26...魔族の何かしらの攻撃に起因しているとは思うけど、何も分からないの。
「杖は持ってきたわね? じゃあ作戦を言うわよ」
「はーい」
持参した杖は、ヨカと模擬戦をした時の簡易的な杖よりも、もっとしっかりとした作りだった。
先ず柄が頑丈そう。前は折れるかと思ったし。
鉱石も大きい。前の小さくて割れちゃったし。
折り畳みじゃない。別にこれは折り畳みでもいい。持ち運びしやすいから。
手元で一回転させて、こつんと先端を地につけた。
「何でも、夕方くらいから出没するみたいね」
「夜行性かぁ。夜は眠いのに……」
「仕方ないわよ。……で、獣が出たら、大きな音や演出で怖がらせる。とにかく、これを連日連夜繰り返す」
「分かりやすすぎた」
「人間に勝てても、恐怖心には勝てないわよ!」
ごもっとも。
「コクー。あたしはこっち側見ておくから、あんたはあっちね。気を付けなさいよ。油断したら頭からがぶりなんだから」
「どんな怪物想定してる? 分かってるって。任せて」
杖を肩にのっけて、指示された方向へと歩みを進める。太陽がゆっくりと傾いていた。夜が目を覚ますまでもう少し。
その晩は。
それはもうどんちゃん騒ぎだった。
大きいものから小さいものまで、獣が代わる代わる来るわ帰るわ。どれだけ果実の甘さの虜になってる?
怪我を負うほどのことではないけれど、訳も分からず聖なる力を多様したからか疲労が半端ない。
遠くの方でもピカピカチカチカお祭り騒ぎになっているから、恐らくビレイが奮闘しているのだろう。
気付けば真っ暗闇の世界が白んできて、漸く朝の訪れを感じさせる。
「コクー。あんた大丈夫?」
地面に寝転がっていたオレに、こちら側までやってきたビレイが声を掛けた。
「……ビレイ」
「何よ」
「頭ボサボサだよ」
「知ってるわよ! 早く帰って湯浴みしましょ」
「動けない〜」
「もう……あたしはあんたの運搬係じゃないわ」
呆れた様子で隣にしゃがみ込んだビレイは、「起きなさーい」と両手を拡声器代わりにしている。
むりすぎ。疲労感が眠気と直結していた。
はあ、とため息を吐いたビレイは、オレの腕を取って身体を起こしてくれる。そのまま背中へと導いてくれた。所謂おんぶというやつ。
「今日は肩に抱えないんだね?」
「流石にその体力はないわよ」
「でも、こっちのが寝やすいよ」
「……落っことしてやろうかしら?」
物騒な言葉も実行する気がないのはバレバレ。
朝日を浴びながら借り暮らしの家へ向かって歩く。
「……寝てもいいけど、後で必ず、起きなさいよ」
「はーい」
油断している? 信頼している? 殺されない自信がある? それとも体力の限界?
ふわあと欠伸一つ零して、寝ちゃうことにした。オレの命は、今人間の身体にある。
その後は、自室の寝台で夕方まで眠りこけた。
「夜がくる……」
「あんたのそんな絶望的な声、始めて聞いたわよ」
再び果樹園のそばで待機。
杖を支えにしゃがみこむオレと、隣で腕を組んで立っているビレイ。
任務二日目の夕方だ。
まだ獣の唸り声は聞こえてこない。昨日の流れを思い出すと、日が沈んでからが本番のよう。
手持ち無沙汰で、杖の先っぽで地面を削って絵を描きながら、疑問を口に出してみた。
すでに人気のない果樹園では、小さな声もはっきりと輪郭を成す。
「……ビレイの姉は、なんで寝たきりなの? 魔族に、頭とか強く攻撃されちゃった?」
人間の頭は繊細らしい。外傷がどんなに治っても、癒えにくい何かがあるとか。オレもよく知らないけど。
ビレイは表情変えずに少し間を置いている。話そうかどうかの惑いだろうか。重たい唇が沈黙を呑み込んでいく。
「……違うわ。魔族の攻撃は、すごく小さなものだったの」
「倒れたとき、頭の打ちどころが悪かったってやつ?」
「それも違うの。倒れた時に、抱えられているから」
「えー……じゃあ何だろ。分かんないな」
「そう、分からないのよ。魔族の何かしらの攻撃に起因しているとは思うけど、何も分からないの。どうして目覚めないのかも、どうしたら目覚めるのかも」
陽光が失せて、ビレイの顔に陰りがのる。
魔力による遠距離攻撃というと……。その場の魔力が包有する情報をもとにした攻撃がある。炎の情報があれば、炎の攻撃。水の情報があれば、水の攻撃。その時の攻撃には……。
返答するより先に、グルルと低く唸る獣の声が響いてきた。
ビレイが杖を構える。
「無駄話はお終い。今日も派手にやり散らかすわよ!」
「散らかさないで」
ビレイが杖を握り駆け出すから、オレもあわせて場所を移動。段々と聖なる力の扱いにも慣れてきた。ちょうどいい修行ではあるけれど。それはそれとして疲れる。
夜の終わり。体力の終わり。オレの終わり。
