28...わたしの為にしてくれたから、わたしはじっとしてなくちゃいけないの?
木々が強風にさらされて悲鳴のように軋んでいる。細い木は中途半端な位置で幾つも薙ぎ倒されていた。目を開けていると眼球の水分さえ飛ばされてしまいそうで、図らずも視界を細めてしまう。
飛んでくる枝が肌を薄く傷付けた。ビレイが何も言わずにオレの目前を歩き始める。
無駄話をする余裕も無い最中、漸く他の人間の騒めきが耳朶に届いて。足先は慌ただしく張り上げられた声たちの元へ向かう。
幾人にも渡る声の内容は。「こっちで負傷者が出ている!」だとか、「木に潰されて動かせねえ! 誰か手伝ってくれ!」だとか、「治療が間に合わん! 誰か力を貸せ!」だとか、切迫した状況が瞬時に伝わってきた。
一刻も早く脱したいだろうに、何もかもがそれをよしとしない。
「酷い有り様ね……。あたしはもっと奥の方を手伝ってくるから、あんたはこの辺で指示されたことをしてなさい」
「あ、オレは……」
ギョーセーを探しに行きたい。なんて言える事態じゃないことはひしひしと滲み渡っているから、とりあえずの返答として「分かった」と聞き分けよく応えた。
ビレイは頷いてから光の刺さない森の奥へと駆けて行く。
まあ聞き分けよくするつもりもないので、邪魔をしない程度に潜んでギョーセーの状況を確認しよう。じゃり、と吹き荒れる地面を踏み締めた時。
「コクー……?」
オレの名を呼ぶ声音が微かに聞こえる。
周囲を見渡して声の主を探すと、数人集まった場所にジウの姿を認めた。
「ジウ。大丈夫……では、なさそうだね」
側へと寄って上から下まで眺めた限りでは……全身ビショ濡れ。大きな外傷こそ無さそうだけれど、小さな傷は全身にあるようだ。
そしてその双眸は不安に揺れている。
「わたしは、……大丈夫。でもっ、ギョーセーが! わたしを庇って!」
ジウが縋るように膝をついたままオレの腕を握った。目的の人物の名が紡がれるから、しゃがんで目線を合わせる。
かたかたと震える指先から困惑が流れてくるようだ。
「……どういうこと? 何があったの? 始めから話してみて」
「わ、わたしが……わたしのせいで、」
「ジウ。大丈夫だよ。ギョーセーが自分で決めてしたことで、ジウのせいになることは何もないよ」
ギョーセー自らが決めて、自らで行動したことは、すべてギョーセー自身の責任下だ。それはそれとして、何やってるんだろうギョーセー……という思いはオレの中には生じる。わざわざ口にしないけど。魔王を殺した奴を見つけるんじゃなかったの? 咄嗟の行動ってやつ?
