21... こんな攻撃じゃあ魔王は死なない!
「この辺でいいよね?」
移動した先は街外れの丘。建物も遮蔽物も無く周辺も遠くまで見渡せた。
大きく和やかに風が吹いて髪をさらっていく。時折どこかから花の香りを届けてくれるから、両手両足投げ出して寝っ転がったら気持ちがいいだろうなとか考えてしまった。
考えてしまったからには、寝っ転がった。
地面は思ったより堅くて、石か何かが背中を刺す。意外と痛いもんだ。
その痛みを享受したまま青で塗り潰された空を仰いでいたなら、視界ににょきりとヨカの顔が生えてくる。
「何をやっている」
「寝転がったら気持ち良さそうだと思ったから、寝転がってみた」
「……どうだったか、確認した方がいいのか?」
「気持ち良いよ。お隣どうぞ」
ずりずりと背中を擦って横にズレた。移動するまでもなく広大に空いているんだけども。
それよりも、全身の衣装のお値段を考えると地べたで汚したくなかったかな。無理強いしなきゃいいか。
ようやく感じたまるで平和な世界は、ひとりきりの今。
多種族で争っている時はひとつの種族になったら平和になるかなと思ってたけど、ならなかった。
ひとつの種族になった今度は、一人になったら平和になるんだと不毛な帰結に辿り着く。ま、争う相手がいなきゃね。
すると隣に毛玉ひとつなく美しい衣類ごとどさっとヨカが腰を下ろした。
「汚れるよ」
「貴様が誘ったんだろうが」
「ごもっとも。無理しなくてもいいのに」
「……俺だけ突っ立ってるのも癪だろう」
「なにそれ。……なにそれ〜!?」
よく分からない対抗意識にけたけたとお腹を抱えて笑うと、細めた双眸にこちらを不服そうに見下ろすヨカが映る。なんなのその負けず嫌いっぽさ。その不満さも相まって面白い。
「あー……なんか始めて大笑いしたかも。こんなことで大笑いしちゃうなんて……」
「口を縫い合わせてやろうか?」
「うそうそ。笑ってないよ」
「それは無理あるだろ……」
ヨカは不平を唱えながらも、ふ、と口端が笑っている。
それも次ぐオレの疑問で崩れるけれど。
「ねえ。アマノハラ楽園って何するとこ?」
「はぁ? 今更な質問だな……。普通入る前に調べないか?」
「なんとなぁく分かってるけど、なんとなぁく分かってないから教えてよ」
「まぁいいがな。楽園は、薬草や鉱石などの研究や開発、魔族との戦闘に備えて力の扱いの訓練、実践。災害の対応。街や村から何かしら依頼が来たら都度派遣。主にやってるのはこの辺りだ。必要な費用はすべて国が負担してくれている。活動の内容によって賃金も出る。結果を残せば残すほど待遇は良くなるが、反対に結果を残さなければ退園だ。ふん、せいぜいお前も気を付けろ」
「真っ先に退園する候補に上がりそう……こわぁ……」
「俺と力比べまでするんだ。しがみついてでも残って貰わなくては俺が間抜けになる」
「そうは言ってもなぁ……退園するわけにはいかないから、努力はしたいけどぉ……」
身動ぎしながら考える。結果を残せと言われても何をしたらいいんだか。無意味に、理由もなく、魔族を倒すつもりは到底ない。そもそももうほぼ居ないだろうしね。……と考えると。
「……じゃあさ、魔族がいなくなっていくから、もう戦いの訓練とかはしないの?」
「いや……、実際は暴動などが起きた時にも俺らが対応することになる」
「ぼうどう? だれが?」
「市民が。国に対して」
「ふうん……」
人間同士でそんなに大規模なことになるんだ? 愚かじゃん。
そんな会話の最中、隣に座っているヨカが荷物を取り出した。
鈍く輝く鉱石が埋まった細身の杖が二本。折り畳み式の簡易的な作りだ。全体的に強度は強くなさそう。
