39...大丈夫の許容量が違うんだから、他人にはどれだけ無理をしているかなんて想像も出来ないの。
再び四人で道なき道を歩き出した。樹木が倒れていたり土砂が崩れていたり、挙句の果てには地面が抉れていたり。とても人間が通れる土地ではない。
それでも命令がある限り進めそうな場所を選んで果敢に進んでいく。どこまで見て来たらいいんだろう。この災厄の終わりまでかな。
「まだ、魔族いたんだね……」
倒れた木々の合間を細く縫っていくから、どうしたって四人身を寄せてしまう。カンライの囁きのように小さな声も耳朶が拾い上げた。
「実はあれで最後だったのかもしれないよ」
元魔族を含まないなら。そこは包み隠して、そういう可能性もあると口を挟む。カンライは一度振り返るも、無表情のままにまた前を向いてしまった。
「どうかな……魔族って意外としぶといし……」
知った口振りに正体がバレている心地になる。思わず話を逸らさんと疑問を呈した。
「魔族がみんな消えたら、世界は平和になるんだよね?」
「それこそどうかな……。魔族よりも人間の方が怖い生き物かもしれないよ……がおーって分かりやすくこないだけで……」
魔族を恨んでいる人間が多い中で予想外の回答だった。平和になるならないそのものではなく、魔族よりも人間が怖いという答えに対して。
「どうしてそう思ったの?」
「……魔族と違って人間には強い欲求があるから……それを叶える為に何だってする……」
「そんなのは魔族だって同じようなもんじゃない? 人間と同じように話すんだし」
「話すから、なに? 人間程じゃないでしょ……。だって奴らは食事をしない、清潔感とは無縁な身体に、怪我や病気や老いもない……さらに子孫すら残さない。だからこそ個人で生きていける魔族の欲求なんてたかが知れてるよ……」
カンライは足を動かしながら淡々と説いていく。元魔族から人間になったオレは、人間の欲求に正直とても疎い。空腹や排泄だって毎回ぎりぎりになって慌てているほどだ。生理的欲求は勿論、社会的な欲求もよく分かっていない。オレはオレで、その人はその人で、あの人はあの人だ。
オレが視線を右へ左へ送って理解できていない顔をしていたからか、カンライが丁寧に続ける。
「君は欲張りさんじゃないみたいだけど……人間の欲求はね……。食欲とか性欲とかの基本的な欲求は理性無くしてイイモノを目指そうと思えば際限がないし……、仲間意識があるから赤の他人を排他してでも自分の身の回りの安全を求めたがるし……。他人を孤独にしてでも、自分は集団に所属しちゃったりする……。そうなると、今度はどんどん他人に認められたい欲求が爆発して目立とうとして……そうして最後には自分らしくありたいってさ……。その足元には他人の不幸が積まれているのにね……欲深くあると上しか見えないんだよ……」
ぶつぶつと愚痴染みたそれが堰を切って止め処なく紡がれる。濁流みたい。細かく説明してくれているのは伝わってきているものの、魔族として生きてきたオレには理解できるような、理解できないような。……ああ、多分、理解できていない。
「欲求が強いのは、良いことにならないの? そうある為に努力したりとか〜」
「誰しもが正しい努力をするんじゃないから……。君や君の周りがそうだとしても……」
「ふうん……。カンライって偉い人? だからそんなに苦労を背負ってる?」
「偉い人じゃなくて、偉い人の小間使いだから苦労してるんだよ……。いろいろな板挟みというか……」
「なんか潰れちゃってるみたいな存在感になってるもんね」
「君たちこそこんな薄暗い森でよく溌剌と歩けるもんだ……」
楽園二番目の実力者の監視を請け負っているみたいだから、まあ上層に位置する人間たちから信頼を得ている人物ではあるんだよね。
言葉に覇気が無いから他人と関わり合いたくないとかかと思っていたら、そんな予想と裏腹にカンライは疑問を詳細に払拭する。
「コクー? 何かあったのか?」
