27...どうして、今更災厄が始まったのかしら。
四日目、五日目、六日目と過ぎていくと、獣の数も当初よりすっかり減った。
たぶん四日目の夜にビレイが踊り狂ったのが効いたのかもしれない。「獣には光と踊りで威嚇だって相場が決まってんのよ!」って言ってたけど、今でもそれが嘘なのか冗談なのか本気なのか真実なのか何も分かんない。
何ならオレも踊った。
踊りきった後に、これなら別に村の人でいいじゃんってなった。なったよ。
あ、ビレイの踊りは無駄にキレがいい。
「どうしてビレイは、そんなに明るいの? ……責めてるとかじゃゃなくて。今後の参考……?」
姉が寝たきりなのに、とわざわざ付けたら嫌に聞こえるかなと曖昧な形で問い掛ける。ビレイは「なにそれ」と笑っている。
だって、不思議だった。
重たい秘密を抱えていると、ヨカみたいに精神が攻撃的になったり、ギョーセーみたいにたまに暗い顔をしたりしそうじゃん。
ビレイは楽しそうだ。姉の話をする時には、それは寂しそうに沈むけれど、平生にその欠片は見えない。無理をしているようには見えない。
「あたしの大切な人が、それを望んでいるから、かしら」
ビレイの手に持つ杖から小さく眩い光が放出されている。刺すような明滅を繰り返していた。
「あたしが一人で暗い顔をして、膝を抱えていたら、悲しむもの。ただそれだけ。それだけで、あたしは毎日楽しく生きようっていう気になるの。あたしが楽しむことを認めてあげれるの」
「ふうん」
「……不謹慎だと思う?」
「ぜんぜん? いいんじゃない?」
「ほんと、適当ねぇ。……まあ、あたしの場合は、姉が目覚めるのを信じているからっていうのもあるから、参考にはならないと思うわ」
軽い口調で告げられる。まるで姉は風邪をひいているような、そんな感覚にさせられる。
「そもそも辛い時こそ楽しいことを心の支えにしなくちゃ、立っていられなくなるわ。あんたも誰かを元気付けたいなら、それを伝えることね」
ぴっ、とこちらを人差し指で指し示している。
さて、七日目の午後。任務を終えて王都に帰る日。
世話になった村長やらに挨拶に行く。結局、天帝様の教えについては特に押し付けられたりはなかった。
オレもこの内容はまだ信じてはない。されど村の雰囲気が良かったのは事実。みんなが他者に親切で、正直で、それを当たり前として隣人を信頼している。この教えが無意味でないことを示しているし、信じる人の気持ちが全く理解できないわけではなかった。
「この種の草を育てて、潰して出た液体を、果樹園のそばに塗ってみてください。獣が嫌悪する臭いがするので、近付くことが減ると思います」
ビレイが仔細を説きながら、村長に種の入った袋を手渡している。村長もありがとうと両手で受け入れていた。代わりに果物を沢山頂いたなら、後は帰るのみ。村の人たちの見送りを背に浴びながら、果物に齧り付きながら帰路についた。
噛む度に、口内でじゅわっと広がる甘さ。口端から流れ出る蜜でさえ、親指で掬って舐めたくなってしまう。
帰りは暫く徒歩らしい。二人で肩を並べて歩みを進める。不意に空から鳥が一羽舞い降りてきた。
鳥の細い足に括り付けられた小さな紙。
ビレイが腕に鳥を休ませて、その紙を取り上げる。開いた先に綴られた文字。
「なんて書かれてる?」
後ろからビレイの手元を覗き込む。
「えーと……西の魔王城へ続く森で災厄発生中。被害有り。行方不明者発生中。怪我人多数。手の空いているものは来られたし。……ですって」
「災厄?」
「災害でも天災でもなく、災厄を使うなら突然行方不明者が多数出る異変のことね。昔の記録によると、あれはとてつもなく強い突風とともにひとり、ふたりと消え始めるらしいから、それで現場が荒れているのかもしれないわ」
「なるほど。……あれ、待って。西の魔王城に続く森って……」
数日前に共同住居で交わした雑談が浮かんだ。ビレイがそれを汲んで頷く。
「ええ、ギョーセーとジウたちが派遣された場所ね」
オレたちと異なる任務を受けた二人。隊を成して、人間と魔族の土地の境から魔族側に寄った土地の調査に参加すると言っていた。魔族の影は見られないとすでに報告は上がっていたが、まさか災厄に陥るなんて。
「ここからなら近いわ。あたしは行くけど、あんたはどうする? まだ災厄が止んでないかもしれないから、先に王都に帰っててもいいわよ」
「楽園生がそれでいいの?」
「それは……。でも、最悪行方不明になるかもしれない」
「オレも行くよ」
ギョーセーがどうしてるか知る必要があるしね。まさかオレを残して行方不明になっていないと信じたい。
ジウはどうしているだろ。
手紙が指し示す場所を向く。ここからそう離れていない、一日も掛からないはずだ。
「急ぎましょ」
ビレイの声を機に、空が荒れている方角へと足を早めた。穏やかな風に不穏が混ざる。
「どうして、今更災厄が始まったのかしら」
道中移動しながら、ビレイが疑問を口にする。
近年災厄が無かった理由。
ネハンは、昔の王がその聖なる力で災厄を止めたと言っていた。
村にあった天帝様の教えには、正しさが人から失われたために災厄の導きが無くなったと書いてあった。
実のところ、オレはその答えの一部を知っている。一部分だけ。
「……魔族の地だからじゃないかな。人間の土地では災厄が無くなったけど、魔族の地では普通に無くなってなかったんじゃない」
そう、魔族の地では近年も災厄と呼ばれているものは起こっていた。人間が居ないから、人間が知らないだけ。魔族も巻き込まれていたらしい。
何故人間の地では災厄が起こらなくなったのか、その真実は知らない。
「確かに……。魔族の地に行くのはせいぜい勇者御一行くらいだから、知らなかっただけで……」
ビレイが納得したように内容を繰り返す。その中でも未だに、どうしてといった険しい顔に移ろっていくのは、人間と魔族の地で災厄の有無が変わる理由が不明故だろう。
魔族に正しさがあったからかな。なんて考えてみるが、まあそれはないでしょ。
そして暫くまともな休みも取らずに歩き続けて、ようやく森に差し掛かった頃。
緩い風は肌を叩くような強さに変わっていた。
空は曇天。如何にも、といった天気。いつ雨が降ってもおかしくない薄暗さ。森の中は一層暗澹たるものだろう。
ビレイと一度顔を見合わせて、頷いてから木々を掻き分けていく。
風が側を通り抜ける激しい音が、まるで獣の声のように聞こえた。




