22...兄様、無茶しないでね。
「オーカよ。よろしくね」
「コクーだよ。よろしく」
ヨカの妹と改めて顔合わせをする。しかし名乗りあうのも早々に、オーカは兄に向き直り心配そうに眉を下げていた。
「兄様、無茶しないでね」
「この程度、問題無い」
「このことだけじゃなくて! 最近ずうっと張り詰めてるから……母様も心配してる。アタシだってそう。兄様に仕事を任せるしかなくて申し訳ないって。兄様も病気になっちゃうんじゃないかって。それでね、遠縁のひとたちが商会を手伝ってくれるって。大変そうなら引き継ぐと仰って」
「それは出来ない!」
ヨカは声を荒げて妹の言葉を遮った。オーカがびくりと肩を跳ねさせる。目を見開いて、兄を見つめる。
オレですら、ヨカのギラつく瞳から家業に触れる他人への不信感が読み取れるのだから、妹にはそれ以上感じ取るものがあるだろう。
しかし意識外であっても怒声に近い色。怯えを含んだ妹の瞳の底を見て、ヨカはハッと意識を正しては直ぐにバツ悪そうに「すまない」と口にした。
オーカは首を小さく横に振る。
「ううん……。余計なこと、言ったから……」
「……」
「……ごめんね。忘れて。先に帰るから……」
「……いや、送る」
もう二人の視線は交わらない。
…………なんだこの兄妹。なんだなんだ? 兄妹ってこんな感じなの? 親戚関係しか知らないから。それも想像だけどさぁ。
互いに思い遣ってるだろうに、なんで? なに? なんだ?
「なんなの? オーカは兄が心配だし、その前に先ず不安に思ってるんでしょ? ヨカが心身ともに悪くなっちゃうんじゃないかって。オーカの不安を除いてあげなくちゃ、じゃない? ヨカは、父の商会だから自分が守っていきたいって思ってるんだよね? 多少無理をしてでも。……危険なこと、というか、えーと、……大変なことにオーカは巻き込まずに。お互いにそれ、話すべきじゃない? 気を遣いあったって、相手の本当の胸の内なんて分かんなくない? 折り合いなんてつけれなくない?」
「一気に喋るな……」
二人してもだもだしてたから舌が回転しちゃったよ。ヨカも呆気に取られている。
「で。オーカは言いたいこと言っちゃいなよ。この兄様、たぶん言われてないなら、無いものとするよ」
「無いものとはしてない」
「じゃあ妹が心配してるの気付いてるんでしょ?」
「……まあ」
「それでも無理してるんだよね?」
「無理はしてない……」
「なるほどね。自分の状態の方を問題無いって方向にするわけか」
自分の心身は問題無い。故に妹に心配を掛ける振る舞いはしていないと。
「なるほどね」
「……」
黙っちゃったよ。少なからず自分の悪いところを自覚しているんだ。
まあね。父が事故死か他殺か曖昧で、その真相も知りたいし、父の遺した商会や、楽園の方にも気を回さなくちゃいけない。無理をするしかないのも分かるけど。オレも真相を求めてる側だし。無茶しなきゃ進めないよね。
それでも、妹の切実な願いは揺らがない。
「……兄様。お願い。無理しないで。兄様にとって大事な商会なのは分かっているつもりだわ。それに、父様が亡くなった時に、親戚の方々が商会を乗っ取ろうと躍起になっていたのも……知ってるの……。でも、でも、アタシは兄様に元気で楽しく居てもらうことの方がずっと大事よ」
オーカの握り締めた両手に力がこもっている。顔が俯いていく。
「代々継いだ商会だって分かってても、……こんなもの、……無ければいいって思っちゃうの。最低だよね……最低過ぎるよ……」
自重気味な物言い。卑下に蝕まれている。
「父様も兄様も頑張っているのに……。でも、父様も急に亡くなっちゃって、母様も病気で寝込んでて、兄様に何かあったらって思うと……」
「もういい」
ヨカがぴしゃりと静かに抑えつける。
「兄様!」
「分かってる。分かってるよ、オーカ」
妹の悲痛な叫声に応えるように、兄の幾分か柔らかな声が降り注ぐ。
ヨカのゆったりとした動作で伸べた手は、不器用にオーカの頭を一度だけ撫でてやっていた。
「心配を掛けてすまなかった。……だが、商会は、俺が継ぎたい。先ずはそのわがままをお前に許して欲しい。そして、遠縁や、信頼できると判断した人たちに、任せられる重要な仕事はお願いする。休む時間を取る」
「……」
「……」
「……」
「……オーカも、商会を手伝ってくれないか?」
「……ッ! ええ! もちろんよ兄様!」
ややあってから、逡巡を経て、頼みを告げるヨカの手を両手で握り込むオーカ。暖かく安全な場所に置かれていたその妹の双眸がレンズ越しでも分かるほどに煌めいている。
無理をしないでほしい。だめなら、巻き込んでほしい。ってこと? 折り合いとしてはちょうどいいのかもね。
「ただ、変なことに首を突っ込んだりするなよ。何かあったら直ぐに俺に言え。いいな?」
「うん!」
父の二の舞になることを恐れる気持ちは変わらずだろうが、そんなの相手を何処に逃していたって生じるものなのだろう。だから、兄妹両方に芽生えている。仲良く分けっこして生きていくしかないね。
二人の気持ちが落ち着いたところで、オーカの指先がもじもじと結ばれる。時折ちらりとオレとヨカを視界に収めて。
「あの、それでね……ちょっと、聞いておきたいこともあるんだけども。私事なのは分かっているんだけど……」
「なんだ?」
「こ……コクーさんとは、どういった関係なの?」
「…………はあ?」
予想外なところから飛び出た質問に、漸く思考が追いついたかと思えばヨカの調子はずれな声がまろびでる。
オーカは髪先を弄りつつ、恥じらいと興味を行ったり来たり。
「どんな関係でも! いいと思うの!」
「いや、待て。待て待て待て。どんな関係も何もないだろう」
ヨカの手のひらが兎にも角にも待てを示す。
「あの、前に、い、いけない関係だと聞いて……」
「そこまで言ってない!」
前に、もしかしたら適してない言葉でオレとヨカの関係を説明していたから、オレ怒られる? と思考に囚われていたのも束の間、訂正を差し込む。
「た、ただならぬ関係だと……っ!」
そうは言った。
「た、ただならぬ……? 適当をほざくな!」
ヨカがオレに指を向けつつ声を張り上げる。
「だってぇ、あの時は険悪だったし……そういう意味で……」
「複数の意味に取れる言葉に内包させるな」
ヨカが腕を組んでオレを見下ろしている。
「あと……」
さらにオーカは追い打ちを掛けようとしていた。
他になんかあったっけ?
「アタシのこと、……かわいいって……」
頰から含羞を露わにする。伏せがちのまつ毛が落ち着かずに震えている。
きっとこれが箱入り娘っていうやつなんだろうな。あの一言ではにかんじゃって。
ヨカは、オーカを背裏に隠した。
「妹のことを誑かすのは止めてもらおうか?」
「誑かしてない。本音」
「本音なら誑かしてないとでも?」
「誑かすって言い方もよくないなあ〜」
力比べ終わったばかりなのに、二回戦始まりそう……。




