら、空からギョーセーが降って来て三人で落っこちた」と。「それでジウが疲労とかで熱が出ちゃったから、体を食らう湖近くの村で休んでいる」と。

 ……大部分を取り除いてしまっているけれど、ジウの問題を勝手に話すのは違う気がするし。合点のいかない部分は、強引に、その後災厄の範囲を調べに行っていたと上塗りした。


 とはいえ、何かを隠しているという点は否応なしに相手に汲まれてしまうはず。

 それでもビレイは追求してこない。監視しているものと、されているもの。その歪な関係性が秘密を暴くのを躊躇させるのだろう。全て話すことを強行したとして、それが真実である保証は何もない。信頼関係に亀裂を刻んでまで明らかにする必要があるのか。

 ……反応を窺うに、ビレイは天帝について何も知らなそう。説明に対して困惑が有り体に滲み出ているし。


 ビレイが困ったように眉を下げている。半開きになった唇は忙しない言葉を喉奥へと飲み込んでしまったようだ。


「心配掛けたなら、……心配掛けてごめんね」


 オレは再度謝罪を口にする。話せること、話せないこと、監視するもの、監視されるものの差はあれど、心配は偽りないものとして受け取っておくことにした。

 ぺこりと形として頭を下げると、ビレイは口籠るもどかしさを溜息に溶かして「……無事なら、それでいいのよ」と微笑んでいた。




 その日は現場の片付けや王都へ引き上げる手伝いをして過ごした。

 翌朝、オレとビレイは再び体を食らう湖の側の村へと赴く。ジウもヨカもいないから、徒歩でひたすらに歩き続けて。何度めかの往復。

 それでも村のみんなは明るくおかえりと出迎えてくれた。「服、汚しちゃった」と告げても、笑みは絶えることなくまた服を差し出される。お金の価値を知ったオレは親切を施す村人を苦しめたいわけでもないから、両手を振って固辞した。自分たちの死後のための親切だとしても、徹底した親切心は真似できたものではない。


 借りていた部屋を指の関節で叩いて後に開けると、寝台に横たわるジウと隣の椅子に腰掛けたギョーセーが居た。

 よくよく見ると、眠るジウの手がギョーセーの人差し指を握り締めている。捕まったんだ。そう思ったからそのまま言語化した。


「捕まったんだ」

「そうですね……。魘されていたので起こした方がいいのかと思ったら、捕まりました」

「逃げないの?」

「魘されなくなったので、そのままでいいかと」

「ギョーセーってジウに優しいよね」


 思ったことを虚飾なしに口にすると、ギョーセーが驚いたように目を見張らせてから、呆れたように半目になる。


「あなたがそれを言うんですか? 大概ですよ?」

「そう? なんでだろ」


 魔族だと知って尚仲良くしようと手を差し出してくれるからかな。それで結果として魘されるほど辛くなっているなんて。自身のことだから見捨てればよかったなんてとても言えやしないけど。


「ジウ、熱があったって聞いたけど、今はどう?」


 後ろから顔を覗かせたビレイが尋ねる。ギョーセーは会釈をした流れでジウへ視線を持っていくと。


「熱は下がりました。元気かと言われると、おそらくから元気でしょう」

「そう……。長距離の移動、出来るかしら」


「大丈夫だよっ、ビレイさん」


 ビレイの気掛かりに答えたのはジウ本人だった。

 舌足らずな物言いはまだ微睡みの淵に立っていそうだけれど、薄く目を開いて唇を緩ませている。


「あら、起こしちゃった?」

「ううんっ。ずっと寝てばっかりだから、もう眠れないな〜って! コクーも戻ってきたんだね。おかえりなさいっ!」

「ただいま〜」


 緩慢な口調で応えると、ジウが弱々しくも笑みを咲かせる。


「熱が下がったなら良かったわ。でも、あまり寝ている子の部屋に長居してたらダメね。あたし、先に果物買いに行ってくるわ」


 ビレイが後ろ手に扉を開けると先に部屋を後にした。

 しんと一度室内が静まり返って、ジウはギョーセーの指を握り直し、空いていた方の手でオレの手を取るときゅっと唇を結び直したあとに。


「……あのねっ、本当に大丈夫だからっ! 二人が……こう、何か気に病むようなことはっ! 何もないからっ! もともと無いんだけれどもっ! いつも助けてもらってて!」


 慌てた声音が弾ける。魔族だということを気にしないでと言いたげに。……逆に、魔族の友だちを天帝に差し出すことのできなかったジウが気を病ませそうだよ。そんな考えは生じないのかもしれないけどね。


 オレとギョーセーは顔を見合わせた。

 今も虚無を過ごす親を想って苦しむジウに、掛ける言葉を探す。

 お母さんのためにも笑って過ごすべき? 悲しんでたら、お母さんも悲しくなると思う? いつか親を助けようね?


 ……ギョーセーは、魔王が死んで自分は楽しまない方がいいと思っている。

 ビレイは、姉が寝たきりになってそれでも自分が楽しむことを認めようとしている。

 ヨカは父親が殺された可能性を残してはいるけれど、妹によって自然体を取り戻しているように見える。


 耳触りの良い言葉で相手の不自由を取り除ける? 目の前の人間は誰もがみんな異なる心を有している。結局はオレの意見を言うしかないんだ。



「オレは、ジウの笑った顔、好きだよ」


「……えっ!? な、な、なにっ? とつぜん……ど、どうしちゃった?」


 一瞬間を置いて、放った言葉の意味を吸収できたジウが顔に含羞の色をのせたままぼさついた髪を手櫛で整えている。


「うん、好き」


「へあ、はわっ」


「ジウの笑った顔が好き。ギョーセーの笑った顔も好き。ビレイやヨカの笑った顔も好きだよ」


「えと。こ、コクー……?」


「なるようにしかならない世界だけど、それだけはジウに知っておいてもらおうと思って」




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