「なにこれ」
「今日の模擬戦闘で使用する杖だ。幾ら力を制限するとはいえ、生身は難しい」
「これに力を流して、放出……だよね?」
念の為の質問は素っ頓狂だったらしく、眉を顰めたヨカが折り畳まれた杖を戻す作業を止める。
「……矢張り、止めといた方がいいんじゃないか?」
「しんぱい?」
「無謀には付き合ってられないだけだ」
「大丈夫。勝機は見えてるよ」
天へと伸ばした両足で反動を付けて、勢いよく上半身を起こす。一応、人間になった時に聖なる力の使い方の練習はしたから。鉱石はその辺で倒れていた人間が持っていたしね。
険しい顔をしていたヨカが、今度はくくくっと堪えるように喉奥を鳴らした。
「勝機? 無謀と勇気を間違えるなよ」
「……油断しないようにね、ヨカ」
杖を一本、ありがとと掴んでヨカから幾らか距離を取る。杖の心地を確かめんとぎゅうぎゅうと握り締めて、手のひらに馴染ませた。
「一本勝負ね〜! こっちはいいよ〜!」
声を張り上げて、大きく手を振り開始の合図を待つのみ。
向こうも器用にくるんも杖を回して準備万端のようだ。
「行くぞ!」
分かりやすい開始の発声。
途端、ヨカの杖に嵌め込まれた鉱石が強い輝きを示した。杖先が俺を指したと同時、眩い光が真っ直ぐにこちらへ飛んで来る。
「はやっ」
先手を取る意思が明確に感じる攻撃。
負けじと杖に聖なる力を移し攻撃を放てば、互いの力を相殺した。光が衝突した場所で粉塵が巻き上がる。
なるほどね。この杖に嵌め込まれた鉱石は、あまり聖なる力を受け取らないようだ。これなら、もし攻撃を受けてしまっても尻餅を付く程度で怪我の心配もない。
とはいえ、オレからすると、魔王を倒せる勇者の実力も分からなくなっちゃうな。まあ、強い力を放つだけじゃあ魔王には勝てないでしょ。その手数も見せてね。
「まだまだ、こんなものじゃない!」
ヨカの手元で一層鉱石が煌めく。向こう側にたくさんの光が咲いた。咲き乱れた。すべてが一斉にこちらへと飛んでくる。
「多いね……っ」
まだまだ人間歴は浅いから、この攻撃に対応できる術はない。相殺では無く、長い手足を用いて避けていく。
「逃げてばかりじゃあ勝てないが」
真っ直ぐ飛んでいた光が、今度は緩急を取り、曲線を描き始める。予測ができない!
直前で判断と対応をするしかなく、身体ぎりぎりで避けていく。
「どうした? 攻撃はしてこないのか!?」
ヨカの鉱石が繰り返し輝く。その周辺に眩みそうなほどの光の粒を大量に瞬かせた。まさに、真昼の星空のよう。
「いやいや……それは……っ」
避けれないでしょ。息切れした喉は声を作らない。
「俺に挑んだことを後悔しろ」
響く。高圧的なまでのはははと笑う声。
まだ。まだ時間を稼がなくちゃ。
「後悔なんてしない」
立ち止まって対峙する。
杖を強く握り締めて。
自身の鉱石に力を注いでいく。
パキッ、と鉱石が悲鳴を亀裂とした。慎重に。一気に注がずに。パキパキ。ひび割れが伸びていく。
「こんな攻撃じゃあ魔王は死なない!」
太陽の如く。大きな光の球体を目の前に出す。
飛んできた星の粒たちが、太陽にぶつかって両方が弾けていった。
再び衝突による噴煙が広がる。
あ。
向こう側でヨカが次の攻撃の準備をしていた。
「やば、」
「終わりだ!」
「兄様!」
「……なッ! オーカ!?」
トドメを刺そうとするヨカに、凛とした呼び声が届く。聞き馴染んでいるであろう声色に、ヨカが一瞬の動揺を示した。視線が外れる。
決してその隙を見逃さない。
真っ直ぐに打った光は、噴煙を貫いて。
ヨカに届く。
「ぐっ、」
