37...生き残りの魔族が出るかもしんないとかでおれが捨て駒ってこと。
「う、うえぇ……っ」
「到着早々に吐く奴がいるか」
「逆に、空の上で吐瀉物の雨を降らせなかったことを褒めてほしい……」
「気色悪いことを言うなよ」
「き、きもちわる……。うぅ……ヨカ操縦ヘタクソなんじゃないの?」
「フン、失礼な奴め。俺は至って平気だ」
「うっ……! 馬車が恋しいよぉ……」
いや、待って。馬車にお尻を割られたんだった。
とはいえ、ヨカが空を暴走したおかげでオレの平衡感覚はおかしくなってしまっている。地上に足を下ろして尚目が回り、足元が揺れ、焦点が合わず、胃の中が荒れ狂っていた。
天帝様の世界にいた影響か、胃液くらいしか出るものはない。
オレに背を向けて傍らに佇むヨカは、斜め横に向けた同情の声を漏らす。
「貴様は新時代についていけないようだな……」
「勝手に哀れまないで。乗り物のせいじゃない。絶対ヨカの操縦のせい」
「貴様が軟弱なせいだろ」
「オレ軟弱じゃないけど〜?」
「新人いびり、見ーちまった〜」
木に両手を付けて込み上げる胃液と格闘しつつ片手間にヨカと言い合っていたら、森の方から愉快めいた声が届く。
いやらしく三日月に目を細めた大剣を背負う人間が居た。赤く燃え沸る赤髪。アマノハラ楽園の紋章がある。楽園の人間だ。
ヨカが声の主を目線で辿ると不愉快そうな表情を露わにした。
「ジュソーか……」
「ヨカさ、取り巻きを連れなくなったって聞いたぜ? まだちょろちょろ連れてんだな?」
「こいつは違う」
「なに、特別なわけ?」
おどけた発声は茶化している意図が顕著だ。ヨカが横目にオレを見てから、ジュソーと呼ばれる人間に向かって薄く笑った。
「……貴様は誰かの金魚のフンをしているんだったか? それは止めたんだな」
「やめてねーよ。無念にもここに駆り出されたんだわ」
気安く、また馴れ馴れしい会話を紡ぐこの人間はヨカの肩に腕を乗せて、直ぐにぱんっとはたき落とされていた。分かった。この二人、仲が悪いんだ。空気が和むことはない。
こわ〜、と腕をさする人間は気にした様子も無く話を続ける。
「ちょーどいいや。てめーら、暇なら付き合ってくんね」
赤髪の人間が親指でくいと魔王城へ続く後ろの森を示した。ヨカは提案を遮るべくたんと片足で地面を鳴らす。
「ハッ。何故俺が貴様に従わなければならないんだ」
「お国の命令だから? この先どこまで土地に被害が出たか見て来いつってよ。結構深くまで調べてこいとさ。生き残りの魔族が出るかもしんないとかでおれが捨て駒ってこと」
「捨て駒になる実力じゃないだろ」
「分かってんじゃん。見に行って帰ってくるだけ」
途端、気を良くしたであろう人間は声音にご機嫌の色を灯す。ヨカは構わずに質問を続けた。
「一人でか?」
「おれとー……」
「自分が、ッス……。こいつ、凶暴だから……。自分がお目付け役……。いつでも気を失わせていいって……」
物騒な発言の片鱗をちらりと見せる気怠い声。木の影からひょこりと紫色が現れた。またアマノハラ楽園の紋章を刻んだ人間。紫の髪と、虚な双眸が目につく。
「ヨカ。このひとたち、だれ?」
「本人目の前にいるから……本人に聞いてよ……」
消え行く言葉尻に自ら陰を余す人間が、最もな台詞を吐いた。知らぬ二人に向き直る。
「だれ?」
改めて、直接二人に問い掛けることにした。
「おれぁジュソー」
「カンライ……」
「コクーだよ」
よろしくも何もない飾り気一切なしの自己紹介。仲良くする気がここまで見えないのもすごいよ。
「国の指示ならば行く。貴様一人じゃあ荷が重いかもしれないからな」
「おれの方が強いってこと、忘れたか?」
ヨカとジュソーがばちっと火花が散るような目線を交差させる。オレはヨカの服を引っ張って意識をこちらへ取り戻し問い掛けた。
「ジュソーの方が強いの?」
「……あれは、一応楽園で二番目の実力者だ。力比べで言えばな。他はからきしだ。……他はからきしだ」
「二回も言うんじゃねーよ! この世界、力さえあれば十分じゃねーか」
「魔族の居ない時代には不要の産物だ」
