33...ただ、人の命に優劣を付ける人間がいるの。
「なんでそんなことするの!? そんなの、災害でもなんでもないよっ!」
ジウの声が甲高く響く。果てがない空間ではすうと通り抜けるように。一市民からしたらどうしたってご尤もな意見だ。こんなのただの誘拐、監禁でしかない。
そうまでして、人間が人間を差し出す理由なんてひとつしか思い付かないね。
「考えられるのは王族やその関係者、国に利のある人間への被害を無くすためじゃない? 国に平等なんてあり得ないってこと」
「人の命に優劣があるって言うの……?」
「人の命に優劣なんてものはないんだよ。ジウ。ただ、人の命に優劣を付ける人間がいるの」
勝手だね。だって優れた側に立つ人たちがそれを決めちゃうんだもん。知らないところで決められていたら声を上げようがないし、魔族が普通に居る頃なら、行方不明になっても魔族のせいだって片付けられる。魔族が全部悪い。
誰にでも分け隔てなく平等に公平に親切に優しく接するジウには想像も出来ない所業だろうな。平素光を湛える双眸が薄暗く沈んでいた。
「……私のお母さんとお父さんは、世界から居なくなってもいい存在だったってことなんだ。不必要な人間だったんだ。だから国の人たちに捕まって、湖に投げ込まれちゃったんだ。……他の人たちを生かすために……」
「……そこまではぁ、分かんないけどぉ……」
「合っているとも。人の子らよ」
オレが心理的負担を加味して曖昧にぼかそうとした瞬間、天帝が明確な輪郭を持たせようと正解を告げてくる。睨め付けたところで天帝は気にも留めない。こちらは所詮、お人形遊びされるようなちっぽけな存在。
「人間がその人間の都合だけで値踏みをしてるだけ。勝手にそう決め付ける奴らがいるってだけでしょ」
オレが言葉を加えようとも、ジウは両手で顔を覆っていた。
全員が平等に並んだなか災厄に巻き込まれてしまいました、それだったら時間の経過で多少の諦めも付いたかもしれない。
「ジウ」
オレは呼び掛けてみる。
「ジ」
「やめて! もういやっ!」
明確な拒絶の色。ざらついた感情に、荒んだ気持ちは冷静さを欠く。
「何を泣かせているんですか? コクー」
突然生えてきた、ギョーセーが。にっちもさっちも前進しない会話に、天帝が送り込んできたのかもしれない。
幼い顔してこちらを見て呆れている。
「他者を泣かせるのはやめた方がいいですよ。格好が悪い。……まさか、ジウをいじめていたんじゃ……」
「んなーわけない。泣かせ……たか分かんないけど、泣かせたくて泣かせてるんじゃないよ」
「そもそも何故あなたたちがいるんですか?」
オレの不貞腐れたような返答はそのまま横に置かれて、続け様に疑問を呈する。
ギョーセーはジウの側へと寄ると、しゃがみ込んで顔色を窺っていた。二人とも子どもじゃないのに、子どもの姿をしている。
「僕はあなたを助けたと思ったんですが、間に合いませんでしたか?」
虚飾ない真っ直ぐとした問い。ジウは顔を上げてギョーセーを見つめて、首を横に振った。
ジウの命は、永遠に閉ざされてしまった数多の人間と、親と、ギョーセーに救われているらしい。ジウはたどたどしい物言いで紡ぐ。
「ギョーセーを助けに来たの。天帝が、一人だけ連れて帰っていいって……。そうしたら、わたしのお母さんとお父さんがいて、二人は赤ん坊のわたしをここから逃してくれてて……。わたし、お母さんとお父さんを連れて帰れないなら、ここに残る……一緒にいる……ずっと……」
「駄目です」
「……どうして?」
「永遠がどんなものかも知らないのに、簡単に言わないでください」
「どんなものでもいいっ。もう離れたくないっ!」
