23...オレたちの監視役でしょ?
周辺の村に派遣される当日。
ギョーセーやジウと暫しの別れだと挨拶を済ませる。
「粗相のないようにしてください」
魔族だとバレるなというご忠告をしてくれるギョーセー。トイレの失敗の心配ではないはず。
「寂しくなるなあ。やだなぁ……どんなところだったか教えてねっ」
しょんと肩を落としたかと思えば、打って変わって楽しみを作り笑みを咲かせるジウ。飛んで移動できるから羨ましい。
人間は歩くだけで疲れるのだめだと思う。
「それじゃあ、コクー。いいかしら? あたしたちも行くわよ」
「はぁい」
今回の派遣先には、ビレイと行くことになっている。始めましてこんにちはオレはコクーとかからしなくてもいい分、気が楽だ。気を抜きすぎて魔族の名残が出たらどうしよう。例えば、服を着るのを忘れるとか……。
「楽園を出て任務に行く時は、城で祈りを捧げるのよ。別塔に祈りの間があって、そこは楽園関係者が入れるようになっているから」
「はいはぁい」
祈り。なんか最近聞いたな。
そういえば、ネハンが城で祈りを捧げていると言っていた。もしかしたら会えるかもね。
ビレイと並んで城門を潜り、直ぐ脇の別塔への入り口を開ける。
螺旋階段を上った先は、絵画が描かれた硝子に囲まれていた。一瞬間にして視界が華やぐ。圧巻な光景。鮮烈な色彩は陽光を透かして薄暗い部屋を照らす。足下すら鉱石を散りばめたように彩られていた。
絵が咲き誇る派手やかな空間。
何の絵だろう。王冠とか被っているからたぶん、昔の王様たち? ゆっくりと視線を上げていく。天井付近の一際大きな絵には、魔王が居た。魔王と王様。向かい合っている。向かい合っているだけ。背景には空と草原、そしてここよりもずっと小さなお城。
「おや、コクーじゃないかい?」
口を半端に開いて厳然な装飾に気圧されていると、名を呼ぶ声が耳朶に触れる。
「その声、ネハン?」
名前の人物は帽子を目深に被って正体を隠していなかった。聞いたことあるけれど、始めて見るような感覚。
オレはこの人を知っている。
「あんた……! 王族相手に!」
ビレイに腕を強く引かれて、たたらを踏みながら数歩下がった。
「いや、いいのだよ。ぼくはただ、ここに生まれ落ちただけに過ぎない。同じ人間なのだから、互いに礼節のみを尽くそう」
ネハンは見栄えの良い笑みに満ちる。
「……王族?」
「あんた知らないの!? ネハン王女よ!」
「って言われても……。……よろしく、お願いします」
頭の中のギョーセーが、粗相のないようにと再三言いつけてくるから辿々しくご挨拶。
王女ってことは……王の娘? 偉い人間だとは予想していたものの、本当の本当に偉い人じゃんね。
「今日は残念ながら勉強をしている暇はないようだ。……されども、今回は勇者御一行の旅路ではないのだから、祈りは直ぐに終わるのだよ」
ネハン王女を知ったことが今日の勉強の内の一つで。
二つ目は祈りの捧げ方だ。
「二人とも、祈りを」
ネハンが端的な言葉と手のひらを向けてきた。
手のひらには僅かにネハンの聖なる力が宿っている。
ビレイが緩徐に片膝を床に付けた。倣って、オレも片膝を床に付ける。
「王に心を尽くせよ」
ネハンの冷淡な声音が落ちた。
「忠誠を」
ビレイが応える。
オレも応えなくちゃいけないんだ。
口を開いて、そして、僅かな惑いを覚えた。気持ちの無い言葉に意味なんてない。そんなものただの音だ。
しかし、今こうして、刹那の躊躇をしてしまった。
ああ、不自由だなぁ。
「……コクー。同じように」
ビレイが小声で教えてくれる。
「……忠誠を」
嘘でも言える。誰でも言える。オレでも言える。
オレの忠誠はここには無いのに。
「以上なのだよ。二人とも、また会おう。気を付けて行ってきたまえ」
ネハンのお見送りの言葉で締められた。
