43...心臓を切り取って、それを心だと答えるものはいない。
魔力で成り立っていた魔族の身体が、細かな粒となって風に消えた。魔族の思念ってどうなるんだろう。眠ることを知らない魔族が、眠るように暗闇へと意識を閉ざしていくのだろうか。……魔族の心はどこに宿るんだろう。
「ねえ。人間の心ってどこにあるの?」
「心……」
突然の質問にヨカがまるで考えたことも無かったと言わんばかりに面を食らって、それから顎に指を添えて視線を横にずらしている。考え込む素振りそのままに回答を紡いだ。
「脳や……ここにある、といった意見が一般的だろう」
ヨカは、ここ……で、自身の胸を親指でとんとんと示している。
「胸の中?」
「そう。心臓由来だろうな。心、謂わば魂と生死を直結させている」
「脳っていうのは?」
「心、謂わば精神。先天的なもの、もしくは記憶や経験から培われていくものとして扱われている」
「じゃあさ、脳も心臓もない魔族に心はないの?」
オレが横を向いて問い掛ければ、ヨカがオレの両手を取って聖なる力で治癒の続きを施してくれる。もうだいぶ傷口は塞がれているのに、律儀だ。
「さあな。奴らとは生態がまるで違うからな。……だが、心臓を切り取って、それを心だと答えるものはいない。脳を切り取って、それを心だと答えるものものいない。心臓も脳も、心ではない。結局は目に見えていないんだ」
「うーん……そっか」
答えに辿り着いたような二の足を踏んでいるような感覚。じわりじわりと痛みの減っていく両手を見つめながら相槌を打つ。白い皮膚が元に戻って、ヨカはオレの手を離した。こちらを見る双眸がどうだと暗に確認を告げている。
試しにぐーぱーと握り広げてを繰り返す両手。それを眺めていた視界の隅に、ふときらりと煌めく何かを見つける。さっき落とした鉱石かなと指先で摘んで拾い上げた。
こんな形だったっけ。
「これ……落とした鉱石こんなんだった?」
親指と人差し指に摘まれた鉱石を頭上に掲げて月明かりに翳してみよう。中身が濁った石は落としたそれとは異なる気がする。
「いや、これは別の種類の鉱石だな。力の許容量も小さく加工にも向かない。ただ入手が容易であるため、遥か昔に聖なる力の媒体として使われていたものだ。……形は、人の手で整えられているようだが……」
隣から鈍く輝くそれを見上げてヨカが説明をする。
「この魔族が落としたのかな」
「魔族が? 鉱石を? ありえない。鉱石は魔力を享受しない。偶然落ちていたんだろう」
「こんな所に? 偶然? そうかなぁ……」
綺麗に整えられた鉱石は泥汚れ一つ無い。傷も無い、ということは聖なる力は注がれてはいないのか。再度捨て置くのは憚られて、服の中へと締まっておくことにした。
「傷はどうだ?」
負傷したジュソーとその治癒を施すカンライの側へと戻ると、ヨカが確認を投げる。薄ら汗を張り付けたカンライはちらとこちらを見上げてから。
「もう少し……掛かりそうかも……」
「その辺で切り上げて、痛みを学習させた方がいいんじゃないのか?」
「ツレねーなぁ。魔族を倒してやっただろーが」
傷付いた上半身を露わにしたままあぐらをかいているジュソーが、背中越しに不平を紡ぐ。出血は全体的に止まったみたいだ。
命に別状がないとなれば、ヨカの唇も止まらない。
「その無謀さは死ぬまで改めないつもりか?」
「死んでも改めねーけど?」
「フン。俺たちが瓦解する方が早そうだな」
「そんときは屍を乗り越えてってくれよ」
「原因である貴様が真っ先にやられてはくれないだろ」
「あー、強くてわりぃ」
「人外じみた頑丈さを説いたんだ」
うん。ジュソー、元気みたい。これだけ話せるなら問題ないね。オレもその場に座り込んで、暫く治療の終わりを待つことにした。
一件落着。気が抜けたオレはふぁと欠伸を零す。……それにしても疲れた。折角の睡眠時間だったのに。うとうとと眠気を催す頃。
「……あーあ、明るくなってきちゃった……」
カンライがひどく憂鬱そうに陽光が広がりつつある方角を見た。少しずつ空が白み、薄明を迎え始めている。
四人で平穏な朝日を浴びた。また、今日が始まる。
魔族二人との邂逅、別離。それぞれがあっという間の出来事だった。
その後は睡眠不足以外、これといって何事も無く。災厄に侵された土地を進むのみ。
道中、オレは質問をする。
「ジュソー。強くなるためには命知らずになんなきゃダメ?」
「ああ。戦闘において恐怖心が一番の敵だぜ?」
「適当なことを抜かすな。命知らずは、以上も以下もなくただの無謀な命知らずだ。生き残ることを前提に入れろ」
「そーやって保身を一番に考えてるから隙が出来んだよ」
「貴様は隙だらけだろうが」
「おれの場合は わ ざ と 大丈夫な隙を作ってんだよなぁ。懐に入れりゃ攻撃すんのも楽だしよ」
「……無駄な負傷を……無駄なぁ負傷をぉ……。治す方の身にもなってほしいよ……」
道中、ジュソーが身震いをする。
「おいおい。流石に肌寒ぃーよ」
「仕方ないでしょ……服は血塗れで穴空いててボロ切れだし……。持ってた着替えはコクーに渡したし……」
「もっと着替え持ってくれば良かったね」
「コクー、一着も持ってきてねー奴が堂々と言うな。奪っといて飄々と言うな」
「んじゃあさ、ヨカに貸して貰ったら?」
「は?」
「はぁ〜!? こいつのは借りたくねえ」
「安心しろ。こちらから願い下げだ」
「おい、てめ」
「断る」
「食い気味に断んな」
道中、カンライが何かを書いている。
「カンライ。それなに?」
「報告書の下書き……」
「歩いて書いてたら転ぶよ」
「……ただ歩いてるのって時間の無駄に感じられて……ながら歩きしたくなるんだよ……」
「転ぶってば」
「自分から離れてて……」
「巻き込まないでとかじゃなくて。転ぶの視野に入れてでも書くんだ?」
「放っとけよコクー。こいつ忙しいからそうでもしないと時間捻出できねーんだよ」
「人間は食べて寝て休まないと体調を崩す生き物なんだよ?」
「な。分かってんのに基礎を疎かにして、人間の応用ばっかする。意味わかんねー」
「……」
「あ。ヨカが身に覚えあるって顔してる」
「こいつもこいつで自ら多忙に身を埋めてるらしいからなー。よくやるぜ」
道中、ヨカが聖なる力の使い方を指導する。
「だから、治癒は一定の速度で聖なる力を注がなくてはならない。コクー」
「やってるけど〜?」
「出来ていないことを指摘しているんだ」
「むずかしい」
「分かるぜ、おれも治癒はてんで苦手だし」
「苦手とかある……? ただ一定の量を一定の速度で送るだけでしょ……。二人とも、どばどば送り過ぎ……。たくさん送れば治るわけじゃないよ……身体に負荷が掛かって血肉が暴発するから……」
「こわ〜」
「こえー」
「怖いのはこっちだよ……分かってる……? ヨカと自分が怪我した場合は、その危険を背負ってるの……。戦いしか頭にないやつって、ほんといや……」
「オレは戦い以外も頭にあるよ」
「例えば……?」
「今日は布団の中で寝たいなとか」
「……」
「……」
「……自分も……」
災厄範囲の調査は無事に終わった。




