41...人間のせいで、我々の平和が脅かされた。
喉が痛い、押し潰されたみたいだ。
未だ荒い呼吸が繰り返される。空気の足りていなかった視界が今更ちかちかと眩んできた。霞む先には戦闘意欲のある魔族。片腕はオレの聖なる力を受けて抉れてはいるけれど相変わらず動く四肢が現存して、身体の至る所に欠損はあれど視覚も聴覚も途切れてはいなさそうだ。
その上、照らされるそれは見覚えのある顔をしている。確か、ギョーセーのようにだいぶ昔からいる魔族。滅多に他の生物の前に姿を見せない魔族だったから、顔を合わせた回数も片手で数えられるほどだったと思う。
実力は知らない。それでも、長い時間を生きてきた魔族は魔力の密度が濃いからその分とても堅い。故に魔王が死んだ今もこうして歩くことが出来ているのだろう。
オレはきれぎれと言葉を吐き出す。
「……オレは、お前を害するつもりはないよ」
「こちらにはある」
簡潔な答えと同時に、目の前がぴかりと一等煌めく。手のひら程の光が真っ直ぐにこちらへと放たれた。魔法だ。
「いぃや、だ!」
聖なる光で相殺させようと両手を目の前に突き出せば、鉱石を通さない力が自身の体をも痛めつけてくる。ブシッ、とどこかの皮膚が断ち切れた音が聞こえた。されどおかげで魔法自体はいなすことが出来た。
聖なる力と魔法の衝突で土埃が立っている。ただでさえ月明かりと小さなランプの灯火しか視覚の頼りがないのに!
「遅い」
「うわっ」
魔族が土埃と闇に乗じて瞬時に距離を縮めてきた。滑り落ちるように鋭い爪を掻い潜る。
「人間こそ滅ぶべきだった」
「やめっ、」
繰り返される打撃をすんでのところでかわし続ける。こんなに泥臭いことをしなくても、魔法を大量に放てば人間ひとりくらい直ぐにケリをつけられるだろうに。
……となると。なるほど。強いけれど、無敵ではない。こちらの勢力が分からない以上、もう回復することのない魔力を無駄遣いできないようだ。出来る限り魔力の消耗を抑えた戦い方をしている。
「諸悪の根源は人間にある」
「うーっ!」
分析したところで容易に勝てるわけではない。声が言葉を作れない、余裕がない。だって魔法なんて使わなくったって、魔力で筋力等を底上げしなくたって、魔族は自力の身体能力でさえ十分乱暴的に強い。
目の前に振り翳された拳を両腕で庇うように聖なる力で吹き飛ばす。相手は少し後ずさっただけだけれど、オレはそこに尻餅をついた。聖なる力の反動で腕から血が滴り落ちる。たら、と鼻から血が垂れてくる。手の甲で拭ったそれが顔に広がった感覚があった。……こんな自滅的なことを続けていたら、オレが先に動けなくなるな……。
鉱石……視線を密やかに四囲へ巡らしても暗過ぎて見つからない。
時間稼ぎも含めてオレは声を張り上げた。
「だから、待ってって! オレはお前の敵じゃない!」
「人間は敵だ」
「オレはっ……」
元魔族だって言ってしまっていいだろうか。言ったところで、嘘みたいな話を信じられる? 逆鱗に触れない? そもそも近くに人間はいないだろうか。物音を聞いたヨカが来るかもしれない。
「言葉は不要」
早く体勢を戻さないと。地面に片手を付ければ激痛が身体を駆ける。皮膚の中身が露わになった掌が痛みに疼く。
「人間のせいで、我々の平和が脅かされた」
一方的に言い包める魔族が人差し指を真っ直ぐにオレの額へと伸べて、あ、これ、魔法だ。頭蓋骨貫通させられる。避けられる?
