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34...人間と魔族の問題になると、みんな急に手を繋いで魔族は消えるべきってなる。


「魔族……」


 ジウがうわ言のように呟く。その語彙を聞いて母親が庇うように子を抱き締めていた。正しくは元、魔族だけど。


「何も言わないってことは、そうなんだ……」


 言い繕う言葉を持ち合わせていない。今まで真実しか語らない天帝相手に違うと口撃しても勝てる気がしないし、否定して後から嘘だとバレた時の方が立場が危うそうだし、……だからといってただの肯定もし難い。


「……どうする? ジウ」


 オレは平生と変わらぬ物言いで問い質してみた。否定も肯定もしない誤魔化し。まるでご想像にお任せしますと逃げてる風だね。

 ジウの瞳が戸惑いに揺れる。


「人間を、傷付けるの?」

「オレたちはひとを探すことが目的でこの姿をしてる。やたらめったら人を殺すつもりはないよ。快楽殺人鬼じゃないんだから人を殺して気持ちよくなったりしないし。目立ちたくもないしね」

「……その、探しているひとも、傷付けない?」

「断定できないから答えたくないと思う」


 嘘に逃げない回答はジウの口を閉ざすだけだった。


 他人を傷付ける可能性があるということ。オレらをここに置いていく理由に大いになりえる。ギョーセーを見下ろすと、肩をすくめていなされた。まさかこんな所でバレちゃうなんてね。

 オレ自身は天帝に約束通り還して貰えるとは思うけど、ギョーセーがどうなるのか。


「さっきから、もう、なんなのぉ……」


 生の根幹を崩してどんどん表出する秘めやかな真実。生まれ、親、種族と繊細な問題が露呈して、ジウの声音にも疲労が見える。身体的な疲れは感じないから、精神面でへたり込んでしまっている。



 口を閉ざしたジウからギョーセーに話を持っていった。


「ねえ、ギョーセー。天帝って倒せると思う?」

「あなたよくこの場でズケズケとそんなこと言えますね。早死にしますよ」

「オレもたまにそう思う」


 見上げた先には気怠そうに、けれど気高く体をくねらせる天帝の御姿。無反応を決め込むあたり、無礼な会話を引き裂くつもりはないようだ。つまりは取るに足らない存在だってこと。


「……質問の答えは、ここでは、無理でしょう。先ずここは、あれの法則下にある世界です。聖なる力も湧き出てきません」

「だよねー」

「あれは、魔王や人間の始祖とともに、世界の始まりに生み出された三つ目の根源的存在ですから。魔王を倒すくらいの気持ちで挑まないと」

「……え。なに? 三つ目の根源?」

「ええ。魔王から聞いたことがあります。この世の始まりは……超常的存在が、魔王と人間の始祖と……天を司るものの三つに分かれたことから始まると。天を司るものは独り天に昇り自分の世界を作っていたらしいです」


 オレは目を丸めた。世界の始まり、まさに勉強したところなのに。勉強したところなのに!


「何それ。聞いてた話と違う! ネハンにまた騙された〜!?」

「王女ですか? まあ、人間は寿命がある以上、世代を交代して話を受け継いでいく必要があるので途中で齟齬も生まれるのでしょう」

「齟齬かな〜!? 意図的に変えてない〜!?」


 ネハン曰く世界の始まりは、超常的存在が魔王と男女の人間に分かれたって言っていたのに。全然第三者的存在がいるし、その存在は王族と秘密裏に繋がっている可能性さえあるし。もうネハンの勉強会は信じられないよ。

 唇がにょきりと不満に尖る。昔の王様が災厄を止めたのはある意味で当たっていたけどね。ほんと、ある意味で。結果こそ同じような感じだけど、別の内容になった的な。

 ……そういえば、魔族の地では災厄が起こり続けていたってことは、魔王は生贄を出さなかったんだ。

 人間側は、毎回数十人の無垢な命をもって土地への被害を無くし、また予想として国民の生活基盤が揺らぐことが無くなった。そういう人選をしていた。

 魔族側は、生贄を捧げない代わりに平等に被害を被る。土地も荒れる。

 どちらが正しい? となると、そもそもの生態が人間と魔族で大きく異なるから答えも変わるんだろう。

 そういや。ヨカの父親が知ってしまったもの。知って殺された可能性のあるもの。もしかしてこの生贄が関係あるのかな。鉱石は関係なかった……?



