36...酷いことをしてるって感覚が薄いんだと思う。
「天帝は酷いことをしてるけど、それでも許せるの?」
オレは直接的に問い掛ける。永遠に閉ざされた世界には正気を保っていられないものがたくさんいた。それはジウだって目の当たりにしている。それなのに、それでも、天帝にも手を差し伸べるの?
ジウは困ったように笑っていた。
「ダメなことをしたなら、罰は受けるべきだよっ。……でも、わたしね、考えたの。天帝様は、酷いことをしてるって感覚が薄いんだと思う」
呟く先で持て余した指先が交互に組まれる。
「永遠を生きている天帝様は、じゃあ自分を苦しいものとして扱っているかといえば、孤独ではあるけれどそうあった方が幸せだと思ってる。さらったみんなを傷付けているかと言われると、全くそんなこともないんだよね。むしろ、その反対。痛みなんてない。飢えもない。ただ、無知であるが為に永遠が人間の心の許容量を超えていくの。……さらわれたみんなにとっては、謝って済む問題じゃないと思う……」
遠慮がちな唇が一度小さく結ばれて、だけど、と付け加えた。
「違う種族として、それに歩み寄る必要もあると思うんだ。理解をして、お互いにとって良い道を見つけなくちゃ、いつまで経っても相入れない存在だよっ! 訳の分からない相手だから逆らわずに受け入れましょう、戦って倒しましょうって、それでたくさん傷付いて死んじゃうひとが出るの、わたしはいやっ! 天帝様は空を我の天上って言ってた。だから空にいればもっと対等にお話しできるかもっ! 目の前にいる相手は見下ろすべき存在じゃないんだって! ……分かってほしいな」
ひとつひとつ噛み締めるように声を発していく。空気にじんと染み渡る音。綺麗事、と言われる内容かもしれない。さらわれたものたちの苦しみに寄り添ってはいないかもしれない。ここに居るから、吐ける言葉かもしれない。……でもきっと、平和を織りなすためには、この言葉も必要なのかもね。異なる思考、生態、文化を持つ相手を弾劾した先に待つのは争いだけだから。
オレはいつもジウには敵わないと思う。
「現状が一番いいのかもしれませんよ」
ギョーセーが横から静かに呟く。百年に一度の頻度で数十人から数百人が消える。でも、人間はそれで滅んだりしない。未知の生き物と争うよりも堅実的なのか?
「どうして……? ダメなことをしているなら、ダメなことをしているって教えてあげた方がいいと思うよっ。分かってないのかも。他の方法を知らないだけかもっ」
「まあ……それはそうなのですが……。そのダメだというのも結局人間の基準ですから」
「なら、話し合って基準を考えよっ!」
オレとギョーセーははなから分かり合うのは難しいんじゃないのかと考えるのに、ジウは人間を見つめる瞳と同じ目を天帝に向ける。
「天帝がこの世界に馴染んだとして、天帝を崇めている人たちと王を一番にする人たちで争いが起きるんじゃない?」
「争いが起こる前に話し合おっ。何かを知る前から、何となく聞いた話で相手を嫌ったりしないで。みんなの話を聞いてみようよっ!」
一貫して話し合う姿勢を見せる、その先に穏やかな未来があるの信じて。人間と魔族がついぞ出来なかったこと。
「…………おい、貴様ら」
閉口を貫いていたヨカが低い声で呼び掛ける。オレたちは揃って声の元を見上げた。
「そんな格好でぴーちくぱーちく盛り上がるな。先ず、身なりだけでも整えに行くぞ。時と場合を考えてから好きなだけ討論しろ」
三人顔を見合わせる。反論する術を持たないがためにはいと潔くお返事をした。
近くの村で何か着るものを恵んでもらおうと、体を食らう湖の側にある村へと足を運んだ。まさか一日と置かずに村長の元へ出戻るなんて。流石の村長も、オレたちの様相も相まって瞠目して驚いていた。驚きながらも着古した服で良ければと分けてくれた。
あの世界は村長さんたちの望んだ世界なのかな。オレは無意識にじっと人の良さそうな顔を凝視していたみたいで、何か? と不思議そうに問われて、首を横へと振るのだった。
オレとジウは、オレが寝泊まりしていた部屋に移動した。ジウは受け取った衣服に着替えながら、上目にこちらを窺う。落ち着きのない伏し目がちな瞳が覗いた。
「なにー?」
声を掛けられるより先に問いを投げる。着替えの手は止めない。ジウはピッと肩を揺らして、抱えた服に顔を少し埋めていた。
「あのね……元、まぞ……あれなんだなぁって! いまさら……」
そういえばジウにはバレたんだった。着替えの手を止めて相手を見つめる。
「まーね。オレが怖くなった?」
視線が絡み合う。その奥に怯えは見て取れない。
「ううん……コクーはコクーだもんっ。変わらないよっ! 今回も、付いてきてくれてありがとうねっ。わたし一人じゃどうなってたか分からないなっ。……これからも、仲良くしてくれる?」
どうにも毒気を抜かれる心地だ。オレの方が先に視線を逸らしてしまいつつも、頬を爪先でぽりと掻いてから。
「聞きたいこととか、あるんじゃない?」
「うん。……教えたいなって思った時に教えてっ! ふふっ、知ってるっ? 秘密はね、ベッドの中だと甘くなるんだよ?」
「そういうもん?」
「そういうものなのっ!」
まるで幼児のきゃあきゃあと喜色に満ちる声だ。色々あった割に本人はケロッとしている……と感じてジウを注視すると、何だか顔が赤い気がする……。身体から火照りを感じる……。瞳が気付けば微睡んでいる……若干の潤みが見える……。
「ジウ、おでこ貸して」
ぴとりと自身の手のひらでジウの熱を測ってみれば、明らかに熱い。身体が異常な熱を蓄えている。ギョーセーで見た、これは人間の体調不良の証。
「……ねぇ、熱あるよ」
「うそ……うそだよねっ?」
あははっとジウはあどけなく笑ったが最後、目を回したように突然膝から崩れ落ちた。その華奢な身体が倒れる前に伸べた両手で支える。
いろいろあったもんね……元気なわけないか……。その眦に浮かんだ小さな雫を指先で掬ってやった。熱に浮かされた声が、家族を呼んでいる。
その後、ジウに着替えを施し布団に潜り込ませてから村長やギョーセーを呼んだ。町医者を連れてきてくれた結果、恐らくは過度な疲労や精神的不安からきた熱だろうとの判断。長引かないはずだと。様子見も兼ねて熱が下がるまでは泊まって安静にしなさいと村長に話をされたので、有り難くお願いすることにした。
近くのご婦人があれやこれやと用意をしてくれる。本当に親切な村だ。
「俺は災厄のあった場所に応援に行く。貴様はどうする」
身なりを整えたヨカが尋ねてきた。うーんと首を傾げたあと。
「ビレイに無断で来ちゃったし、オレも一度戻ろっかな。ギョーセーはジウをお願いね。ひとりで残すわけにもいかないし」
「ええ、分かりました。あなたは大丈夫なんですか? 働き詰めでしょう」
「大丈夫。ここの果物食べると元気出るよ」
両手を上げて体調の良さを披露してみる。白い目をしているから伝わったかは分からない。
「ヨカ。この乗り物、二人で乗っていける?」
「試してみるか?」
安定感を増す為に速度を出すとか何とかでこの後オレはやっぱり居残っておけば良かったと思うのだった。




