30... だめだよ、何でも魔族に罪を被せちゃっ!
ビレイ、どうしてるかな。多分どっかで、無理のない範囲の救助作業とかしてると思うけど。
一言も告げずに飛び出してきちゃったな。まだ怪我をしているひとも居たから、ジウは現場を離れることを心苦しく思っているかもしれない。まあ、命の恩人より優先できることも少ないだろうけど。
……天帝は、連れて帰れるのは、一人だけだと言っていた。今回の災厄でも、すでに数十人規模の行方不明者は出ていそうで。ジウはこの意味を理解しているのかな。詰まるところ、オレたちは命の選定を委ねられた訳だ。既知の相手か、見ず知らずの人間か。
オレを抱えたジウは真っ直ぐに、体を食らう湖へと飛んでいく。荒れ狂う天候は瞬く間に凪いでいて、ジウも重さ以外は比較的飛びやすそうだ。
……にしても、ビレイと急いで移動してきた距離を、蜻蛉返りのように再び戻るなんて辟易する。今回は楽してるけどさぁ……。
「なに考えてたのっ? コクー」
聖なる力を使いっぱなしのジウは少しだけ額に汗を滲ませていた。それでも気丈に振る舞う。
「ジウの親は、もういないんだっけ?」
唐突だったかな。唐突だよね。
けど、気になる。ジウは、ジウだけが唯一、天帝が支配しているような口振りだった空を浮遊することが出来るのだから。
天帝自体も、ジウが飛んでいることに興味を持っていたし、何より強い縁を感じていた。とても天帝と他人事とは思えない。ジウは何も知らなそうだけど、ジウ自身に知らない何かがあってもおかしくはない。
ジウは飛行を続けたまま、オレの疑問に答える。
「わたし、お母さんとお父さんに会ったことないの。死んだのか、死んでないのかも分かんないんだ」
「災厄に巻き込まれて……は、ないのか。人間の土地では、長い間起こってなかったんだし。じゃあ……魔族に?」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。だめだよ、何でも魔族に罪を被せちゃっ!」
魔族にも等しく心を割く。
ジウは、そもそもという口振りで話を続けた。
「だって、わたしをおじいちゃんとおばあちゃんの家の前に置いていく余裕があったんだよ。ただわたしを置いて、二人で旅行に行っちゃったのかもねっ」
ジウは寂しさが声に移らないように明るく喋っている。わざとらしさがまざまざと伝わってきてしまうものの、見ないふりをした。
魔族に襲われた人間が、祖父母の家の前に子どもを置いていけるとは思えない。じゃあ、やっぱり……。それ以上の詮索は無価値だからやめた。どれも想像の域を脱しないしね。
「……おじいちゃんが言ってた。わたし、お母さんによく似てるんだって。すごく、そっくりなんだって。お父さんには、ちょぴっとだけ似てるんだって。……それで、わたしが寝た後に、おじいちゃんとおばあちゃん二人で泣いてるの。……お母さんもお父さんも、何してるんだろ」
ジウがぽつぽつと小雨のように細やかな言葉を漏らす。欠けた気持ちの破片と一緒に。
「……どうしてるんだろうね」
オレから聞いたのに、オレは曖昧な言葉を返すことしか出来なかった。
「きゃあああっ」
「うぎっ」
体を食らう湖の脇に、べちゃりとジウに潰されながら着陸。前回は鳥に追いかけ回されてギョーセーを潰して、今回は人を抱えた着陸なんて普段しないからオレを潰して。
「とんだお転婆だね。次は誰が潰れちゃうんだろ」
「もうっ、ごめんってば!」
助け起こされる頃には、夜もすっかり更けていた。波紋ひとつ広がらない水面は、月明かりを吸い込むようで一層の美しさとさらなる不気味さを増している。
ジウも笑みを引き攣らせて僅かに後ずさっていた。