「ほざけ。力が不必要になる時代なんか生物が存在する限りこねーよ」
二人が言い争う後ろで、カンライの薄暗い瞳がオレをじいっと見ているから首を横へと傾けた。何、を言外に送る。
「この先、鋪道とかも無いから……体力が無いと女性には結構大変かも……」
「お前も体力ねーじゃん」
「だから行きたくなかったよ……君は体力だけでも取り柄があって良かったね……」
「体力だけじゃねーんだわ」
ジュソーとカンライも言葉を乱雑に投げ合う。
まだビレイに会っていないから他と交流するのはどうしようか迷ったけれど、学園で二番目の実力者……。何か情報を持っているかもしれない、一緒に行かない選択肢は無かった。ごめん、ビレイ。
「あー……うん。付いてって問題無いなら」
「おれぁ男だろうと女だろうとどーでもいーし」
「来るなら、足、引っ張らないでね……」
まるで歓迎されていない物言い。
……うん。このひとたち、きっと協調性が無いんだ。
ジウ、ビレイ、ギョーセー……三人の協調性に思いを馳せる日がくるなんて。今とても、ジウの振り撒く花咲く愛想が恋しく感じる。
早速四人で足並み揃えず森の奥へと進んだ。こういうのって、普通どこから襲われてもいいように密集して警戒しながら移動するものじゃないの? オレは別に隊長でもないし突っ込んだりはしないけど。
「ねえ。ジュソーは楽園で二番目に強いの?」
オレはジュソーへ近付くと興味のある話題を投げ掛ける。楽園で二番目、強さと偉さを結び付けられるのなら楽園内でだいぶ高い地位にいる可能性だってある。
ジュソーはこちらを横目に見ると、口角を上げてにやりと笑う。
「ああ、強いぜ」
「一番目は……勇者だっけ」
「いーや、ヨギリだな」
「あれ……? 勇者ではない……?」
ヨカが勇者と言っていた気がする。確認のためにヨカを見ると、話を聞いていたのか怪訝そうに顔を顰めていた。嘘をついたとかではないようだ。
「ヨギリ、ジュソー、勇者の順に強いってこと?」
「そーいうーことー」
「ふうん……すごく強いの?」
「人間で一番つえーしなぁ」
「なのに、勇者じゃなかったんだ?」
「……ヨギリは国の最終防衛を任されてっから。オーサマ、絶対守んなきゃなんねーし」
勇者が一番強いと思っていた。が、実際は異なるようでそのヨギリという人間が一番強いみたいだ。ヨカも知らなかったようで、こちらを見て話を聞いている。
「ジュソーも二番目なのに勇者になれなかったんだ」
「おいおい、無礼者。聞き方よ」
ジュソーが半笑いで肩をすくめている。なれないものはなれない、なのに何て聞くのが正解なわけ。
簡潔にやり取りするオレとジュソーの間に、ヨカが割って入ってきた。ジュソーを肩で押し除けながら。
「そもそも勇者は、謂わば魔王を討伐する隊の長だ。ただ強いだけでなく、隊を統治する必要がある。百人規模の隊をな」
ヨカが細かく説明を加えてくれた。どんっ、とやり返すようにヨカに肩を押し当てつつ口端を引き攣らせたジュソーが身を寄せて不平を説く。
「まるで、おれが隊長に向いてねーって言い方だなぁ?」
「まるでも何も、それを説明してやっているんだが」
隣で再び火花を散らす二人に巻き込まれたくなくて、一歩二歩と取った距離。
「いいからさぁ……早く行こうよ……」
早々に距離を空けて歩くカンライの呟きが遠くから僅かに聞こえる。
すると、さらに少し離れた所で草木が不自然に擦れる音が耳朶に届いた。
三人もその物音に反応して、喧しい喧嘩の幕を強制的に下ろす。
「……」
交互に目配せをした結果、音の発生場所から一番近いジュソーが大剣の柄を後ろ手に握りながら、足を忍ばせて行った。オレらも静寂を保ったまま続く。
草木を掻き分けた先、ジュソーが足を止めていた。
ジュソーの足元に何かがある。
オレはその背から顔を覗かせてみた。
誰かが、……誰かが倒れている。両足がない。でも、血も出ていない。顔が、腹が、身体の至る所が抉れている。残存する額には、特定の種族しか持たない、ツノ。
「魔族だ」
誰かが呟く、目の前の事実だけを。