オレがじっとジウを見つめていると、ジウの震えが少し収まったようだ。心配そうな憂い表情はそのままだけれど、言葉を絞り出していく。
「……わたしとギョーセーを含む何人かで調査してたらね、少しずつ風が強くなって、突然災厄による撤退命令が叫ばれたの。みんなで急いで戻っていたんだけど、強い突風で近くの木が倒れていって……どんどんみんな散り散りになって……ギョーセーと二人になっちゃって……」
「うん、それで?」
「ギョーセーが飛んで脱出しましょうって提案してくれたから、風が凄かったけど、抱え込んだギョーセーが力で風を塞いだりしてる間に飛んで逃げて……それで、……」
ジウが言葉に詰まる。そのまま真っ直ぐ飛んだら誰よりも先に一直線に脱出できたはず。
「途中で……森の中で怪我をしている人を見つけて……」
ぽつぽつと息苦しさとともに吐き出されていく。
「わ、わたしが、その人を助けようとしちゃったのっ。重くて飛べなかったから、せめて引き摺っていこうって! ギョーセーは、無理だって、自分たちが逃げるので手一杯だからって、止めてくれたのに……っ!」
苦痛に歪んだ自責の声音を漏らす。
「そうしたら、一気に風が強くなってね、……不気味な唸り声が聞こえてきて、ギョーセーがどこかを見つめたと思ったら、わたしたちを力を使って思い切り川に突き飛ばしたの」
「なるほどね。その時、ギョーセーの姿は見れた?」
「うん……。突き飛ばされている時に振り返ったら、ギョーセーが鋭い突風に呑み込まれて見えなくなった……」
「風に飛ばされたんじゃなくて?」
「ううん。あれは、呑み込まれたみたいだったよ……」
それが行方不明者を出す災厄の正体ってことね。正体と言っても、風であることしか分からないけど。
ジウと、そこにいる怪我人が全身濡れているのは川に落とされたからか。
そしてギョーセーは行方不明。つまり最悪な想像が当たったってわけ。
「……ジウ。さっきも言ったけど、ギョーセーが勝手にしたことだからそこにジウの責任は何もないよ。自分で決めたことなんだから」
ギョーセーはジウを置いて先に走って逃げることも出来ただろうに、それもせずに、挙げ句の果て助けに入った。これからどうするの……と心中渦巻く。
「分かってる。分かってる……。だから、わたし、助けに行く」
「え。ジウのせいじゃないんだから、休んでなよ」
「だめ。わたしが助けに行きたいの。もしかしたら、まだ何とかなるかもしれないっ!」
ジウが立ち上がって拳を握り締める。温和な瞳が今は空を睨め付けるように仰いだ。
それを見て、聞いて、近くの楽園の人間たちが口々に言葉を発する。
「君のせいじゃない。この状況だ、仕方がなかったんだ」
「折角助けてもらって救われた命なんだよ。辛いのは分かる……分かるが、大切にしなくてはならない……」
「君に何かあったら、その仲間が浮かばれない。今は我慢をするときだ。信じて、ただ堪えるんだ」
どれもごもっともなご意見なのかもしれない。
しかし、ジウの目の奥に宿る光は潰えない。自分の意思に反したりしない。思わずドキリとさせられる。
「わたしの為にしてくれたから、わたしはじっとしてなくちゃいけないの?」
普段晴れやかな声音に力がこもる。
「わたしの為に命を掛けてくれているから、わたしは自分の命を優先させなくちゃいけないの?」
濡れて乱れた髪が、身体の中の聖なる力に反応して浮かび上がる。
「そんなのズルいよっ! 先に命を掛けたから、わたしをここに縛り付けるなんて。それはわたしの意思じゃない。わたしがここに残ることはわたしの意思じゃない! ギョーセーのもとへ向かうことこそわたしが決めたことで、その結果わたしが死んだとしても、それこそ全部わたしの意思なんだっ!」
風の唸りに負けない悲痛な叫びとともに、ジウの足が地面から離れる。
「わたしの為だと言って、わたしを縛り付けるなんて、傲慢だよ」
オレは、空に浮かび上がろうとするジウを正面から抱き締めた。驚きに目を見開いたジウがこちらを見下ろしてくる。
「えっ!?」
「ジウ! オレも連れてって!」
「でもっ」
「風除けあった方がいいんじゃない!? オレも自分で決めた!」
「……っ! 落っこちないでねっ!」
ジウが両手でオレを抱き留めたまま、重たそうではあるけれど空へと飛び上がる。
風が殊更強くなってきた。強く抱きしめ合って身を小さくして、何とか聖なる力を風と反発させる。
ギョーセーはどこだろう。周囲を忙しなく見渡す。
もっと高く、すべてを見渡せるところへ。
そして突如、低く唸るような声がオレたちよりさらに頭上から響き渡った。
「汝、なに故に飛んでいる。我の天上であるぞ」
背筋にぞくりと冷たいものが走った。それは怒った魔王を見た時のような。




