42...すでに多くの死が退路を塞いでいる。
「魔族……」
聞き覚えしかない言葉。自分への指摘ではないのに背筋に変な汗を掻く。痛みでのたうち回ったから既に汗でぐっしょりだけれど。
同時に、もしかしてジュソーが魔族に化けていたのだろうかとも想像が巡る。この恐れ知らずの好戦的な姿、魔王を前にしても怯まなそうだ。
ただひたすらに、痛みも死も足蹴に戦いに身を投じる。
「……人間だって、自分の痛みや死を乗り越える瞬間はある……。苦しくても戦わないとって……。でもあれの場合は……自分たちが居るのに、逃げれるのに、一人で戦っている。自分たちが手を貸せばもっと痛苦は少なくて済むだろうに……。もうさぁ、魔族を倒すことが目的なんじゃないんだよ……戦うことが目的なんだよ……あれは……。命を何だと思ってるんだろ……。後悔する日はこないのかな……」
例えばこの瞬間に死んだとして。自らが希望した戦いだから何の後悔も抱かないのだろうか。
手助け出来る存在が近くにいるのに、孤高を望む。孤高で臨む。
「……高潔な戦いなんだか知らないけど、こんなの自分からすると快楽による無駄死にと一緒……」
カンライがぶつぶつと唱えていた。その間にもジュソーは果敢に攻めていく。最早こちらが手出しをした方が足を引っ張ってしまいそうだ。
「魔力が尽きてきてんじゃねーのか!? 身体、無くなってきてるぜ!」
攻撃や身体能力の向上で魔力を消費する一方なのだろう、魔族の身体は少しずつ無くなってきている。
そして、とうとう、がくんっと魔族が足を崩した。膝のあたりに魔力の欠損がある、片膝を地面に付けた。
ジュソーはその隙を見逃さない。一気に距離を縮める。
亀裂の走った大剣が、倒れ行く魔族の胸元に深く突き刺さって、その魔力の塊を地面へと縫い留めた。ずぶずぶと魔族の胸元を通った刃が地面へと潜っていく。
ふとぽたりと赤が滴った。決して魔族の血ではない、魔族に血は流れていない。……突き刺した本人が至る所から血を流している。血走った目から痛みを凌駕していることが分かった。
「はあああぁっ!」
ジュソーが月夜に吠えながらさらに聖なる力を注ぐ。魔族の胸元を貫く剣が怪しく輝き、その剣身をジュソーがずずずと重たそうに回し始めた。鼻から耳から、血を滴らせながら。一見残酷な画だけれど、魔族は痛みを感じない。故に無表情。胸元を剣で抉られていたって、その感覚はない。拷問のような辛苦は、むしろその名の通り死ぬ気で抉っているジュソーが受けることになる。
「流石に止めた方がよくない? 死んじゃうよ」
「……任せて」
オレの言葉を受けたカンライは、縄を蛇のように操った。縄先はジュソーの胴体に触れると一息に何重にも巻き付いて、その傷付いた体躯をこちら側へと手繰り寄せる。大剣は魔族の胸元から抜かれてその場に落ちた。ジュソーはといえば引く最中にも離せとかまだやってんだろみたいな文句が聞こえたけれど、どんなに血の気が多い人間であろうとも、人間であるからこそ血を流し過ぎたようで唐突にかくんと頭が力無く仰け反った。
「まさか死んでないよね……?」
「……気、失った……んだと思う……たぶん……」
カンライが弱々しい声音で断定を避ける。気持ちは分かるよ、だって死体だと言われても納得してしまいそうだ。
引っ張ってきたジュソーを覗き込む。何とか呼吸はしている。カンライが縄を投げ出して治癒を施し始めた。
「ヨカ。オレはもう大丈夫だから、ジュソーをお願い」
「分かっている。残りは後で治すから安静にさせておけ」
「ありがとね」
ヨカがオレの治癒を切り上げて、代わりに危険な状態であるジュソーの手助けに入った。オレの血は止まっているし、ひりひりと疼く感じは残るものの両手はだいぶ良くなっている。
オレは負傷したジュソーたちの側をそうっと離れて、魔力の塵となりいく魔族へと歩みを進めた。胸元に大きな穴が空いている。大穴。見覚えがある……。偶然……?
「……もう消えるの?」
魔族へ声を落とした。空を向いていたその瞳が、オレへと向けられる。低い声が空気を揺らす。
「喜ばぬのか」
「お前が消えるのに嬉しいことなんて何もないじゃん」
「何を戯けたことを。人間のみの世界を望んだのだろう」
「……人間だけの世界かぁ。まるっと平和な世界じゃないんだよ。知ってた?」
「知っている。人間はそんなものだ」
「そーなんだ……」
「人間が諸悪の根源だ。何故魔族が迫害されなければならないのか」
もう身体を動かせるほどの魔力も残っていないのだろう。ぽろぽろとその身体が崩れていく。
「迫害などしていない。貴様らが人間を殺すことを止めれずに対立していったんだ」
オレが魔族の側に来たことに気付いたらしく、ヨカが後ろから歩いてきていた。横目にジュソーを見ると、意識を戻したのか上半身を起こしてカンライに治癒を施されていた。危機的な状況は脱したみたい。
「……迫害の歴史は、迫害したものは残さない」
「最初から相容れなかったのだろう。それは迫害とは呼ばない。ただの戦争からの、滅亡だ」
「戦争か……。始まりは征伐と呼ばれていた」
「何が言いたい?」
「どちらが先だったのか。我々はどこかで間違ったのだろうか」
魔族は歴史に問い掛ける。今を生きる人間は語り継がれた歴史の上に生まれただけ、その正しい答えを知っている者はいるのだろうか。
「……嘘や偽り含めて過去を修正することは出来ない。未来を変えることが出来ても。……始まったのなら、いつかは決着を付けねば終わらせられない。すでに多くの死が退路を塞いでいる。どちらかが全てを背負い生き続けるだけだ」
魔族がオレの横に佇むヨカを視線で追った。もう魔族は、魔族の形をしていない。
「……友人と同じ目の色をしているな」
何でもない一言を呟いて、砂のようにさらさらと宙へと溶けていった。最期に、ヨカの瞳に友人を垣間見たのだろうか。ここにずっと一人でいた魔族にも友人と呼ぶものがいたんだな。それだってもうこの世には残っていないのだろう。
世界は不変じゃない。一刻一寸と在り方を変えていく。