歯を食いしばって痛みを思考から押し除けようとした瞬間に、オレと魔族の間に大剣が勢いよく降ってきて地面に深く突き刺さった。
月光を吸い取るように怪しく輝く大剣。
ジュソーの大剣だ。
オレがその大剣に指先で触れようとして刹那、身体に素早く縄が巻き付いて背面へと思い切り手繰り寄せられた。腹部が締め付けられて再び息を呑む。
また背中を地面に擦らせるかと思いきや、完全に後ろに倒れ込む前に何かに支えられた。
上を見ると、両手で縄を握るカンライとオレの背中を支えるヨカがいた。次いでオレたちの横をするりと抜けて行った影が、大剣の柄を握り込み地面から易々と引き抜く。
「やってんなぁ? おれも混ぜろよ」
「戯言をほざくな。人間風情が」
「やっぱ魔族は分かりやすくていーわぁ! 自分の意見は命掛けて押し通してこそ、だ」
魔族とジュソーが対峙している。それをぼんやりした意識で見ていれば、急に身体が火照り始めた。ヨカが聖なる力で急速に傷を癒してくれている。
「貴様はいつも問題を抱えてくるな。変な所をほっつき歩いているんじゃないか」
「……」
「それに渡した鉱石はどうした。……おい、聞いているのか?」
「い……」
「い?」
「いったぁー! すごく痛い〜っ!」
感情に起因するものではなくて、痛みに呼応して涙が溢れる。手のひらが焼けるようだ。燃えるようだ! うぐ〜っと苦痛に堪えて唇を噛み締めるほどに目尻には雫が溜まる。
「そこまでは怒っていないだろう……」
ヨカの口調が幾分か柔らかくほぐれた。でもオレはその勘違いに構えるほどの余裕がない。痛苦に蝕まれる。じたばたと手足をばたつかせた。
「落ち着け。わざわざ傷口を凝視するな。他のところに意識を移せ」
「な、な、治してる時がぁ、い、痛いんだよぉ」
傷口が引っ張られる。痛覚が強く刺激される。異物が抜け落ちていく感覚。どうなっているのか潤んだ目線で確認してしまう。もうすぐに治し終わるのか、という希望を孕んだ瞳で。まだ肉。赤身。あーっと泣いた。
らちが明かないと思ったのか、ヨカが治療を施している真っ只中の手をぐいと顔前に引っ張り寄せて視線を自身へ誘導させた。睨めっこする。あ、珍しい。ヨカの瞳が見える。夜だから薄暗い色の硝子に視線が隔たれることがない。
ともすれば、衝撃音が響き突発的な風が身を包む。思わず吹き荒れる風に細めた目を向けたなら、ジュソーが魔族を切り付けようとして、それを魔族の腕で塞がれていた。魔力で強化したのか、まるで金属のような硬さ。
二人が互いに距離を取る。大剣が聖なる力を受けて鈍く輝いていた。
「どっちかが死ぬまでやろうぜ」
「戦闘狂いか? 人間にしては珍しい。掛かってこい」
ジュソーが大剣を握り直す。
「おい! これは見逃せねえよな!? てめーらは手ぇ出すなよ!」
オレたちが異論を唱えることはない。だってこの魔族が、そもそもオレたちを見逃すとも思えないから。
儚く散りいく命を保っていた魔族と異なって、立ちはだかっている。それでも、答えが分かっていても、聞かずにはいられなかった。
「倒しちゃうの?」
「やらなければ、俺たちがやられるだけだ」
ジュソーに変わってヨカが答える。
魔族に終止符を打つんだ。
……そんな容易なものじゃないけれど。魔族だって魔力を抑制した末に負けたら元も子もないから、一際大きな魔法を放ち始めている。
激しい戦いに砕けた木々や弾け飛ぶ石がこちらに飛んでくるものの、ヨカが聖なる力で守ってくれていた。
「どうした!? 防戦ばっかじゃねーかぁ!?」
ジュソーが雄叫びとともに粉塵の中から魔族へ一直線に突っ込んでいく。
大剣に聖なる力を注いで、注いで、注いで、溢れる力が鉱石に亀裂を刻み、それでも零れる力がジュソーの腕へ深く裂傷を残す。大剣の柄を握る両手から枝分かれに身体へと伸びていく傷。裂けた中から何かが出てきそうな勢いだ。
「いや……何あの戦い方。死ぬでしょ」
「貴様に言われたくはないと思うが……確かに力を見誤ったら死ぬな」
しかし溢れ出す聖なる力共々相手を叩き切っているせいか、どんなに魔力で防御しようともジュソーの力の方が上回っている。防御を捨てた先の攻撃は強い。
「あの男が強い理由。……恐怖心が無いからだろうな。死への恐怖。痛みへの恐怖。敵と戦うことへの恐怖」
失うものなど何も無いと、その身すら愛おしむこと無く。
「……まるで、魔族だな」




