24...体を食らう湖、って呼ばれていること。
「お目付け役でした。って分かって、何か言うことはないのかしら?」
膝を抱えて少しむくれたビレイが問う。
「なんて言えばいいの?」
「騙してたな! とか、信じていたのに! とか……」
握り拳に力をこめて声高に演じては、悄然として沈黙を落としていた。
悪いことをしていたと思っている分、断罪されたいとの願いだろうか。国の防衛のためなら胸を張っていればいいのに、へんに律儀だね。
「そういうのって、信頼が前提にあるじゃん?」
ビレイが面食らった顔をしている。自分の腕をぎゅっと引き寄せるように握っていた。
自分は疑っておきながら、いざ疑われると複雑な心地になる。人間の感情は厄介だ。
ただ、返事はあくまでも気丈のよう。
「そ、……そうね」
「傷付いた顔しないでよ。ビレイ。ビレイは面白いよ」
「…………ちょっと。面白いってどういうことよ!? お目付け役なのに、ノリノリで歌ってご飯作っているなあとか思っていたわけ!?」
そういうとことか。
世話焼きが故に細かそうに見えるのに、意外と大雑把。おいしくないであろう料理を出しても、大袈裟に誉めてくれる。そして、意外に、ギョーセー情報だと寝起きがすこぶる悪いらしい。あぁ? と凄まれたと言っていた。面白すぎる。見たい。
あの数日間のすべてが嘘じゃない。
オレにとっては、疑いのすべてが嫌悪に繋がっていたわけではない。
今も変わらず面白いと思っている。それ以上でも以下でもない。
「何も変わらないなら、何で監視役だって指摘したの? あたしを泳がせておけばいいじゃない」
「どうして監視してるのか気になっただけ」
監視がどうこうよりも、そう至った理由の方がずっと重要だ。
オレは顔を上げてビレイの瞳を見つめる。
「どうして? ビレイは知ってる? 監視しなくちゃいけない不都合」
まさか魔族が人間に化けて入国する可能性があるから監視、なわけはないとは思う。
「楽園が国の機関で、国との関わり合いが深いから身辺調査でしょ? 今日だって、ネハン王女とあの距離よ」
これがよからぬことを企んだ不審者だったら、今頃……。と考えると、それも正解なのだろう。
「まあ、そーか。ビレイは楽園に信頼されてるんだね」
「それは……そうね。でも、あたしの姉が特に信頼されていたんだと思うわ。あたしなんかより」
「姉? 始めて聞いた〜」
そういえば、こちらの家族構成は初日に確認されたけど、ビレイの家族については聞き返さなかったな。
間延びした物言いで紡ぐ。
「始めて言ったわね。姉はすごい人よ。どんなに栽培の難しい植物も育てちゃうんだもの。おかげで、あれ育ててこれ育てての依頼がわんさかよ」
「……へえ。今も楽園で研究中?」
「楽園内に、居るには居るんだけど……ちょっと、前に魔族と遭遇しちゃって、今寝たきりね」
「ふぅん?」
魔族の攻撃で大怪我でも負ったのかな。でも身体上の怪我なら聖なる力で治せるはず。精神面に関わること?
それにしても、植物の依頼かぁ。人間魔族転換薬作りにかすってたりするのかな。流石にこれだけじゃ判断できない。
「どんな植物を栽培してたの? ただの植物じゃないんでしょ?」
「それこそ色んな種類があるわ! 無限よ! 無限って分かる? 無限よ!」
ビレイはこんなにも沢山だと示すように両手を広げてみせた。
多種多様。となると、そこから薬に使えそうな薬草を見つけるのは難儀しそう……。
「着いたわね」
「着いた着いた。お尻いたーい」
「分かるわ……。結構道が悪くって……」
「お尻割れたー」
「あんたね……」
街から離れるほどに、荷車でお尻は跳ねて跳ねて揺れて跳ねる。二人してお尻をさすった。せめて労わってやらないと。
臀部に鈍痛を感じながら世話になった馬車を見送って、さてと周囲を見渡してみた。
早速目に入るのは木々に囲まれた湖。とても透明度が高く澄んでいて、水面下には生き物すらいない、ように見える。少し不気味。生命の気配が無さすぎて逆に毒々しさを覚えるような……。
移ろう視線は、湖畔の小さな村を捉える。鮮やかな橙色の屋根の家が密集していた。
「で、今日やることってなぁに?」
「依頼は、果樹園に来る複数の獣を追い払ってほしい、っていう内容ね。そんなに難しいことじゃないわ。人間は怖いって叩き込むだけ」
「ふうん」
合槌を打ちながら、手持ち無沙汰に湖の底を覗こうと淵に近寄った。
背後からビレイの声が掛かる。
「それ以上近付いちゃだめよ、コクー」
「流石に落ちないよ」
「引き摺り込まれるわよ」
「まさか」
「万が一もあるでしょ。この湖、得体が知れない……もしかして、知らない? これが、体を食らう湖、って呼ばれていること」
「なにそれ? この辺、全然来たことないし」
それも本当だけれど、魔族時代にわざわざ海川湖沼に入ろうとしたこともないから、魔族同士でこんな内容を情報共有をすることもない。暑さ冷たさ感じないしね。水中は動きにくいだけ。
「それでも、危険だから小さい頃に習うもの……あっ、」
きっとオレに親がいないという情報を思い出したのだろう。小さく跳ねた声を機に、佇まいがそわついている。
ごほんと咳払いで場を正してから、落ち着いた調子の声が紡がれる。
「……これは、体を食らう湖って呼ばれていて、命あるもの、命あったものが数十秒でも触れると、その部分が無くなるの」
「無くなる?」
「骨も残らないわね」
「魔力を保てなくなった魔族みたいに、消える、ってこと?」
「そうね。でも、消える時は瞬きの間に、一瞬にして消えるらしいわ。あたしも見たことないけど」
「こわぁ」
流石に存在がまるまる消えるのは困る。後退りして澄み切った湖面から距離を取った。
ビレイは今更言い出しにくそうに、言葉の合間に空白を挟みながら。
「近くで栽培されてる果物は一際美味しいって有名なんだけど……だから、ここ、あんまり……来たい子いないのよ……」
「難しい任務じゃないし、体よく新入生に押し付けられたわけだ」
「まあ……。地図を見せた時に拒否反応見せなかったのは、知らなかったってことだったのね……」
つまり、ビレイもこの地方を避けたいだろうにわざわざ付いてきてくれたってこと。面倒見がいいね。
「オレは気にしないよ。湖面に触らなきゃいいだけでしょ? 美味しい果物食べれて最高じゃん」
「ええ、ええ……うん。それから、すこぉし、街の風習が独特というか……」
まだ特殊要素あるの?
ビレイはより一層言葉を選んでいる様子。ただの湖と違って、人の住む街だもんね。
オレは目線で湖を指して。
「この水でさえヘンテコリンなのに」
「この湖は、天帝様の水浴びの場なんじゃ。旅のひとよ」
木々の合間から老人が姿を見せた。葉っぱとか木の実とかを採集していたのか大きな籠を背負って、頭には蔦か何かを編んで作ったような橙色の日焼けの笠を被っている。
いかにも現地の人。
っていうか、分かりやすくあの橙色の屋根の村に住んでる人でしょ。