 オレらは雑談くらいの気軽さで当たり前のように魔族の会話を繰り広げた。もう隠す必要も無いし。決断はジウに委ねられているから変に圧を掛けたくもない。

 ジウがこちらを見て眉を下げているから、話の内容も聞こえているだろう。ぽつぽつと思考を言語化して、何とか気持ちを整理しようとしている。


「……魔族だから、選んじゃだめなのかな。人間だって、人間を平気で傷付けるのにね。誰かを守るために、残酷に誰かを傷付けるのに……。人間と魔族の問題になると、みんな急に手を繋いで魔族は消えるべきってなる。ちゃんと話し合わないと。話し合って解決しないと。人間だろうと魔族だろうと、悪いものがだめってならないと」


 息切れしそうな程の鼓動がここまで聞こえてくるようだ。この空間で心臓が脈打っているのか知らないが。


「魔族の時は分かんないけどっ、わたしは、コクーとギョーセーが悪いことをしているのは見たことがないっ」


 ジウがぎゅうと拳を握っている。臆さない姿がそこにある。


「魔族だから……、それは助けない理由にはならないよ。わたしは遠い昔に、あの魔族が告げた、さようならに垣間見た希望を今も信じてるっ! 人間も魔族も、大して違わないんだっ」


 オレとギョーセーはその言葉に聞き入ることしか出来なかった。


「わたしは、二人が誰かを傷付けようとしたら絶対に止めると思う。それが例え二人にとって正当な理由であっても、ひたすらに暴力はだめって言うと思う。……そんな未来があるかもしれない。それでもわたしは、そんな未来まで、二人と友達でありたいのっ」


 友達でありたい。それは、自分たちを信じるということだろう。他の誰かを害したりしないと。

 みんなジウのような考え方だったら、世界は幸せの溜まり場だったのだろうか。……いや、多くのものは既に自分に出来うる限りの平和と安楽を望んでいる。それでも、やはり権威や富があるのなら意図しない悪はどこにだって蔓延るもので。

 その中でも徹底的に他者を信じるジウはすごく剛胆だ。

 ジウの母親が、そんな娘の勇ましさを見てふふっと笑っていた。まなじりに雫が浮かんでいるのはオレたちにしか見えていない。


「……それで、だから……」

「いいんだよ、ジウ。お友達と先に帰っててね。お母さんはお父さんを置いて行けないから。大丈夫、いつかここを出して貰えるかもしれないでしょ?」


 母親の手のひらが緩やかに娘の髪を撫でる。たったの一席。救いの一席。


「……左様か。しかれば地上へ還そう。我と縁ある子らよ。今回きりと思え」


 天帝は愉悦に満たされたのか漸く帰り支度を整えてくれる。足元が一際輝きを帯び始めた。一日にも満たない筈なのに濃密な時間だった。


 ジウが再度母親と強く抱き締め合っている。その血の絆にオレらが入る隙間はない。


「お父さんとお母さんに、ごめんね、ありがとうって……伝えてね。ずっと大好きだよって」

「うん……うん、絶対に伝える」


 母親が幼児をあやすように柔らかに話していた。ここでのお父さんとお母さんは、ジウの祖父母に当たる人間かな。


「お友達と仲良くね。ちゃんとご飯食べて、寝て、病気や怪我に気を付けるんだよ」

「大丈夫だよ。何歳だと思っているの」

「私の子供だもん。心配くらいさせて」

「へへ……ありがとうっ」

「いっぱい笑って、楽しいことたくさんしてね……」


 母親が寸時言葉を詰まらせていた。

 けれど娘の頬に唇で触れると、目と目を合わせる。とてもよく似た花咲く瞳を。


「私はここで、君のことを永遠に愛しているから」

「お母さん……」


 ずっと大好きという音は確かに響いたと思う。しかしその瞬間にも、ジウの姿はこの世界から消えていた。元の世界に還されたのだろうか。

 腕の中から娘が消えた母親は、震える空っぽの両手を見てから我が身を搔き抱く。やだやだいやだいやだと地面に身を伏せて泣き叫んでいた。

 もしこの母親が、魔族なんて! と否定していたら、また未来は変わっていたのかもしれない。娘に友達を思い遣って欲しいという願い。夫を一人ここに残していけないという想い。……想像は出来ても、本当のところの心根は分からない。


「浮遊の娘の力で、汝らも地上へと降り立つことだ」


 天帝の無慈悲な言葉を最後に視界は暗転。オレたちは、胸裏に連れて帰れぬものたちの心を抱えて、元の世界へと戻っていくのだった。





 どこかの魔族が人間との別離に告げた、ただの、さようなら。そんな言葉に救われる日がくるなんて。



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