「話には聞いたことがあるけども……始めて見たよ。すごくっ……なんだか、近寄り難いというか……」
全く同意見であるジウの感想の奥に、人の話し声が夜の暗がりを揺らしていた。シッ、とジウの唇に人差し指を当てて黙ってもらってから目を凝らすと、遠くで人々の影が動いている。
「……葬儀? 埋葬?」
その光景を、ジウが疑問抜け切らぬままに表す。
十数人の人間が、倒れた誰かを囲い、さめざめと泣いていた。その中には昼間に別れた村長の姿もある。
俺は過日に読んだ天帝様の教えを思い出した。
「本に書いてあった。この村では、死んだ人は湖に流すんだって」
人間は、願いを儀式に託しがちだ。
来世にばかり期待して、今生を諦める。……いや、諦めているのかは分からないな。ただ、常に自分の行く先に希望を灯していたいのだろう。自分が間違っていないと思いたいから。人間は、今がどうこうでは無くて、未来に希望が無くちゃ生きていけないのだろうなと、最近思うよ。
淡い月影に照らされて、狂おしい希望の込められた亡骸がゆっくりと湖に流される。
誰かが子守唄を歌っていた。歌声に寂寥さえ抱えて。
不思議と浮かぶことなく、とぷんと骸は沈んでいく。
その先は此処からじゃあ見れない。消えたのかな。永遠の国に行ったのかな。悲願は果たされるのかな。
「……こわいね」
ジウが独り言つ。それは本人達の望みであるのに、まるで畏怖の対象として映っていた。
オレは横にいるジウを見ると、軽く首を傾げる。
「行く?」
「……こわいなぁ」
それはそうだ。この先は、誰もその結末を持ち帰ってきたことがないのだから。
「でもね、行くっ」
「待っててもいいよ」
「……、誰かの甘い言葉に迷う自分は嫌いなの。行くっ!」
「そう。後悔したいの?」
「後悔しないために行くの。覚悟は決めてるよっ!」
わざと行う押し問答をすべて払い除けてジウは決断をする。それなら、それ以上伝える言葉はない。一歩踏み出そうとしたところで、後ろからくんっと服を引っ張られた。オレが首だけで振り返れば、ジウは照れくさそうに唇をごにょらせている。
「でもっ、手だけ……繋いでてもいい?」
「いーよ。離れたら困るし」
「きみって、わたしのこと、犬とか子どもだと思ってる……?」
変なところで迷子になったら大変だ。二度と会えない可能性だってある。指と指すら深く絡めて互いの手を強く結び合った。
「せーの」
どぽん。オレたちは湖に飛び込む。
冷たい。暗い。……苦しい。息が出来ない。
体はどんどんと底へと向かって沈んでいく。落ちていく。月明かりが届かない。隣のジウが呼吸を求める苦痛に、空いている手で口元を押さえていた。
死ぬのかな。呆気ないな。まあ、オレは、一度は死んだ身のようなもの。
もがきもせずに水中を漂っていると、突如として視界が失せた。
正直、失せたと言っていいか分からない。もともと真っ暗闇に覆われていた視界が、今度は白一色になったのだ。……白? これは光?
一瞬にして感覚が途切れた。
例えるなら、光に体を蝕まれる。身の内から燃え爛れて、灰になる。終わりは多分、こうして迎えるんだ。
そして、オレは目を覚ます。いや、目を開ける、が正しいのかもしれない。はっと意識を取り戻す感覚も無く、そこに居た。
無の世界。
立っている筈なのに、地面を踏み締めている感覚が乏しい。視界に映るすべてが無限に同じで、上下左右なんて飾りで、遠いのか近いのかも分からなくて、そもそも果てがあるのかさえ不明で、ああ悪酔いしそうだ。意識が混濁しそうだ。
隣のジウの手も、握っているのか、握っていないのか、本当に隣に居るのはジウなのか、頭が理解から遠のいていく。
「ちょっと、やばいところに来ちゃったかも……っ?」
この声が今のオレの指針になる。