少し先を歩いていたヨカが歩調を緩めてオレたちの会話に合流した。オレは首を横に振って問題ない旨を伝えると、ヨカは後ろ髪を引かれた様子のままにまた先を行く。数歩先の道を、少しでも歩き易くと木の枝とかを払ってくれている。
「……いいね、君は。そうやって直ぐに駆け付けてくれるひとがいる……」
羨ましいが全面に出た声というよりも、雑談くらいの重さだ。カンライはヨカの後ろ姿を眺めていた。オレは否定しようとした言葉を閉ざして、別の方向に舵をきる。
「そんなの……、……そうだね。じゃあお前が困った時はオレが駆け付けてあげるよ」
「はぁ? なんだよ、それ……。何も解決してくれないくせに……」
「それは問題を提示してくれないからでしょ? 駆け付けるだけだよ」
「……それ、意味あるの?」
「自分で言ったんじゃん。駆け付けてくれるひとが居ていいね〜って」
「それは……そういう直接的な意味じゃなくて……、……ああもういいよ」
カンライが話題を強制的に切り上げつつオレを横に押し退けて先に進もうとした。
「困ってたら誰かに言ってみたらいいのに。みんな違う許容量を持ってるんだから、言わなきゃ分かんないよ」
「……違う価値観とかじゃなくて、許容量……? 何の話?」
わざわざ前に出たのに、カンライが話に興味を示すかの如くわざわざ細い道で肩を並べようとしてきた。肩を並べる程の広さが無いからたまに小枝が突き刺さって痛い。
「大丈夫の許容量ってこと。鉱石だってどれもこれも、聖なる力を受け取る許容量が違うでしょ? しかも、それは目に見えないよね。……オレも、ヨカも、ジュソーも、お前も、大丈夫の許容量が違うんだから、他人にはどれだけ無理をしているかなんて想像も出来ないの。大丈夫じゃなくなる前に声を出さないと壊れた鉱石みたいに砕けちゃうんじゃない」
「自分の許容量は、まだ大丈夫だし……」
「壊れた鉱石は元通りには戻らないよ」
カンライが子どもかなって感じにぶすくれている。話をしていただけだったけど、諭されている心持ちになったのだろうか。わざわざこんな四人だけの空間を拗れさせたくないから「分かんないけど」と付け加えて結論を曖昧なものとした。
……沈黙が刺さる。嫌なことを言った……? 相手のことをナメているような言葉にでもなってた?
「おれも、人間の方がおっかねーっていうのは分かるぜ」
先頭を切り開いていたジュソーが忽然と話題に混ざる。生き物の音なんてオレらしか出さないからこの声はよく響いていたらしい。
「そう……? 君でも、そう思うんだ……」
「ああ。魔族なんて分かりやすく力比べするだけだろ? 縄張り争いしてる獣と何ら変わんねーよ。なのに、人間の嫌がらせの方法は一万通りくらいあるからな」
「流石にそこまではないでしょ」
嫌々とした不満めいた言い方のジュソーに言い返すと、フッフと謎めいた笑みを浮かべられる。
「昔、おれの知り合いが、他の奴らと違うからって理由だけでそいつ自身はな〜んの悪いこともしてねーのに、迫害みたいなん受けてたしな」
「……それで、どうなったの……?」
「オレがボコった」
一滴の罪悪感も滲ませない回答。淀みのない物言い。カンライが腕をさすって顰めた顔を逸らしている。
「こわ……」
「そりゃーやったらやり返されるのは当然の話なんだよな。被害者ぶるなよって」
「暴力でやり返すのは違うでしょ……法治国家なんだから……」
「法治国家がなんだよ? 鎖で縛られてるわけじゃねーんだから、やる時はやるし、やられる時はやられる時だろーが」
「そうして、人間の安全への欲求が増えて……身内以外の見ず知らずの奴は遠ざけられていくと……。法を守らない奴のせいで本当の弱者が割を食うんだよ……」
「そもそも法治国家なんて名ばかりで、人治国家じゃねーか。上の奴らが甘い蜜ばっか吸ってんのバレてねーとでも?」
思う節があるのかカンライが言い返さずに口を閉ざした。薄暗い森と呼応してどんどんと空気が重たくのしかかる。
ヨカがやれやれとばかりに肩を竦めていた。




