38...どうせ長くないよ。
魔族は痛みを知らない。
だから、両足が無くなろうと、顔が無くなっていようと、体がどんなに抉れていようと、魔力で出来た身体が霧散しない限りそこには明確な意思がある。痛みに左右されない、生がある。
この魔族はまだ生きている。
しかし、魔王が死んだことで魔族の身体を構成する魔力は枯渇していく一方だから、どう足掻こうともその内に死ぬ。どう抗おうとも、死ぬことが決まった命。
仰向けに寝転んでいる魔族は、顔の中心が大きく削られているために表情が分からない。自分の死期を悟っているのか、今更人間が現れたくらいで驚きの一つも見せない。僅かに残った重たい唇が言葉を発することもなくて。
……視覚は塞がれていそうだけど、もしかしたら聴覚も機能していないのかな。
代わりに、ジュソーが口を開いた。
「どーするよ?」
軽い物言いで判断を仰ぐ。てっきり相手は魔族だからその大剣で真っ先に叩き切るのかと思った。
答えるより先にカンライが不用心に魔族に近付いて、人差し指でちょんとつついた。
「足、無いんだね……痛そー……あ、痛くないんだっけ……? これだけ欠けてたら魔法ももう打てないでしょ……。無意味に魔力を使ったら直ぐにでも消えちゃいそうだもんね……。でも、泣きの一発打てるんだ……」
魔族に話しかけているのか分析も兼ねて独り言ちているのか曖昧な空気のまま、カンライは指を離して魔族と少しだけ距離を置く。落命まで僅かの魔力で出来る攻撃なんて、せいぜい驚かせる程度の威力だろう。
そもそも、魔法を放つつもりは到底ないのかもしれない。微動だにしない。カンライが突いていたからこちらの存在には気付いているはず。何を考えているんだろう。
オレはといえば元魔族として言葉を発する。
「ねえ。どうせ長くないよ。放っておこう。修復も出来ないし、足が無いから動けないし、こんなところまでオレたち以外の人間が来るわけでもないし」
見逃したって、何も変わらない。ならばわざわざ手を掛ける必要もない。ここでひっそりと穏やかに世界に溶けていくだけだ。
そう、だから、何が言いたいかといえば。
「無害じゃない?」
「じゃあさ、連れて帰る……? 自分の持ってるこの鉱石を編み込んだ縄で縛って……引き摺っていけるよ……」
取り出したカンライの縄が一人でにうねうねと宙を彷徨い始めた。恐らくカンライが聖なる力を注いでいるのだろう。これなら魔族と最低限距離を置けるし、いざとなれば聖なる力を注いでやっつけてしまえるってこと?
「連れて帰って、……で? 今更なんだ? 見せもんにでもすんのかよ? えげつねーの」
ジュソーが悪趣味だって言わんばかりに眉を顰めていた。
「そこまで分かんないけど……オーサマたちが決めることだし……。そしたら生き残り魔族をどうするか判断を仰げる……」
「てめーはそーやって命令待ちばっかかよ! 弱けりゃ死ぬ。それが何よりもの自然の摂理! ここで潔くヤッた方がいいだろ。魔族は負けちまったんだ。少なくとも、おれならそうしてほしいと思うぜ」
大剣をどんと魔族の真横の地面に突き刺す。鉱石で出来た大剣は不気味に陽光を受けて煌めいていた。
カンライは魔族は勿論、ジュソーとも距離を置く。
「……今回の現場の判断は自分たちに委ねられているから、どうだっていいんだけど……」
さて。意見の割れた三人は促されるわけでもなくヨカを見る。揉め事において、多数決は最短の解決方法。
「ヨカは? どう思う?」
オレは問い掛けながら魔族の様子を窺おうとジュソーの背後から一歩を踏み出して、その首根っこを掴まれ引き戻された。ヨカの手だ。
「貴様ら、考え無しに近付くな。魔族もその全てが解明された訳ではない、油断をすると痛い目に合うぞ」
ヨカはいつの間にか鉱石の埋め込まれた杖を握り締めている。すでに鉱石には聖なる力が注がれていた。
「……無意味な接触、すなわち不要な危険を冒す必要はない。避けて通るのが正解だろう」
オレと似たような判断だ。過程は異なるけれど結論は一緒。
カンライは同意を示す代わりに、縄を仕舞うとさらに後方へと移動した。ジュソーも「へいへい」と適当な返事をすると大剣を背負い直す。
「仲間は……もう居ないのか……」
矢張りこちらの存在に気付いていたらしく、伏した魔族がヒビ割れた唇で呟いた。
「ほぼ滅びたと思うぜ」
「そうか……」
ジュソーが端的に回答をすると、魔族はそれ以上の追求はしない。見る間に束ねた魔力が欠けていく。終わりが近いんだね。
「ジュソー、構うな。行くぞ」
「わーぁってるって」
ヨカの呼び掛けを機にオレたちが踵を返そうとして、背後で空気が静かに震える。
「生きてくれ。……私の、友人に伝えて欲しい……」
「もう誰も生きちゃいねーよ」
魔族の遺言。なんだか複雑だ。オレも、本当は消えていたかもしれないから。
「青い髪をした魔族に……」
「もういーって。いいっていいって」
決まりの悪そうなジュソーが首のみ振り返って乱雑に言葉を振り払う。
「……ジュソー……」
魔族の低い声が森閑とした木々の隙間に満ちる。カンライは掠れた声で述べた。
「……君、呼ばれたよ。呪われたんじゃない……?」
先程ヨカがジュソーを呼んだから、その名を魔族に紡がれたようだ。本人は然程も気にした素振りなく「行こーぜ」と先頭を歩く。それに二人もついていく。まあ呪いなんて無いしね。
一番最後に並んだオレは、密やかに振り返った。もしかしたら、これが魔族を見る最後の時かもしれないから。
……今まで残っていたということは、あの魔族もかつてはとても強かったんだろうな。こうして一つの種族が消えていくんだ。誰にも見届けられずに、ただただ、ひっそりと。
まるで最初から存在しなかったかのように。