肩への一撃が呻きを伴って片膝を付かせる。
勝負ありだね。
事態を呑み込めていないヨカが瞠目している。
「今のは……ッ!」
「卑怯だって? 油断しちゃだめって言ったじゃん」
近寄りながら人差し指二本でばつ印を作る。判定は覆らないよ。
ヨカは悔しそうにギリと歯を食いしばった。
それも、妹が駆け寄ってくるまで。
「兄様! お怪我は……?」
「ああ……問題ない。何故お前がここに?」
「今日のこの時刻に、ここで、兄様の喧嘩があると聞いたの」
ヨカの妹は片膝を付く兄を支えるように両手を伸べながら紡ぐ。突拍子もないであろう台詞に、ヨカは目を丸くしていた。
「は? 誰に……?」
「そちらの方に……」
手のひらを向けられる。オレに。そうだね、あの日ヨカの妹に会った時に教えたよ。特に悪びれる様子を見せるつもりもない。
水面下で動いていたのが嫌だったのだろう、ヨカの目が吊り上がる。久々に嫌悪した眼差しを向けられた。
「貴様……! 妹に何かしてないだろうな!?」
「違うの! そもそも話し掛けたのはアタシだし……このひとは、兄様のことすごいって言ってた! 今日だって、アタシが来たくて来ちゃっただけだから……!」
ヨカの妹が慌てた様子で早口に制止を掛けている。ヨカは一度妹へ視線を落としてから、意識して静めた口調を差し出してきた。
「……すごい? よくもまあそんな嘘を」
「嘘じゃないよ」
普通にすごいじゃんね。いっぱいのことしてて。
まだ疑惑の眼差しを送ってくる。
「うそじゃないよ」
一音区切りで確りと発音してみたら、渋い顔をしながら「聞こえている」と口を曲げていた。
ヨカは膝に手を付きながら立ち上がる。まだちょっと負けが不服そう。力みを逃すようにはぁーと息を吐いている。
「ねえ。歴代の勇者のひとたちの聖なる力の強さってどんなもん?」
「力の強さ? それは結局、鉱石を媒介とするからな……。一番頑丈な鉱石を用いても、貴様が入園試験で見せたあの力の強さは出せないだろう。その分、威力は落ちるが連続して攻撃することは可能だ」
「なるほどね……」
勇者は強い。人間にしては強い。手数が多ければ、魔族程度なら欠損をたくさん作れば勝てるはず。
でも、それじゃあ魔王は削れないだろう。生半可な攻撃じゃあ倒せない。
鉱石を媒介せずに聖なる力を発動したのか? 力の密度を高めれば貫けるかもしれないけれど、そもそも、真正面からの攻撃は魔王に防がれそう。
……ヨカ相手でも、不意打ちは効いた。やっぱり、不意打ちなのかな……。
あのお腹に空いた穴の大きさを考えると、魔力による攻撃の可能性は大きい。
今のところは、人間魔族転換薬を使用した魔族もどきの攻撃は十分にあり得る。再確認。
もしくは、今回の勇者が規格外に強すぎたか。魔王城で見たことあるし、それもまあ有り得なくもない。
「魔王を倒した勇者って、すごく強かったの?」
「ああ、歴代の勇者の中でもかなり強かったらしいな。実際、会ったことはないが……」
「ふうん。ヨカよりも強いんだ?」
「……なんだ。もう一戦の話か?」
「カチンとこないで〜。ただの疑問だから」
「……まあ、そうだな。今の楽園の中では一番と謳われていた」
「へえ」
今回の勇者が規格外だった説も出てきちゃった……。
もっとその勇者について聞いてみたいかも。
借りた杖を折り畳んで返す。鉱石のひび割れは見ないフリさせてほしい。
「力比べしてくれてありがとね。今後の参考になるよ」
「参考って……魔族に出会ったら、今は逃げる一択だ。魔力が失われている今、時間が経てば魔族は消えるんだからな。分かっているのか?」
「はぁい」
かつての同胞だもんね。




