20...楽園のため、延いては国と王に尽くせよ。
それから何事もなく数日が経った。
例えばビレイの買い出しに付き合った日。
「あんたね、そんなにお菓子ばっかり買ってどうすんのよ!」
「大丈夫。オレが全部食べるよ」
「そんな心配してんじゃないの! 食費無くなるでしょうが!」
「みんなで分け合うし」
「戻してきなさい」
「ぐう」
「ぐうじゃなくて」
「ぐぬぅ」
「握り締めないで」
例えばジウと体力を付けるために走った日。
「ま、待って……待って待って……やば……」
「あれっ? 走る前は、オレの方が体力あるし、とか言ってなかったっけ? ふふふっ」
「ジウだいぶ体力あるじゃん……」
「飛んでばっかりだと思った? こう見えて、田舎出身ですっ!」
「日常生活で鍛えられてるってことね……」
「語尾が消えてく……」
「はんぬぬぬ……」
「もぅ、何言ってるか分かんないよっ……」
例えばギョーセーと人気の無いところで語らった日。
「街に来て分かったよ。食の楽しさがね」
「何を満喫しているんですか……」
「って言っても、ギョーセーもパン好きじゃん」
「……ッ!? 分かるんですか……?」
「子どもの身体だからなのかなぁ。表情前より分かりやすいよね」
「不覚です」
「別にいいじゃん」
「人間を楽しむために、人間になったわけではないので」
「ギョーセーはさぁ、それはそれ、これはこれでよくない?」
「魔王が死んでいるのに」
「魔王はお前に楽しんでもらっていた方が喜ぶんじゃないの?」
「……それでも、」
「あ、パン屋」
「……買って帰りましょう」
そして、アマノハラ楽園への登園が始まる。
ビレイはひと足先に出発しているから、オレとギョーセーとジウの新入生三人組で向かうことになった。
「準備はいいですか?」
「もち」
「ろんですっ!」
とことことこ、と隊列を組む。
「着きましたね」
「とー」
「ちゃくっ!」
事前に指定された楽園内の集合場所に到着。ややあってから、試験官をしていた人間がやってきた。
「よく来たな。変わりはないか? 諸君には先にこれを渡しておこう」
配布された徽章はアマノハラ楽園の紋章の形をしている。それを胸に付ければ、晴れて楽園生になったということだ。
胸元で煌めくそれを指先で触れてみた。
ここまでは予定通り。順調そのもの。外面が変わってしまえば呆気なく人間になれるんだね。……いいや、人間として扱われるんだね、が正しいのかも。
三人が徽章を刻んだところで、試験官だったひとは順々に見渡す。
「楽園のため、延いては国と王に尽くせよ」
オレたちは導かれるように「はい」と回答した。心の内がどうであれ、口から吐く言葉なんて音でしかない。
残りは楽園の案内について傾聴。途中からオレはまた蕩けだしていた。聞いているのかと問われても、「はぇ……」としか応えられない。目に余ったのか、時折ギョーセーに肘打ちされる。痛い。
「では最後に、早速三人には、周辺の村に向かってもらう。手を借りたいという依頼が来ているそうだ」
「魔族との戦闘ですか?」
軽く挙手をしてギョーセーが質問をする。そりゃ魔族だと顔馴染みかもしれないしね。向こうはオレたちの今の顔を知らないけど。
「いや、戦闘になる危険性の少ない地域だ。今回はコクーと他在園生。ギョーセーとジウ、他在園生の二つの隊に分かれて、それぞれ別の場所に行ってもらう。油断しないように」
二人と分かれることになっちゃった。互いに顔を見合わせる。ジウは少し残念そうに眉尻を下げて、ギョーセーは特に表情を変えていない。まあオレも心細さとかはない。ただ、残りの在園生誰だろうな〜と思惟するだけ。
そうして、試験官だったひとの「以上!」と張り上げられた声により解散となった。
「じゃあ、オレこの後ヨカと戦わなくちゃだから」
前を歩く二人に手を振り一足先に列を抜けようとしてみるものの、引き留めんとジウがオレの手を強く握る。慌てた動作は言葉尻にも出ていた。
「待って待って! ごめんねっ、待って! だめだよ、怪我しちゃうからっ!」
「大丈夫、無理しないし。お互いにね」
「えーっ! でも……ねぇ、ギョーセー? どう思う?」
「放っておきましょう。お腹が空いたら帰ってきますよ」
「ええぇぇぇー……」
それでも放っておけないのがジウだ。
まだ掴む両手に力を込めて、弱々しくでもでもだってだってを繰り返す。いじわるして、戦いなんて言わなきゃ良かったな。今更省みてジウの手に手を重ねてあげる。
「戦いっていうかぁ……、戦いの練習? みたいな感じだから。ヨカと会ったでしょ? もう仲悪くないし」
と、オレは思ってる。仲良いと言えなくても、険悪な雰囲気はないでしょ?
「うん……。でもしんぱいっ! 早めに帰ってきてねっ」
「ええ、遅くならないようにしてください。何があるかも分からないんですから」
「分かってるって〜」
ひらひらと後ろ手に振って離脱。
えっと、場所はあまり目立たないところにしたはず。朧げな記憶を引っ張り出してのこのこと街を歩く。始めて訪れた時は人の多さに目が回ってひっくり返ったものだけれど、今ではすっかり見慣れてしまった。
敵地でぼんやりと歩く間抜けをさらしていると、不意に首根っこが強く引かれる。
「おわっ」
「貴様、何をぼけっと歩いているんだ」
「ヨカ……」
ちょうど目前を馬車が慌ただしく通り過ぎていった。どうやら事故を起こさないように助けてくれたらしい。人通りが多いところを歩くのには未だ馴染めない。
「あぶな〜。ありがとヨカ」
「ふん……」
確保されていた手が離れて首が解放される。息苦しさが消えた。
「行くんだろう?」
「うん」
くいっと顎で道の先を示されたから小さく首肯。
並んで歩き始めて暫時、自身の首元に無意識で指を這わせる。
「……痛かったか?」
「や、痛くないよ」
他人に急所を簡単に触れさせる。
それは、死なない自信からじゃない。