「あんたまた倒れてるの?」
「はあ〜……眠すぎる」
「今日はもうおぶらないわよ」
「だめ?」
「だめ」
「だめ?」
「だめ」
「いや?」
「い、……」
ビレイが言葉に詰まる。勝負に勝ったとほくそ笑んでやろう。
「また、夜がくるの……? うそじゃない……?」
「大丈夫、明けない夜はないわよ。……ちょっとやだ、名台詞みたいになっちゃったじゃない! もう!」
任務三日目の夕方。絶望。
オレ、働いて寝て働いて寝て働いてるよ。いつまで続くの。すでにいやなんだけど。
杖を支えにしゃがみ込みながら、上目にビレイを見遣る。
「帰っていい?」
「楽園やめるってことかしら?」
「……」
そういうわけにはいかない。魔王を襲った奴のめぼしい情報はまだ得られていないのだ。
オレはいじわるだと片頬を膨らませていたら、ビレイが隣にしゃがみこむ。触れ合わない、ひそひそ話の距離感。
「今日はあたしが質問していい? なんで楽園に入ったの?」
「家無くしてギョーセーと旅して暮らしてて、そろそろ腰を据えたいねってなった時に、ギョーセーが楽園の話を持ってきたの」
「ふーん」
その回答は用意してあるよ。手抜かりなし。脳内でギョーセーが親指を立てている。勝手に親指を立てさせている。
「楽園以外でも良かったんじゃないの? お店とかで働いたりね」
「それはそう」
本当に家を無くした親戚同士の子ども二人なら、お店で平和に働いていた方がそりゃーいいでしょ。街の中なら今後滅多なことじゃ魔族にも合わないだろうしね。
「それでも、楽園に入りたかったの? あんなに痛い思いをしてまで?」
「うん。魔王を倒したひとたちが居るところって、気になんない?」
「なるけど、入ろうとは普通思わないわ。入るのも、入っているのも、どっちもたいへんだもの」
「オレは気になるよ。人間が、どんな思いで、命をかけてまで魔王を倒そうって思ったのか」
わざわざ絶対殺されるって環境下にこなくても、ただ向かってくる魔族だけを返り討ちにしていたらいいのに。その強さをすでに持っているだろうに。どうしてそこまでして魔王を倒したかったんだろう。
元凶である魔王を討ったら魔族はいつかすべて消える。簡単な帰結にしては、犠牲が多そうな選択肢だ。
まあ、魔族も同じようなものか。
宙に漂う魔力によっては、憎しみの情報が含有されている。それを含んで生まれた魔族は、大なり小なり憎しみを抱えている。それを記憶の情報と繋げて、従って、人間を滅ぼしにいく。自分の滅びを賭けて。
考え込んでるオレの横で、ビレイも仰ぎながらうーんと真面目に考えてくれていた。
「そうねぇ……ご先祖様たちがたくさん魔族に殺されているから……。使命感みたいなものじゃないかしら」
「自分たちがそれを見たわけでもないんでしょ? 今の街の人は、身内が魔族に殺された、って人の方がずっと少ないらしいし。人間側も対抗手段がすごく増えてるし」
「小さい頃から魔族の話は聞かされているもの。魔王を倒したら、世界は平和になるって」
「うん……。ビレイも、魔族を恨んでるよね?」
姉を寝たきりにさせた魔族を。
「そうね。姉を寝たきりにさせた魔族は嫌い。許すことはないわ」
そーだね。それは理解ができるから首肯。
「でも、すべての魔族を恨んでいるわけじゃないの」
「どういうこと?」
「何もしてない魔族はなんとも思ってないわ。姉や他の人間を害する魔族は嫌い。同じように、あたしの大切な人たちを傷付ける人間も嫌い。なんていうのかしら……その種族が嫌いなんじゃないの。あたしの嫌なことをする、そいつが嫌いなの」
ビレイははっきりと告げる。
種族での区切りではなくて、自分の好き嫌い憎しみは個人の問題だと。
ジウは人間と魔族が仲良くできたんじゃないかって言っていた。ビレイも同じ考え?
「じゃあ、人間と魔族は同じってこと? 魔王がまだ生きてたとして、仲良くできると思うの?」
「同じじゃないから無理ね。別々の場所で、互いに干渉しないで暮らすのがせいぜいでしょ」
ジウの分かり易い考えとは異なるそれ。
表情に惑いがそのままのっかる。
故に、ビレイが噛み砕いて言い直そうとしてくれた。
「同じじゃないの。生態が違う。生活が違う。価値観が違う。重視しているものが違う。痛みも異なる。偉いと思っている人も違う。……世界が違うのよ。そうなると、違うものが出てきた時に、どっちが優先されるべき? ってなるじゃない。争いの火種ができる前に、物理的に距離を取るのが賢明だと思うわ」
ひとつひとつ、趣旨を丁寧に説いていく。時間がないため駆け足気味ではあるけれど、その大意が読み取れる。
「ま、その話こそ今となっては夢物語よ」