「あなたを助けたものたちは、あなたにそうしてもらうためにしたわけじゃありません。永遠の苦しみをあなたが知る必要もありません。ジウの命の行く末は確かにジウが決めるもの。けれど、帰れるのに帰らない。それは勇気や無謀の片鱗も無い自死に近い行為です。それは助けた僕たちの気持ちを踏み躙っています」
ジウが唇を噛み締めて下を向く。誰も彼もジウを責めてなんかない。急に選択肢を差し出されては、そりゃあ困惑もする。
「あなたは元の世界に帰るんです。あなたがここに来た理由が僕であるのなら、少なくとも、僕にはそれを主張する権利があります」
俯くジウは視線を交差させない。ギョーセーはオレの方へ振り返るから、肩をすくめてみせた。必要な話はしたし、その後どうするかはもうジウが決めるしかない。
ジウが感情ごと拳を握り締める。幼く見えたジウの姿が、現在のものへと戻っていった。
「……分かった。分かってる。ありがとうね、二人とも。ごめんね、帰るよ」
「本当に帰還してもいいのか? 浮遊の娘よ」
強く瞼を閉ざして覚悟を決めるジウの言葉に被せるように、天帝が隙をつく。
パンッと弾けた音が鼓膜を割くかと思うほどに響くと、ジウの側の人影が揺らいだ。ジウによく似た人間の大きな瞳が、花咲くように上を向く。
「え……。なに、私、どうして……あ、あなた!」
ジウの母親の意識が鮮明に冴え渡る。鮮烈に動き出す。すぐに夫であるジウの父親を支えに走った。
オレらはまた振り出しに戻ったような心地だった。終わりが見えない。この世界みたいに。
オレらは、天帝に弄ばれている。
「お母さん……」
後ろからジウがたまらずに声を掛ける。ほぼ無意識のように絞り出された音。
ジウの母親が、夫を抱いたまま振り返った。
「君は……だれ?」
「わ、わたしは……お母さんの娘だよ。ジウだよ」
「うそ……ジウ?」
母親が自分の腹部を片手で押さえる。そこに膨らみはない。ゆっくりと睫毛を伏せた。
「そっか……。お空のひとに助けて貰えたんだね。良かった」
朗らかな笑みの形はジウと同じ。血の繋がりってすごいね、そっくりじゃん。家族のいないオレらには分からない感覚だけど。
「お父さん、ジウって名前、覚えててくれたんだ。……それね、私が考えたの。君のおじいちゃんにジウって名前を付ける話をしてたから、そうしてくれたのかな」
初めて聞く母の声。ジウは感極まったように瞳を潤ませてそっと耳を寄せる。何度だって名を呼んでもらうために。
「ジウ。どうしてまた、ここに居るの?」
「わたしを助けてくれた、友達を助けに来たの……。私とコクー以外に、一人だけ、ここから出してくれるって、そう、言うからぁ……」
「そう……」
ぽろぽろと再び涙を流すジウの濡れた頬を、母親が両手で包み込んだ。その涙の意味も、自分の顛末も、すべて話さずとも伝わっているみたいで。
「ジウ。もっと顔をよく見せて。……嬉しいな。君の顔をこうして見れて。お母さんにばかり似ちゃって、君のお父さんが拗ねちゃうかも」
わあわあとジウが声を漏らしながら泣いている。母親が子の体を抱き締めてあげていた。
「子どもが辛い目にあっている方が、自分のことよりもずっとずっと苦しいの。これでいいんだよ。素敵な人生を過ごしてね。それだけでいいから」
ジウはしがみついて泣きじゃくっていた。別離も再会も、さようならも、いつも突然だ。
「なんだ、心変わらずか」
天帝がつまならそうに見下ろす。
「そうだよ。そろそろ元の世界に戻してよ」
「何を急ぐ。人間に化けた途端に時間が恋しくなったか? 魔族よ」
オレとギョーセーは揃って、あ、という顔をしたと思う。そして、ジウを見る。
「魔族……?」
「教えは無かったか。そこの二人は紛う事なき魔族だ。今は人間の姿を借りておるようだが……。人間の娘、母よりも魔族を選ぶのだな?」
「コクー。ギョーセー……そう、なの? 魔族なの?」
そうだよ。
オレたちは口を閉ざした。それこそが答え。