さて祈りの時間を終えると、一度共同住居に戻り荷物を持って早速出発だ。
行き先は湖のほとりの村らしい。
移動は歩きかと思っていたが、行商人の馬車に乗せてもらえた。向こうとしても、道中何かあったら対応してもらえるから助かるとか。人間はそうやって生きている。
「まさか、あんたと同じ任務を受けるとはねぇ」
馬車の荷車に乗ってがたごとと揺らされながらビレイが独りごつ。
「そう? オレは意外じゃないよ」
まるで飄然と言い返した。
「え?」
「ビレイ、オレたちの監視役でしょ?」
「な、」
絶句。という表現がこれ程までに当て嵌まることがあるだろうか。口を上下にぱくぱくと開いて、目をまん丸に見開いている。
「だから、オレと派遣されたのがビレイなのかなって思ったよ」
「え……えぇ? あたし、そんなこと言ってないわよね?」
「言ったら監視の意味がないだろうからね」
分かりやすく困惑した空気が漂ってくる。
ビレイの頭の中で、なんで、どうして、なぜ、が混雑していそうだ。
「な、ど、……何故そう思ったのか聞いてみてもいいかしら?」
「いいよ。変だなって思ったのは……ほこりが立つくらい家を空けていたってことは、普段は楽園で生活していたんじゃないの? 家を長期間空けておいて、オレたちが合格した瞬間にばったり出くわす?」
「偶然よ、偶然」
「共同住居が都合よくあるとして。期限も決めずに、費用も取らずに、他人を泊める?」
「あたしって親切なのよ」
「……最初オレたちに料理を振る舞う時、料理道具の位置を右だ左だって探してたよね。料理のうまいビレイが、自分の所有している家でそんなことする?」
「……あたしだって、忘れることくらいあるわ」
「埃が立つくらい家に帰っていないのに、食材だけは置いてあったね。傷んでない肉も。共同住居を用意した誰かが置いていったんじゃないの? 不要な親切心」
「……あるもので簡単に作ったのよ」
「ふうん。長期間帰ってない家に、肉があるものなんだ?」
「……あるもの」
あったとして、それを使われたら困るでしょ。人間のお腹の中身は弱いよ。
それにしても、なかなか折れないな。忠誠ってすごい。
「ビレイ、最初言ってたよね。オレたちの入園試験の姿を見てたって。ギョーセーも、ビレイのこと見たみたいだし」
「……ええ、そうね」
「いくらなんでもおかしくない? 尾行でもしないと、直後に、路地裏のオレたちと会わなくない?」
「……」
「偶然にしては出来すぎてるよね。ジウは信じるかもしれないけど」
「……」
「オレたちが特別に監視されてるのか、それとも入園生全員に同じ措置をしてるのかは分かんないけど」
元魔族だってバレる要素はないはず……。とはいえ、薬を開発したのはアマノハラ楽園だろうから実際はどうだろう。
この監視にどういった意図が隠されているのか不明だからこそ、こうして街を出て二人きりの機会に窺ってみる。
そっぽを向いていたビレイが、たっぷりの時間を取ってから、観念したようにため息を吐いて両手を上げた。白を切るのも難しくなったみたい。
「そうよ、そうなのよ。あたしもあからさまだとは思ったし、油断もしたわ。監視役というよりも、お目付け役よ」
弁舌達者に白状していく。反応を見るに魔族への警戒は感じられない。バレてなさそう。
「……街の外から来ていて、全く身元の分からない子たちにはそうしているわ。ほら、試験の時に受付したでしょ。あんたたちの過去住んでいた場所や生い立ちが人里離れ過ぎているのよ」
「まあね」
やっぱりオレらの人間設定って傍から見て怪しいんだ。
そうだとして。ジウは。
「……じゃあ、ジウの家が壊されてたのも」
「あれは本当の事件ね」
「そーなんだ……」
「ジウは素性に怪しいところがなかったもの」
ただ一人、飛べることを除けば、ってね。




